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PLGモデルを実践するスタートアップの最前線ー Spir創業秘話

海外ではBtoB SaaSの新たな成長戦略として注目を集めてきたProduct Led Growth(以下、PLG)。日本では前例のないこの戦略を創業当初から実践してきたのが、日程調整カレンダープラットフォーム「Spir(スピア)」である。PLG連載企画の1本目となる今回は、株式会社Spir CEOの大山晋輔氏に、現在の事業領域やPLG戦略を選択した当時の創業背景について伺った。(聞き手は、UB Ventures 大鹿琢也)

BtoB SaaSの現場を経験し、Spirを創業

大鹿 急成長を遂げているZoom、SlackなどのSaaSプレイヤーは、新たな成長戦略であるProduct Led Growthを実践し、加速度的にユーザー数の伸長を遂げています。今回、日本でPLG戦略にて挑戦するSpirの大山さんに、PLGでの創業・プロダクト企画/開発・成長の軌跡についてお話をお伺いします。
まず、大山さんの自己紹介をお願いいたします。

大山 株式会社SpirのFounder兼CEO 代表取締役の大山です。Spirは2019年3月に設立し、2年半経ちました。前職のユーザベースでは、「SPEEDA」という経済情報プラットフォームのプロダクトマネジメントや事業開発を担当し、その後BtoB SaaSのセールス、マーケティングの現場を経験しました。

最後の2年間は、経済ニュースメディア「NewsPicks」で、米国立ち上げの責任者としてユーザベース創業者の梅田さんと一緒に渡米しました。ユーザベースでの約5年間の経験を経て、Spirの創業に至ります。

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大山 晋輔 Shinsuke Oyama Spir 代表取締役
東京大学経済学部卒業。戦略コンサルティングファームのコーポレイトディレクション(CDI)の東京・上海オフィスでの勤務を経て、2014年に株式会社ユーザベースに入社。ユーザベースではSPEEDA事業の事業開発・プロダクト開発の責任者、営業部門を経て、2017年にNewsPicks USAのCOOに就任し米国事業の立ち上げ責任者として事業戦略策定やプロダクトマネジメント、マーケティング等に従事。2019年に株式会社Spirを設立。

Spirはユーザー個人をベースにした新しい時代のカレンダープラットフォーム

大鹿 SPEEDAのアジア展開にて、大山さんはPdM、私はCSとして、一緒に事業開発を行っていました。当時から、大山さんとは、ユーザーを強く意識した議論をしていた記憶があります。

次に、事業についてお伺いします。改めて、Spirとはどのようなサービスでしょうか。

大山 Spirは、新しい時代のカレンダープラットフォームです。プラットフォーム上で、複数のカレンダーアカウントを連携して予定を一元管理し、社内外の方との日程調整をまとめて行うことできます。そのため、一部の方には”日程調整ツール”として認識されていますが、長期的にはカレンダー自体を進化させたいという思いがあります。

今のカレンダーの概念構造は、最上位に組織があり、その下にユーザーのアカウントが紐づく形になっています。例えば、現状のGoogleやOutlookのカレンダーでは、グループ会社や副業先などの別組織のメンバーの予定を見るには、別のアカウントに切り替えなければいけません。

一方で、Slack、Notion、GitHubなどのサービスは、ユーザーという概念が一番上にあり、その下にワークスペースやオーガナイゼーションがあります。つまり、カレンダーは1人の個人が複数の組織に所属して活動する時代の”当たり前”に対応したシステム設計になっていないのです。

そこでSpirでは「各個人が複数の組織に所属していても、それぞれの予定を横断的に統合管理し、セキュアに共有した状態で日程調整を一緒にできる世界」をカレンダーで実現したいと考えています。

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Spirについて
SpirはGoogleカレンダーやOutlookなどのビジネスで利用している複数のカレンダーと連携し、Google MeetやZoomなどのWeb会議の日程調整からカレンダーへの登録までをワンストップで行うことが出来るカレンダープラットフォームです。

ビジネスパーソンのデータベースをつくりたい

大鹿 今では私もSpirを日々使っていて、日程調整には欠かせないツールとなっています。
現在Spirが取り組んでいるカレンダーの課題や、課題解決に向けたサービスのコンセプトをどのように見出したのでしょうか。

大山 当初は、HR-Tech領域での起業を考えていました。自分自身のライフワークとなるテーマを考えたときに、様々なダイバーシティ、マイノリティが融合した組織がパフォーマンスを高めることのできるサービス、ツールをつくりたいというのが最初の構想でした。起業するのであれば、自分の想いがある領域でやりたかったんです。

しかし仮説検証をしていく中で、HR-Tech領域の難しさとして、使いたかったビジネスパーソンのデータベースがないという壁にぶつかりました。恐らく日本のビジネスシーンでは、Facebookが最も情報がリッチなビジネスSNSになっていますが、これはグローバルではとても珍しい状況です。Facebook社としても、多分想定していない使われ方をしているので、データを活用する術がほとんどありませんでした。

前職のユーザベースでも、SPEEDAやNewsPicksというビジネスパーソン向けのデータベースやコンテンツに携わってきて、個人レベルのデータベースのニーズは、私自身がものすごく感じていました。実際に前職でそうしたデータを活用したプロダクトの構想にトライしたこともありましたが、ないのであれば自分で作ろうと思ったのが、今のサービスを構想するきっかけとなりました。

大鹿 ビジネスパーソンのデータベースをつくるという構想から、カレンダーや日程調整におけるビジネスアイデアには、具体的にどのように繋がっていったのでしょう。

大山 近い領域としては、Facebook以外にも名刺管理をしたり、SFA/CRMに商談情報を蓄積するようなサービスがあると思います。しかし10年後にも人力で入力するという状態が続くことはないのではないかと考えたときに、半自動的にビジネスのネットワークがどう繋がっているかを可視化するものがあるのではないか、ということを考え始めました。

例えばFacebookのMessengerのような、いわゆるメッセージングチャットアプリからスタートすることも検討しましたが、それだけでは使ってもらえない。チャットツールの中で自分が一番ペインを感じていたのは日程調整だったので、まずは日程調整の機能を作り始めました。

その中で、現在のカレンダーが抱える多くの未着手な課題に気づき、日程調整を軸にした切り口でカレンダー自体を進化させようという方向に向かい始めたんです。

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グローバル展開するならPLG

大鹿 Spirといえば、国内でPLGモデルを実践するSaaS最前線にいます。一方で、大山さんが過去に経験したSaaSビジネスのSPEEDAは、The modelを踏襲する典型的なSLG(Sales-Led Growth)です。なぜPLGでの成長を目指し始めたのでしょうか。

大山 初期から本当にユニバーサルに、世界中の人に使ってもらえるサービスを作りたいという想いがあったんです。この背景には2つの原体験があります。

1つ目の体験は、前職でSPEEDAやNewsPicksといったコンテンツビジネスの海外展開を目指す中で、グローバル展開の難しさを痛感したことです。

やはりコンテンツのローカル性が強いサービスは、どう頑張っても現地でのローカライズが必要になります。そういったサービスを他にも沢山見てきましたし、その大変さも身に染みて感じていました。

2つ目は、日本での成功を足掛かりに海外展開したことで、非常に苦労した経験です。日本国内で顧客にハイタッチにサポートをしてプロダクトを伸ばしていくと、意図せずとも日本の顧客に最適化した機能や体験ができてしまうことは、身に染みて感じていました。それでは世界共通の大きな課題にはアプローチできない。

最近ではAutify(オーティファイ)さんも似たようなことを仰っていましたが、最初から世界で戦うことを考えるのであれば営業主導の売り方は不利だなと。世界中の方に使ってもらえるサービスをどうやって実現するか考えているなかで、PLGというコンセプトに出会い、やりたかったことはまさにこれだと思いました。

大鹿 私も前職のSPEEDA Asiaでは、ローカルで使ってもらうために、現地で必要とされるコンテンツ強化、現地ユーザー向けのユーザー体験の深化にとにかく注力する必要がありました。
グローバルを目指すために、ローカライズが必要なコンテンツビジネスからの脱却、グローバル共通の課題へのアプローチ、を意識されたことに、大変共感できます。

一方でカレンダーという領域に、PLGモデルはフィットしていたのでしょうか。

大山 初期の頃からプロダクトの作り込みには時間がかかると思っていたので、PLGというコンセプトは合っているんじゃないかと感じました。既にカレンダー領域には、GoogleカレンダーやOutlookのようなものすごく完成度の高いサービスが存在しています。

そのため、特定のペインを単一機能で解決する一点突破型のプロダクトの作り方ではありませんでした。単に日程調整ができるだけじゃなく、ユーザー体験のよさを追求して勝負するんだと考えていました。

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以前、ユーザベース創業者の梅田さんと新規事業立ち上げを担っている麻生さんが「ユーザーペインにMust haveのユーザーペインか、Nice to haveのユーザーペインという違いはない。大きなペインか小さなペインかの違いだ。」と話していたことが印象に残っています。

大きなペインは大雑把なソリューションでも良いですが、小さなペインは作り込みが求められます。カレンダーをある種、再発明するつもりで作り込まなければいけないという思いがあったので、売り方の議論に辿り着いていないGo To Market以前の段階で、PLGという概念はこの領域に合うと考えていました。

既存の競合サービスからうまれたプロダクトの種

大鹿 ユーザー体験のよさを追求する際に、やりたいことは大小、無数に出てくるかと思います。初期段階で、どのように向き合う課題を優先順位付けし、詳細なプロダクトのコンセプトを構築していかれたのでしょうか。

大山 私の場合は、自分自身がユーザーとして考えたときのペインを積み上げていきました。日程調整で面倒な場面をリストアップし、ペインの大きさで優先順位をつけていく感じです。

ただ、大枠のコンセプトは既存のサービスからも着想しています。海外で仕事をしていたので、Calendlyのような既存のサービスで日程調整を沢山利用してきましたが、不便だったので結局は継続して使わなかったんです。

まず日程調整を行うプラットフォーム上で、自分の予定が見られないのが不思議でした。「この時間枠からスケジュールを予約してください」と言われても、結局は自分のカレンダーを見なきゃいけないのが面倒です。ほかにも移動時間が反映されなかったり、本当は空けられる作業時間等に予定を入れられなかったり、、、日程調整を主催する側、確定する側の双方にペインがあって、自分には全然マッチしたプロダクトではありませんでした。

Spirではそれをカレンダー上で解決したかったので、カレンダー機能も一部作らなきゃいけないし、自分のカレンダーを確認できる状態から候補日が出せるようにしないといけない。日程調整するときのパターンもいくつかありましたので、それぞれに対応できるようにと考えながら、優先順位を決めて作ってきました。

大鹿 解決したいペインは明確であっても、PLGでは、SLGと違ってユーザーへの利用方法の説明などはできません。そうしたコンセプトをプロダクトに落とし込んでいく際、PLGならではの難しさもあったと思います。

大山 PLGで一番大事なのは、人が介在しなくてもプロダクトを直感的に使って、その価値を感じてもらえることです。価値が届くところまでをひと通りの体験として提供できるかが、一番重要なポイントかなと思っています。理想的には任天堂が作ったスーパーマリオブラザーズをプロダクトで実現したいです。これが難しいんですね。

Spirはオンボーディングやサポートのためのヘルプコンテンツ作っているんですが、本当はそれもなくしたいです。ユーザーが「こうしたい」と思ったときに、やり方がなんとなくわかってしまう、そういうユーザーエクスペリエンスこそが最高の体験だと思っています。

大鹿 グローバルでの展開を見据えた際に、PLGにめぐり合ったこと。ユーザーが直感的に利用し、価値を感じてもらうというユーザー体験の追及を重視し、プロダクトの構想を練ったこと。Spirの創業ストーリーには非常に学ぶことが多くありました。
次回はPLGの要となるプロダクトの開発について、さらに掘り下げて伺いたいと思います。

■ UB Ventures 大鹿琢也 プロフィール

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大鹿 琢也 Takuya Oshika UB Ventures プリンシパル
青山学院大学 国際政治経済学部卒業。2013年にユーザベースに新卒1期として入社。入社2年目にSPEEDA Customer Loyaltyチームのリーダーを歴任。2014年末から香港に赴任、アジア事業の立ち上げを、岩澤(現UB Ventures代表)と共に推進。2018年から、Head of Asia Customer SuccessとしてCSチームのマネジメント、アジア事業企画・開発などを経験。2021年2月にUB Venturesに参画。

■ 参考図書・記事のご紹介

■ Spirについて

SpirはGoogleカレンダーやOutlookなどのビジネスで利用している複数のカレンダーと連携し、Google MeetやZoomなどのWeb会議の日程調整からカレンダーへの登録までをワンストップで行うことが出来るカレンダープラットフォームです。

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編集:西谷 崇毅  | UB Ventures インターン
2021.11.12