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雑学を燃料に怒る男

不機嫌そうな男がやって来た。

俺は今から怒り出すぞ!と憤怒がクラウチングスタートの体勢になっているような男だった。案の定その男は飲食店の店員にキレ始めた。そうなった引き金は店員の「コチラはビールのオマケです」という言葉だった。

全く怒る理由がわからなかったが「おまけ……?おまけだと……?ビールのツマミやろ!!」とソイツは店員に吐き捨てるように言った。言われた相手もなんでその言葉がそこまで溜めを必要とする怒りの引き金になったのかわからない様子だった。

端から見ていると怒るきっかけを探してたいたとしか思えなかった。

軽く混乱しながら見守っているとビールとオマケのお摘みを届けた店員が男に乱暴に呼びつけられた。
「泡立ちが悪いぞ!入れ直せ!」とビールの泡立ちの悪さに文句を言い始めた。店員はすぐに新しいビールをグラスに注いで持ってきたが男は案の定キレた。予想を裏切らない。
「このグラス!皿と一緒のスポンジで洗ってるやろ!だから泡立ちが悪いんや!」男がなんの話をしているのわからなかったので店員がキレられているのを横目に手持ちの端末で検索してみると、有名なビールメーカーが個人でも泡立ちの良いビールの入れ方というものをHPで広めている事を知った。

ビールの泡立ちは。
注ぐ器が冷えすぎていたり。
油汚れを落としたスポンジで洗ったり。
布巾なので拭うことで繊維が付着していたり。
すると、泡立ちが悪くなり綺麗に泡立たなくなる。
すぐに泡が消えてしまうそうだ。油汚れを落とした掃除用具はうっすらと油が付着して完全には落ちないそうで、ビールを注ぐグラスは専用の掃除用具での洗浄が望ましく、洗った後の乾燥も自然乾燥が望ましいとのこと。

この店はそのどれかを、もしくは全てを、泡立ちが良くなる要素を踏み倒しているのだと理解できた。なんで男がそれでキレているのかはサッパリわからない。
端っこにちょろっとアルコールメニューを乗せているだけの明らかにその方向に力を入れていない店だ。そこまで憤るような理由じゃないと思えた。

等と考えていると男の怒りは新たなステージへと上っていた。

「こんな汚いスポンジで洗っている店が出すメシなんか食えるか!」と意味不明な事を叫んで席を立った。男はビール以外にも料理を注文していた。あんまりな言いようだったので厨房の奥からも「ならとっとと出ていけ!」と応戦があった。

確かに「グラスと食事の器の掃除用具を分けていないのはちょっとあれかな?」とも思うが、流石にどんな高級料理店でも同じスポンジで幾つも食器を洗ってるだろうし、そもそもビールの泡立ちが悪くなるだけなのだ。そのスポンジがトイレ掃除にも利用されていたら流石にキレて怒鳴り付けると思うが、洗浄時にスポンジ共有しただけで汚いという感覚は理解できない。

あの男はこの店に怒りに来たんだろうとキレながら退出していく後ろ姿で納得した。普通なら個人経営の小さな飲食店に来る客が知らなくても何も問題が無い雑学を燃料に怒りに燃えるために来たのだ。

何せ、この店の周囲にはアルコールがメインの居酒屋やカウンターバーが幾つもあるのだ。
それらの店ならあの雑学を、ビールメーカーのHPにも美味しい宅飲みなどと書かれていた知識を、律儀に守っている確率が高い。
なのにわざわざ、アルコールにこだわりが無さそうな飲食店に入ってきたのだ。

ビールも外食にもこだわりが全く無いコチラからみると、怒るポイントが不明すぎてエイリアンと遭遇した気持ち悪さがあるが、そう勝手に納得した。



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