都会から来たおのぼりさん

不機嫌そうな老人が店に入ってきた。

キョロキョロと不審そうに周囲を見回したその老人は「いらっしゃいませ!空いている席へどうぞ!」と、客を丁寧に案内するほどでもない小さな店ではよくあるだろう店員の対応に何らかの化学反応を起こして爆発した。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!いぃぃぃなぁぁぁかぁぁぁやぁなぁぁぁぁぁ!」

凄い老人だ。人目を憚らず全力の大声で田舎だと周囲を蔑むストロングスタイルに正直引いた。何がそうさせるのかその場にいた店員や客が全員キョトンとしている間にも堪え性の無い品の無い叫びが再び店内に響く。

「いぃぃぃなぁぁぁかぁぁぁやぁなぁぁぁぁぁ!」

田舎だからどうしたと言うのだろうか?
恐らくは都会から来たのだろうと思うのだが、それが都会の人の態度で良いのだろうか?
その姿は、都会の人というよりは、下町か、田舎に帰ると出会うような人にしか見えない。

「いぃぃぃなぁぁぁかぁぁぁやぁなぁぁぁぁぁ!」

老人の格好はその辺を歩いている老人と差異はない。
アイボリーのハットやコートにスラックスと白いシャツ。茶色い肩掛け鞄と黒いステッキ。御世辞で紳士と言えるくらいにはちゃんとした格好だったが、それが品性に著しく欠けた大声と罵倒で台無しになっていた。

これならその辺の子供の方がまだ品がある。

「いぃぃぃなぁぁぁかぁぁぁやぁなぁぁぁぁぁ!」

老人は店員が何か話しかける度に「田舎!田舎!田舎!」とそういう生き物なのかと思うほど繰り返した。その様子はどうみても、ここが田舎以前に耳が遠いお年寄りそのもので、耳が聴こえづらいので自分の声量を調整できなくなった哀れな人の末路の一つだった。

「いぃぃぃなぁぁぁかぁぁぁやぁなぁぁぁぁぁ!」

普通に要介護老人である。
店員が叫び返しても全く聴こえていない様子で、あれではここが都会の高級ホテルだろうと快適には過ごせそうにない。以心伝心のお付きの人か、補聴器の助けが必要だ。
店員の対応の問題以前に色んな意味でまともな状態ではない。あれでは何処でも迷惑な変人扱いだろうし日頃からストレスを溜めていそうだ。

そのせいで堪え性も無くなっているのだろう。

「いぃぃぃなぁぁぁかぁぁぁやぁなぁぁぁぁぁ!」

店員からすると真面目に相手するほど面倒な相手だ。
耳が遠く、確認の為のやり取りもできそうにないので店員が何をやっても老人が「田舎!田舎!田舎!」と叫ぶ姿が目に浮かぶ。
老人が「田舎!田舎!田舎!」と叫ぶほど、なんだか都会に出てきて舞い上がるおのぼりさんか、里山から町に降りてきた野性動物のように見えてくる。

真面目に対応するのを諦めた店員は、少し疲れた顔で老人が注文した珈琲を配膳した。

「いぃぃぃなぁぁぁかぁぁぁやぁなぁぁぁぁぁ!」

何が気に入らなかったのかその配膳でも老人が爆発する。

そんなに田舎が嫌なのに、どうしてこの老人はここにいるのだろうか?

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