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『人斬り』(1969年の映画)

豪雨の中で重臣吉田東洋へ切りかかる三人の刺客。吉田東洋もさるもの。血みどろになりながらも三人を相手取り必死の反抗。食らいつきもつれあい泥だらけになるその姿を岩場の陰から見つめている男がいた。暗殺者見習い、後の"人斬り"岡田以蔵である。

「おれならもっと上手くやれるのに」

若き人斬りは暗殺の光景を目に焼き付けた。

原作司馬遼太郎監督五社英雄脚本橋本忍勝新太郎仲代達也三島由紀夫石原裕次郎。

改行を拒むような座組と強固な物語性を持つこの映画は「血みどろ剣豪スーパーアクション!」という着地はしなかった。どこまでも泥にまみれ自我を踏みつけられる岡田以蔵にフォーカスした、まるで自刃するかのような怪作である。

幕末の"四大人斬り"と呼ばれた岡田以蔵(勝新太郎)は土佐の下級郷士である。剣の腕は立つが仕事はなく自信を持てるようなことは何一つしてこなかった。唯一の心の支えは尊敬する武市半平太先生(仲代達也)と友人の坂本龍馬(石原裕次郎)のみ。

以蔵は武市の手駒として暗殺に駆り出され次々と成果を挙げていたが「俺は土佐の岡田以蔵だ!」「俺が首を取りました!」「俺がやったんだ!」「岡田!岡田がやります!」と雄たけびを上げる奇行が問題視されていた。

まるでホメてほしいがために尻尾をふる犬だ。暗殺を「何も恥じることはない。天下国家のための天誅なんだよ」と教育してきた武市は苦笑するしかない。以蔵は骨休めとして暇に出されることになった。

人斬りとしてのアイデンティティを失った以蔵は、悪魔である坂本龍馬の甘言に乗る。幕府要人勝海舟警護を承諾した以蔵はこれまでの仲間たち人斬り志士を返り討ちにしてしまう。

これがこじれた。武市の監督責任が問われ、以蔵は「これは先生のためじゃ!」と叫ぶも解雇される。人斬りとしてしか生きられない以蔵は薩摩長州をめぐり自分を売り込むが狭い業界なので解雇の経緯は人々に知られていた。

どこまで史実に基づいているのかはよくわからないが、とにかくエグい展開が続く。自我を持つたびに心を折られ芽生えた独立心を摘まれ武市への完全服従を強いられ岡田以蔵は数少ない友人である人斬り田中新兵衛(三島由紀夫)の愛刀を手にした最後の暗殺へ向かうことになる。偽装暗殺によって嫌疑をかけられた田中はその場で割腹して果てた。

男が真の男に目覚め勇気を奮わせて立ち上がった瞬間に心が折られる姿はお好きかな?

絶望の中に希望を見出した男が毒を吹いて死ぬ姿はお好きかな?

『人斬り』には、刃物より恐ろしい何かで切り付ける魔物が住んでいる。テロリスト武市半平太の妖気、岡田以蔵の薄汚れた犬ぶり、フェードインフェードアウトする竜馬。

物語終盤の差し向かいで毒杯を交わす場面、そして、土壇場で以蔵が告白する暗殺人数のおぞましさ。『人斬り』はとても残酷で恐ろしい物語だ。


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