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『牧竜』惨

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(これまでのあらすじ)
誉国の街道で妖怪を蹴散らした一行は無人の屋敷で休息を取り結束を固め、いよいよ狩場である森林地帯へ進出した。

登場人物
キナ:フリーの牧羊家
麿:誉国の武家大名
仙衛門:護衛の上級侍
甚五郎:護衛の上級忍者
小姓:2名

誉国のシンボルである火山【昇山】は正三角形に近い均整の取れた独立峰である。かつての噴火によって流れ出した溶岩と地熱により周辺地域は樹海を形成しており、私たちが目指す飛竜の生息地はこの一角に存在する。

「この辺りまでくれば妖怪は出現しない、警戒すべきは飛竜のみだ」

甚五郎がより一層警戒を固めながら私に向けて忠告する。飛竜を発見次第、牧羊術によって開けた土地へ誘導して「名誉の戦い」を挑む。そのような手はずになっていた。

どこまでも続く樹海。故郷の森に似ている。ラマの背に揺られ羊を追い祖父のシチューを……方向と時間の感覚が狂わされていく。

大名も森の不穏さを感じ取ったのだろう。小姓を傍へ招き、その影へ身体を縮こめている。しかし、優秀な追跡者(トレーサー)である甚五郎が大型肉食竜の痕跡をつかみ始めていた。獣道だ。

「殿、間もなくですぞ」

「名誉をつかみましょうぞ」

「うむ。わかった」

主従が励まし合い、道なき道を切り開き、やがて灌木の合間の手ごろな広場に飛竜の姿を発見する。

◆◆◆

討伐隊が派遣されるきっかけになった発見報告よりやや小型だが、馬に近い大きさの紺白の羽毛に覆われた翼をもつ竜種。二本の脚で地面を駆け滑空で空を翔る森林の王【飛竜】の威容である。

クォココココ クォココココ

四脚に翼を持つドラゴン(龍)と異なる点は翼状の前腕と高度知能や魔術を用いない点。妖怪(モンスター)よりも動物に近い存在であり、ゆえに牧羊術が通用する。

クォココココ クォココココ?

一切の警戒を感じさせない呼びかけるような鳴き声。この姿に大名は、侍は、忍者は、油断した。「作戦変更、この場で飛竜を仕留めるでおじゃる」大名が正面へ姿を現し、飛竜の背後には侍と忍者が回り込む。

お辞儀。

「やあやあ、尋常に勝負!」

コココ?

一瞬の沈黙の後、ポクッ!大名が儀礼用の木刀を飛竜へ叩き付ける。

【名誉の戦い】で最も重要なのは万全の相手に最初の一撃を与えること。然る後は歴戦の戦士が瀕死まで追い込むので介錯だけを実行すればよい。大名はそのように考えていた。

侍は野太刀を振りかぶり、眼前の飛竜へ必殺の一撃を放つことだけを考えていた。

忍者は眼前の敵に「気」を集中し注意を払うことを忘れた。

故に一線を引いた位置にいた私だけが、樹上から彼らに飛びかかる巨影の接近に気が付くことができた。

「危ない!!」

グアオオオオ!!

悲鳴を上げる間もなく、まず仙衛門が飛竜の鉤爪の餌食になった。鮮血がほとばしり大名の狩衣を真っ赤に染め上げる。

「バカな!!子連れだと!?」

仙衛門を鉤爪で抑え込み噛り付こうとする飛竜に対し、甚五郎が気を集中させた鉄爪を横腹へ叩き込む。一発、二発、三発! 鉄の扉にハンマーを叩き付けたような打撃の衝突音。だが、紺白に加え喉元の赤毛を備える成熟した飛竜は意に介さず、南蛮胴ごと仙衛門の上半身を食い千切った。

名誉の戦いを挑んだはず大名は全力で若い飛竜に背を向けて逃げ出している。その背中を若飛竜が無邪気に追い回し、それを見て小姓と荷運びラマが戸惑い辺りを走り回っている。

私は甚五郎に飛竜を任せて若飛竜の誘導にかかる。
スッ ぶうん。湾曲した杖で風切り音を鳴らしながら若飛竜の注意を惹き並行で走り大名への興味を逸らす。ぶうん、ぶうん。杖を振り回すたびに若飛竜が戦闘意欲をなくしていく。とにかく一頭を戦場から引き離して甚五郎の援護に戻らなくてはならない。ぶうんぶうん。

◆◆◆

忍者が気を全身に張り巡らせる。分身術によって瞬く間に5人へ増殖する甚五郎。(まずい。仙衛門が居らぬでは受け手が足りぬ、じり貧だぞ)忍者は、分身と影跳を繰り返しながら飛竜の牙と爪を避け続ける。爪の一撃を受けるたびに分身が身代わりになって消えていく。

「甚五郎さん!!」

遠くにキナの声が聞こえる。しかし、彼女は戦闘力を持たない牧羊家である。せめてもう一人、侍が居れば……

「殿、お頼み申す。せめてあの娘を」

全ての分身を失った忍者は牧羊家の声と逆方向へ逃げる途中で飛竜の牙にかかり命を落とした。その手に必殺の手裏剣を握ったまま。

【つづく】

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