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『牧竜』 弍

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(これまでのあらすじ)
牧羊家のキナは、獲物を調教せず野生のまま狩猟する"名誉の戦い"のため大名に雇われた。一行を乗せた竜首船は首都から転移して辺境異国「誉国」へ到着する。

登場人物
キナ:フリーの牧羊家
麿:誉国の武家大名
仙衛門:護衛の上級侍
甚五郎:護衛の上級忍者
小姓:2名

竜首船を降り河童の四肢や尻子玉が散らばる海岸線で荷造りを終えると誉国の森林地帯を目指し歩き始めた。侍の仙衛門を先頭に大名と小姓が続く。小姓は荷運びのラマを連れており食糧や燃料はそこに収められている。その後ろに非戦闘員の牧羊家である私、最後尾で忍者の甚五郎が警護する隊列だ。

【禅都】の後継者問題を端に発する【誉国】と【勇国】の戦により乱れた国土は多数の妖怪を発生させた。次々と襲い掛かる河童や巨大死番蟲の群れを蹴散らしながら沿岸地帯を抜け、一行は荒れ街道へ入った。

誉国で注意すべき妖怪は、巨体を持つ「憑狼」、風に紛れて切り付ける「風獣」、風が擦れあい発生する「雷獣」の三種である。

完全な妖怪に対して牧羊術はまったく役を果たさないため私は相変わらず後衛でのほほんと旅を続けている。それを許されるほど二人の護衛の実力は圧倒的だった。

憑狼の三又の首が仙衛門に食らいつこうとするが野太刀の一閃の方が疾い。気を乗せた斬撃が三つの首を両断する。

三体の風獣に対し、一頭を手裏剣の毒で殺し、一頭を気を込めた拳の一撃で殺す。残る一頭が甚五郎を背後から貫くがそれは気配のみの幻影。すでに甚五郎本体は手鉤で風獣を引き裂き、雷獣を呼び寄せる隙を与えない圧倒的な速度で仕留める。

誉国の武術において特徴的なのは「気(Ki)」の運用である。瞬間的に気合を込めることで斬撃の威力を高める、気配のみを残して幻惑をする、本土の魔術とは異なる生体魔力(マナ)の運用は興味深いものがあった。

(なんかワザを盗めないかな)

私の不穏な視線に気が付いたのか、甚五郎がこちらを見て目を逸らした。

◆◆◆

やがて街道を抜け、森林地帯へ入ろうとする頃に簡素な垣根を備えた屋敷を発見した。討伐の目的地へ入る前の宿を借るべく屋敷へ訪れようとすると、門前に美しい女性の姿があるのを見とめた。

桜色の着物を着こみ黒髪を下した色白の女性はコンコンと軽く咳を繰り返している。肺の腑の病だろうか。

「ご内儀か? 一晩の宿をお借りしたい」

仙衛門の問いかけに首をかしげて何も答えない女性。

「主人はおらぬのか? 当方は誉国の……」

「ちょっと失礼」

私は話の途中に割り込み、湾曲した杖を女性に見せつけ、フッと縮め、突き出し、左右に振る。すると女性はたまらず杖の先につられて真横を向き、大きな尻尾が見えた。魔獣に類する存在であっても、動物であれば私の術理の内だ。

「やはり化け狐ですね」

「殿、懲らしめますか?」と甚五郎。

「いや、それには及ばぬ。森へ帰してたもれ」

私は杖をふりふり狐を森の奥へ誘導して追い払った。狐が姿を消すと。ケーンと小さな鳴き声が聞こえた気がした。

◆◆◆

「それにしても勿体なかったのお」

「竜を狩らずに狐を娶って帰ったら民に笑われますぞ!ワッハッハ!」

「女性に油断すると足元をすくわれますぞ」

「それにしても杖捌きの見事さよ!ワッハッハ!」

「うむ。その調子で飛竜も頼むぞよ」

無人の屋敷を借りて囲炉裏を囲む。狐払いで実力を見せつけた私は誉国の一行と気安い関係になりつつあった。酒も入り軽口もたたき合う。

「甚五郎さん、奥様は?」

初老の忍者は一瞬顔を強張らせると生真面目に語る。

「忍たるもの弱点となり得るものを持つべからず。家族、恋人などはもっての他。鎖でしかござらん」

「あらまあ」

「ただ……この旅を終え引退した後はわからんがな」

「なれば、あの狐……勿体なかったのお……」

「ワッハッハ!」

誉国の夜は更けていく。明日は狩場へ向かうことになる。

【つづく】

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