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【日記】“大学時代の後悔”と“日本酒飲み放題”と“小説すばる新人賞”の話【24/3.25-31】

今週は忙しかった。「小説すばる新人賞」に応募する作品をとにかく書き上げることに必死。あとは大学時代にほんの少し(だけどすごく)お世話になった教授の最終講義に出て、いろいろなことを後悔したり。観たい映画がたまりすぎている。

【今週のいろいろ】
◯読んだ本
『過去に触れるー歴史経験・写真・サスペンス』田中純
『近畿地方のある場所について』背筋(Audible)
『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』島田荘司(Audible)
◯書いているもの
ー小説すばる新人賞

▶もっと勉強しておけばよかった

3月25日。月曜日。
大人になってから「もっと勉強しておけばよかった」と感じる人は少なくないのではないか。僕はよく思う。社会に出てから勉強不足を痛感し、あるいはただ純粋に学ぶことが楽しいと気がついて、本当にしょっちゅう思う。今この瞬間も”しょっちゅう”って漢字に変換できるんだっけとGoogle検索にかけながら、もっと勉強しておけばよかったとまた思っている。

この日、大学時代ほんの少しだけお世話になった田中純教授の最終講義があった。久しぶりに訪れる大学のキャンパスは想像していたほどは変わっておらず、そこだけ時の流れが止まってしまっているかのようだった。食堂のガラスに向かってダンサーたちは踊り続けているし、古びた校舎の壁はひび割れたままで、雨に濡れたイチョウの木々から香る匂いまで同じだ。ただ一人そこを歩く僕だけが歳をとってしまったような気がする。

田中純先生の最終講義『アトラスーー方法について』は本当に圧巻だった。ここ最近体験したどんな2時間よりも学びに溢れ、知的好奇心を刺激され、考えることの楽しさを痛感せずにはいられなかった。

ドイツのユダヤ人文化史家アビ・ヴァールブルクが最晩年に手がけた図像のネットワーク『ムネモシュネ・アトラス』の黒いスクリーンから講義は始まり、世界的な建築家・磯崎新における<イメージ>へと展開され、田中先生が世代として「最も純粋で最も完璧ないくつかの歌によって避難所を与えられた」デヴィッド・ボウイへと繋がっていく。

その内容をここに要約できるほどの教養も思考力も文才も僕は持ち合わせていないが、田中先生が教えてくれた学び考えるためのいくつものヒントは、今後の人生においてとても大きな財産になると感じている。そして言い換えれば、その財産の素晴らしさに気がつけるくらいには、2時間の最終講義を少なくとも吞みこみ、願わくば消化して、血や肉となすことを試みることができたのではないか。

そう感じたときに僕はあらためて学ぶことの楽しさを知り、冒頭のとおり「もっと勉強しておけばよかった」と後悔するのであった。

今回最終講義を受講するにあたり、僕は1か月ほどかけて田中先生の著書をいくつか読んだ。だから『ムネモシュネ・アトラス』や「デヴィッド・ボウイ」に関するある程度の予備知識はあったし、少なからず自分自身のなかで思考や想像力を膨らませてもいた。おそらくその結果として、田中先生の最終講義を”楽しむ”ことができたし、”学ぶ”ことができたのではなかったか。

こうした勉学への姿勢を大学時代の僕は一度として試みたことすらなかった。映画サークルの活動に明け暮れていた僕は、単位獲得に必要な最低限度の日数だけ出席し、とくに予習や復習もせず、自分の発表のときだけとにかく効率的にレジュメをつくりやり過ごしていた。今でもときどき単位を取り切れずに留年する夢を見る。どれだけ後悔してもしきれない。時間は巻き戻らないのだから。

できることなら、もう一度学び直したい。たくさんの書籍を読んで、たくさんのことを考え議論し、たくさんの文章を書きたい。そんな大学時代へのどうしようもない後悔が、今こうしてnoteを書いている理由の1つでもあるのであった。田中先生の言葉を借りて、不遜にも僕個人の人生をひとつの歴史と考えることが許されるのなら、まさに「歴史の逆撫で」としての記述なのかもしれない。

▶やっぱり日本酒がうまい

3月27日。水曜日。
今週の僕の至上命題は「小説すばる新人賞」を提出すること。その締め切りは31日の日曜日。なんとしても書き上げなければいけない。なんとしても、だ。

しかし困ったことに、僕はとてもとてもお酒が好きだ。今でこそだいぶ酒量は減ったが、わりとアベレージに毎日飲んでしまうし、飲み放題なんかを頼んだ日にはつい油断して完全に飲まれてしまう。記憶をなくすことなんか日常茶飯事で、いつもいつも深く深く反省しているのに、その記憶すらもなくしてしまう。本当に困った。お酒のせいでどれほどのものを失ってきたか。本当に本当に困った。

で、今週は締め切りがあるからもう絶対に飲まないぞ!仕事から帰ったらちゃんと書くぞ!と意気込んでいた。にもかかわらず、そしてそういうときにかぎって、ありがたいことにいくつもの酒席に誘ってもらっちゃったりするものだ。本当は断固として「すみません」と断るべきなのに、それができない。酒飲みとは恐ろしく弱いものだ。意志が弱いからお酒を飲むのか、お酒を飲むから意志が弱いのか。それはもう人類が抱えるノーベル賞級の問題であろう。

そんなこんなで週の前半は飲んだくれていた。月曜日は最終講義のあとに大学の同級生と、火曜日は会社の先輩後輩と、水曜日は別の部署の同期と。ああ、なんと愚かであるか。これが締め切りを間近に控えた作家志望のやることか!本当に僕はダメなやつだ。

唯一ダメじゃないところがあるとすれば、週の後半すなわち木曜日以降はお酒を飲んでいないこと!素晴らしい!でもさらにダメなところがあるとすれば、「もうお酒飲まないから」と断酒を誓った水曜日には日本酒飲み放題へと突撃してしまうところか…。やっぱり最悪だ!

そんなわけで水曜日には、渋谷駅から徒歩1分くらいの場所にある「純米酒専門YATA」というお店を訪ねた。雰囲気のいい店内。立ち飲みで日本酒を味わう。2500円で20種類近くの日本酒が1時間飲み放題。店員さんが親切におすすめのお酒を教えてくれるけれど、結局ほとんど全種類飲んでしまったので、全部おすすめってことになった!とてもいいお店でした。

▶まずはちゃんと書き上げること

3月31日。日曜日。
僕が最初に小説を書いて応募したのは2021年の夏。第8回林芙美子文学賞に応募したところ、なんとありがたいことに2次審査までは通過させてもらい、ビギナーズラックって本当にあるんだなと思った。

それ以来、断続的ではあるが今日までいくつかの小説を書いた。その本数はとても少ないながらも書き上げカタチにしていくたびに思うのが、小説を書くのは難しいなってことと、小説を書くのは楽しいなってことだ。

「小説すばる新人賞」には今回が初挑戦だった。今まで応募してきたのはどれも短編だったが、今回の条件は40字×30行で66枚以上167枚まで。僕にとっては未知のページ数だ。

ある日突然いい感じのアイデアが閃いたのが1か月ほど前のこと。着想は悪くない気がしたし、その物語を書いて伝えたいこともたしかにあった。1週間ほど妄想を膨らませ、実際にパソコンで書き始めたのが3週間前。ああ…時が経つのって早いものですねえ……もう3月が終わっちゃう。違うか。

今ふりかえると「いい感じのアイデア」とか「悪くない気がした」とかで書くのはなんか違う気もする。それはまず第一に、なにかを“つくる”すべての人がきっと同じように「わたしってマヂ天才じゃない?」と思っているからで、あとはそもそも文学賞にあわせて書くものじゃないだろうと思わなくもない(そのほうがなんかかっこいい気がするし)ということだ。でも今回の問題はそこじゃない。

ちんたらちんたら書いていたらいつのまにか締め切りの週になり、前述のとおり飲んだくれてしまったので、結果的に最後の3日間は1日20ページずつくらい書くことになってしまった。なんと無謀なことか。「ご執筆は計画的に」とでも言いたげなチワワの潤んだ瞳に見つめられている気分だ。とにかく書き始めるのも遅すぎるし、書き始めてからも遅すぎるのだ。きっと筆が遅いのではない。ただ怠惰なのだ。ナマケモノめ!

結論から言えば、無事規定の枚数に到達するくらいは書くことができ、郵便局に駆け込んで3月31日の消印を押してもらった。だがそれは断じて「書き上げた」のではない。無理やり「書き終えた」のだ。物語はもっともっと進むはずだった。書きたいこと伝えたいこともまだまだたくさんあった。もし仮に読んでくださる方が10人いたら、10人全員が「締切に間に合わせたんだね~」と呆れるような尻切れトンボ。もっと真剣に頑張れよ!自分!

そんな最低最悪の姿勢でのぞんでしまった今回の執筆だけれど、自分自身の経験としては多くの感触を得たのもたしかだった。物語を押し進める文章と世界や人物を描写する文章のバランス。筆が乗るという感覚。どう言葉を学ぶのか、どう本を読むのかという気づき。書き手としての自分に潜む癖。句読点。初めて中編を書くことで、あるいは初めて何日も続けて小説を書くことで、身体が学んだこれらの経験を絶対に次に生かしたい。

また小説を書こう。また物語を想像しよう。

次の目標は4月19日締め切りの「ちよだ文学賞」です!
いやだから書き始めるの遅いって…!










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