鵜林伸也の読書遍歴④ニフティサーブと高校時代、初めての小説を書くまで

※そろそろ現役作家の名前がガンガン出てきますが、本稿はすべて敬称略で通しています。御了承ください。

 ニフティサーブ、という言葉を知っているのは、僕より上の世代に限られるでしょう。むしろ、あなたの年齢でよく知っていますね、と言われるかもしれません。
 きっかけは、わりと新しいもの好きだった父親が、発売してすぐのWindows95を買ってきたことでした。当時は電話回線を使ってネットに繋いでおり、パソコンでネットを見ようとすれば電話ができなくなる、なんてことを覚えてらっしゃる人もいるでしょう。
 ニフティサーブとは、当時全盛だったパソコン通信サービスです。様々な分野の「部屋」があり、インターネットを通じて交流していたのです。
 父自身もニフティサーブで交流をしていましたが、それを、当時中学生だった僕にも薦めました。ジュニア世代に特化したルームがあり、そこの読書部屋や歴史部屋、あと、大人向けの三国志部屋などに参加していた記憶があります。
 インターネットを通じて、様々な人と読書の話をする。同級生に読書仲間はあまりおらず、家族で話をする程度であった僕にとって、それはとても新鮮な体験でした。そのとき薦められて読んだ本に、村上龍の『ラブ&ポップ』がありますが(今から思えば、あの作品をよくも中学生に薦めようと思ったものです)ニフティサーブがなければ出会うことがなかった本であることはまちがいありません。後に、他の村上龍の作品にも手を伸ばすこととなりました。
 本を薦めたり薦められたり、好きな本の話をしたり。パソコンとキーボードを使って文字を打ち他人に読ませる文章を書く、という行動のはじめだった、と思えば、あれも忘れられない体験です。

 高校生になって、様々な本を読むようになりました。高校の図書室が比較的充実していたこともあって、読書体験が広がりました。いくつか、このとき出会った読書を紹介しましょう。
 まずは、宮部みゆきです。僕はほとんどすべての作家について「どの作品を最初に手に取ったか」を覚えていますが、なぜか宮部みゆきについては記憶にありません。『我らが隣人の犯罪』『龍は眠る』あたりだと思うのですが……。
 それは、それだけシームレスに読み始め、ずんずん読み進めていった、ということでもあるかと思います。特に印象に残っている作品を二冊。一冊は『火車』です。好きなミステリー小説を三作選べ、と言われたとき、僕はそのうちのひとつに『火車』を選びます。それぐらい、大好きな作品。ひたすらリアルに描いているにも関わらず、ホラー小説を読まされているかのような恐怖。繰り出される見事な反転。あのラストは、いつまでも忘れられません。
 もう一冊は『夢にも思わない』です。宗田理に連なるようなジュブナイルとして楽しんだ『今夜は眠れない』の続編として、軽いエンタメのつもりで読んでいた『夢にも思わない』の苦味のあるラストは、衝撃的でした。大袈裟に言うなら「小説にはこういう行き方もあるのか」とさえ思った記憶があります。
 短編でひとつ挙げるなら『サボテンの花』が誰もが挙げる名作でありそれに少しも異論がないと断ったうえで、同じ『我らが隣人の犯罪』に収録された『この子誰の子』です。何気ない受け答えの裏で、ある登場人物はどういう気持ちでいたのか。その反転の見事さが素晴らしかった。
 ちなみに宮部みゆきはその後、家族みんなが読むことになりました。『模倣犯』を買って、家族みんなで回し読みしたことをよく覚えています。

 今まで一度も話題に出したことはありませんが、吉本ばななにはまったのも、高校時代です。最初に読んだのは『キッチン』ですが、当時はそこまでピンときませんでした。しかし次に読んだ『TUGUMI』で撃ち抜かれてしまった。TUGUMIの強烈なキャラクター、田舎の海辺の町ののどかな光景。主人公とTUGUMIが夜中に隣町まで歩いていってしまった、というエピソードはよく覚えています。
 そしてなんといっても、あっけらかんとしている、とさえ言っていいラスト。後に著者自身「ハッピーエンドしか書きたくないのだ」と書いていたことを知ります。そう、楽しむために読書をしているんだから、嫌な思いはしたくないよね――そう口で言うのは簡単なことです。しかしそれを、読者に不満を感じさせることなく見事に実現した作品であったと思います。

 また、はじめて村山由佳を読んだのも高校時代だったはず。きっかけは、妹からのオススメでした。どれも好きなのですが、今でも印象の残っているものといえば『BAD KIDS』及びその姉妹作である『海を抱く BAD KIDS』でしょう。生々しい性と向き合った青春小説は、読む人の心に深い爪痕を残すはずです。
 やはり妹の影響で読んだのが、梨木香歩です。最初はもちろん『西の魔女が死んだ』言うまでもなく名作ですね。読んだのは大学時代になりますが『村田エフェンディ滞土録』は大好き。明治のころ、トルコに留学した村田君の日常を淡々と書いただけの作品ですが、これが無性にいい。その印象的なラストも含め、忘れられない作品です。

 もう一人、このときよく読んでいた意外な作家が、氷室冴子です。きっかけは、ジブリ映画ともなった『海がきこえる』でした。映画となった第一巻も素晴らしいですが――なんといっても、ホテルのユニットバスで寝ることになった、という始まりがいいですよね――個人的には二巻のほうがお気に入り。家庭の事情で高知に引っ越さなければならなくなった都会的な少女、彼女に見下されている感を覚えつつ、彼女のことが気になってしまう主人公。父親の再婚と、それに伴う複雑な感情。第二巻のラスト、本文中には一言も描かれていないにも関わらず、主人公と彼女が手をつないで歩く挿絵が挿入されてます。あの絵は、忘れられません。
 『海がきこえる』を読んだ僕は、『なんて素敵にジャパネスク』にも手を伸ばします。これまた、めちゃくちゃおもしろかった。あっという間に全巻読破したものです。当時、『なんて素敵にジャパネスク』は、コバルト文庫から刊行されていました。学校帰りのバスの中で、明らかに少女向けのピンクの表紙の本を読んでいるのを見かけた同級生に「……なにを読んでるんや?」と声を掛けられたのも、懐かしい思い出ですね。
 引っ越しの際、その第一巻を見つけて冒頭をぱらぱら眺めたのですが、一言一句覚えていたのには驚きました。疑いようもなく、名作です。

 少女向け、という言葉から、中学生から高校生にかけて読んでいたものを紹介しましょう。小説ではなく、漫画です。このころ僕は、少女漫画にどっぷりはまっていたのでした。そのきっかけは、やはり妹。
 特によく読んでいたのが『りぼん』で、中でも一番の名作は、矢沢あいの『天使なんかじゃない』でしょう。僕は、今でもこの作品は少女漫画史上の最高傑作であると思っています。他にも『こどものおもちゃ』『ママレード・ボーイ』りぼんを離れるなら『彼氏彼女の事情』も好きだった。異世界転生ものの走りともいえる『ふしぎ遊戯』も忘れがたい傑作です。
 同年代の男子たちと同じく、『スラムダンク』『幽遊白書』といった少年漫画ももちろん読んでいました。しかし、今思い返してみると、作家・鵜林伸也に与えた影響は、少女漫画のほうが大きかったように思います。
 ――と、いうように列挙してみると、このころは女性作家を読む割合が多かったのだな、と今にして思います。

 話を、高校の図書室に戻しましょう。本棚を眺めていて目についたのが、陳舜臣の『中国の歴史』全七巻です。当時、中国の歴史といえば三国志しか知らなかった僕は、これを機に一から読んでみるか、と考えました。その結果、どっぷり中国の歴史の魅力にとりつかれてしまったのです。
 この時点で僕は、小説家になろうという気持ちなど微塵もありませんでした。もともとの歴史好きから、大学は歴史学科へ進もうと考えていたものの、このとき読んだ『中国の歴史』の影響で、日本史ではなく、東洋史を選ぶことにしたのです。
 陳舜臣の著作は、いくつも読みました。『諸葛孔明』『琉球の風』『阿片戦争』『耶律楚材』などなど。このころは完全に歴史小説家としか見ておらず、江戸川乱歩賞を受賞したミステリ作家であった、ということは知識として知っている程度でした。それでも、乱歩賞受賞作『枯草の根』と、名作『炎に絵を』が合本になった本は読んでいました。後に、自分もまた江戸川乱歩賞に応募するなどとは夢にも思わずに。

 挙げればきりがないので、このあたりでとどめます。たくさんの本があって、それを自由に手に取れる、という環境は素晴らしい。それは、家の書棚であったり、安価な古本屋であったり、学校の図書室であったりするでしょう。そういったものがなければ出会わなかった本は数多くあるはず。そして、作家になることもなかったはず。
 身近にそういう環境があったことには、感謝しかありません。

 さて、そんな風に過ごした高校時代ですが、その終わりごろ、ある衝動が自分の中に沸き起こっていました。
「自分も、小説を書いてみたい」
 さきほど書いたように、小説家になろうという気持ちなど毛頭ありません。しかし、子供のころから「自分の手でなにかを作り出す」ということに興味がありました。ですが、手先は不器用で、歌も上手くありません。目の前には父親が買ってきたパソコンがあり、子供のころから積み上げてきた読書体験がありました。
 となればもう、小説を書くしかありませんよね。しかしこのときちょうど受験前で、小説どころではありません。受験勉強が終わったら小説を書いてみよう、と心に決めました。
 受験の全日程が終わってすぐ、わずか三日ほどで書き上げたのが『ミキ』と題された短編小説でした。ここまで書いてきたように、特にミステリを偏愛していたわけでもないのに、このとき書いた小説は、高校生の主人公がミキという名前の少々変わった同級生とともに謎を解く、学園ミステリ風のお話でした。
 本格的に小説を書き始め、そして、有栖川有栖と、本格ミステリと出会った大学時代の話は、また次回。

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