梅田ミズキ/執筆業

写真とエッセイで暮らしのあれこれを残しています。生活・本・深夜の料理が好きです。

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最近の記事

知った気でいるもの

近年開発されている建設材料に、将来、火星での応用を期待されているものがある。イングランドのウェスト・ヨークシャーという都市州には、森を見守る目的として伐採した木材で建てられたツリーハウスがある。廃棄される陶器を砕いて混ぜた、デザイン性の高いプランターが存在する。 これらは全て、私が「知った気でいるもの」だ。 絶対に食べると数日前から決めこんでいたパクチーラーメンのお店が、やっと出向けた日に休業日だった。 午後から慌ただしくなる家事、拍車をかけるべき原稿、夜も長期戦であろ

    • タイムライン上の朝顔

      澄みきった写真を撮る人。水の流れる音、花の香り、屈折した光の切り取り方が絶妙。「おつかれさま」のたった一言に、植物や空、海などの写真がいつも添えられている。 言葉を交わしたことがないどころか、文字でのやりとりすらしたことがない。偶然、たまたま、タイムラインで見かけたときのみ、ただただ勝手に、こちらが癒されているだけの距離。 「注目されたくない」のワードを調べた日に、その人を初めて知った。検索ボックスで同じワードを入力していた私は、彼女の「人からあまり注目されたくない」とい

      • 「不便」は楽しかった

        宝箱を持っている。正確にいえば、持っていることを思い出した。 表面に花柄がぷくっと浮き出た小さなクッキー缶で、幼い頃から思い出を自分なりに選んでみては仕舞っていた。部屋の模様替えをするたびにあちらこちらへと移動させていたためか、端には少しへこみがある。 そういえば最後に開けたのはもうずいぶんと前で、中身の記憶がすっかりない。数日前に突然ふと気付き、クローゼットから取り出して、蓋を開けてみた。 そして「あれ」を見つけた瞬間、頭の中がなにかにぐっと掴まれ、過去に引き戻される

        • 畦道で夏が呼ぶ

          3ヶ月前、玄関を出たら雪の壁だった。白に白が重なって目がくらむほど、白。粉雪と氷の粒とが入り混ざったまっさらなそれを、金属のスコップでざくざくと除けた。 感覚では、ついこの前に立春が来たばかりだ。早朝にはコンクリートの水溜まりがぴしっと凍り、ぬくもった室内とは裏腹の証拠に窓が曇っていて、やがて大粒小粒の水滴になる。育てている植物に水をやるために外へ出れば、肌を刺すような冷たい空気に混ざる、ほわりとした新葉の青い香り。雪国の立春。 感覚を失うほどの分厚い手袋とどしんと重たい

        知った気でいるもの

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        記事

          黄金色の芝を走るスーパーカー

          「ようい、スタート」とピストルが鳴って走り出したその瞬間から、あっという間に見えなくなってしまう人がいる。 そういう人はまずスタートダッシュから違っていて、恐らくアクセルやブレーキのつくりが優れている。走る道は大きくひらけていて、風通しも見通しもよい。 私は一時期、心の底からそう思っていて、その理由を「自分の乗っている車とは車種が違うからだろう」と納得していた。 ◇ 6年ほど前、空港の近くに暮らしていた。出産して間もなかった私は、初めての子育てで絵に描いたように苦戦し

          黄金色の芝を走るスーパーカー

          得たいものが、検索上位になかった

          信じたいものや心地よいもののみの摂取をやめてみるのは、ときに大切だと思う。第一、世界が広がって楽しい。 でもそれは、自分にとっての信じたいものや心地よいものを、自覚しているうえでの話だと思う。そこがわからなければ軸はぶれ、ゆらゆら揺れて、重みに耐えきれなくなり倒れてしまう。 それを強く実感したのが、今年だった。 ◇ 検索窓に調べたいワードを入れれば、ぽんと簡単に出てくる記事。それらが、じつは大変な工程を経て書かれているものであると初めて知ったのは、自分が「記事を書く側

          得たいものが、検索上位になかった

          余分がなく、鮮明。-志賀直哉 著 『和解』

          植物や生き物の声、大切なひとの身に明日起こること、残された時間。「聞こえたらいい」「見えたらいい」と思うものは、この世にごまんとある。 「愛情」もまた、目に見えないもののひとつだ。 愛情は「目に見えない物質 世界代表」のようなもので、渡すほう、受け取るほうによって捉え方がまるで違う。なかでも「家族の愛」は、人によって地盤がまったく違ってくるように思う。 育ってきた環境や、受けてきた影響によるものなのだろうか。本当は、それだけではないかもしれない。 ◇ 「心情の移り変

          余分がなく、鮮明。-志賀直哉 著 『和解』

          夜に読むんじゃなかった。-平松洋子 著 『サンドウィッチは銀座で』

          人の一生における食事の回数は、およそ9万回。初めて知ったとき、私は「少ない...!」と思った。 けれど、1日3回×365日、仮に80歳まで生きるとして×80で約8万8000回。この計算でいけば9万回もないうえに、「その年齢まで1日3食食べられるかわからない」とすると、もっと少なくなる。 その9万回のうち、「記憶に残るほどおいしい食事」ができるのって、いったい何回くらいなのだろう。 ◇ 以前、先輩のライターさんが「ミズキさんは絶対に好きだと思う」と、平松洋子さんの本を紹

          夜に読むんじゃなかった。-平松洋子 著 『サンドウィッチは銀座で』

          こんな日に虹を撮る

          今日は、朝から霧雨が降っていた。音もなく、風にさらさら流れてしまうような雨。傘を差す意味がまるでないような、あの雨。 娘が窓に張りついてはしゃいでいたので見に行くと、虹が出ていた。   しかも、うっすらと二重。アーチも最後までしっかり見える。ここまではっきりしたものは久しぶりに見たので、ラッキーだと思った。 この窓からは、空がさまざまな色に染まるのを大きく臨める。だから毎日、特にだいたい陽の落ちかけたころにこの場所で、あたたかい飲み物を飲みながら気持ちをゆるませる

          こんな日に虹を撮る

          海水に溶けたレッテル

          空の写真は、逆さにすると宇宙から眺めた地球に見える。昨日、輪郭がくっきりとした海の水平線で、撮ったばかりの写真を眺めながらそんなことを考えた。 世紀の大発見では...?と思った。思ったので、その場ですぐに検索して、そして落胆した。すでに5年ほど前に、だれかが発見して話題になっている。 それでも、いまこの瞬間に発見した私にとっては、砂浜に埋もれるざらりとした貝殻をひらいたらまるで真珠がぽろぽろ出てきたような、世紀の大発見だ。 それでいいのかも、と、じんわり赤く染まる空を見

          海水に溶けたレッテル

          夏の終わり

                      2020.9.16

          「完璧に見える」というあまりにも分厚いフィルター

          憶測が飛び交う状況に頭痛がし、遮断した。このようなことは、話題に乗って書くようであまり好きでない。どう書いても、綺麗事になりそうで情けない。それでもあのニュースの日から、何かにしっかりと絶望している。 一体何に? 自分を保つために、どこかに吐かなければと思った。いずれ消すかもしれない。 ◇ スクリーンの中でしか観たことのない人。 共通点といえば、同世代であることのみ。「ファンです」と公言するほど、一生懸命になにかをチェックしていたわけではなかった。ただ、彼の名前と「

          「完璧に見える」というあまりにも分厚いフィルター

          嗅覚にとどまるどころか、脳裏から離れない

          忘れられないにおいがある。きっと一生、私の記憶をつかんで離さない。ぼんやりと薄れてきても、強烈に押し戻ってくる。そんなにおい。 ハイブランドの香水。艶やかな花。高級なアロマ。私の忘れられないにおいは、そのような洗練されたものではない。地味で、野暮ったくって、イケてない。田舎くさいなあ、と、笑う人もいるかもしれない。 とはいえ、過酷なビジネス競争ひとつ取っても「香り」は非常に有効で。 ”香りのブランディング“たるものを行えば、関係を築きたい先方との間に直感的なつながりをつ

          嗅覚にとどまるどころか、脳裏から離れない

          大人になった私は、言葉の宝石を見落としていた

          “想いの熱量”。そのものさしとは、何だろう。 ◇ 娘と一番仲のよかった友達が、保育園を転園した。仲のよかった、というより、ほぼ一心同体。園へ送っていくと、その子がとびきりの笑顔で娘のそばに駆け寄って。そして必ず、手を握ってくれる。 お迎えへ行けば、「またあしたあおうね、ほいくえんくるよね?」キャッキャ言い合いながら、お互いをおんぶ、抱っこ。彼女たちの5年の人生のうち、そんな関係がもう3年もつづいていた。  私は事前にその子のお母さんから転園の話を聞いていて、娘にどう伝

          大人になった私は、言葉の宝石を見落としていた