伏見彦人
人の魂は21gらしい。 死んだ人の身体は21gだけ軽くなるから、その抜けた分が魂だと言われているのだ。 ならば僕の目に見えるものの重さは21gなのか。 僕には昔から魚が見えた。 海や川だけじゃなく、陸を歩いていても宙を浮いている金魚のように赤い魚が見えるのだ。 触ろうとしても触れない。 それはただそこにいる。 夜、歩いていて、星が見えないような日でもきらきらと、この世ならぬ月の光を反射して光って見えるのだ。 物心ついた時から僕にとっては宙を浮く魚が見えるの
喪服のように全身真っ黒の少女がオルテンシア魔法学園の廊下を駆けていた。 駆けている、と言ってもその動きはいかにもどんくさく、息切ればかりしている。 少女は顔のほとんどを覆うように髪を伸ばしているせいで前が見えておらず、対面を歩いていた少年たちのひとりとぶつかった。 少女は尻もちをつき、持っていた紙束を廊下にぶちまけた。 急いでいるのとは裏腹に、彼女の生来のどんくささが見て取れる動きだった。 オルテンシア魔法学園には多くの貴族が通っており、少女も少年も貴族の一員だっ
2020/10/28現在、カクヨムにて無料で読むことが出来ます。 小説家になろうで消されてしまったので、修正版を執筆中です。 それでもいいという方のみご購入ください。 学校の裏手には山があって、山の中腹あたりにポツンと井戸がある。 昔は誰かが住んでいたのかもしれないけれど、今はもうそこら中を樹やつたが時間と共に覆い尽くして、家があったことすらわからない。 ただ、枯れた井戸だけがある。 学校の近くだから、近寄った子供が落ちたりしたら危ないということで、井戸だって撤
2020/10/28現在、カクヨムにて無料で読むことが出来ます。 小説家になろうで消されてしまったので、修正版を執筆中です。 それでもいいという方のみご購入ください。 クラス替えの後やアルバイトの面接なんかで知らない椅子に座る機会は誰にでもあると思うのだけれど、どれも居心地が悪いものだということには同意してもらえるだろう。 探偵稼業なんてものをやっているとその機会ってやつが、人よりも多くなる。中でも、今座っている椅子は値段だけで言うなら過去最高だったけれど、座り心地
2020/10/28現在、カクヨムにて無料で読むことが出来ます。 小説家になろうで消されてしまったので、修正版を執筆中です。 それでもいいという方のみご購入ください。 「ぬう……」 目が覚めてから思わず漏れた声だったが、少し遅れてひりつくような痛みが喉を刺した。 戸惑いながら意識を巡らすと、身体中の至る所に色んな種類の痛みを感じる。 全身がだるく、吐き気もする。中でも頭痛は一際だ。 どうやら僕は風邪を引いたらしい。 *
2020/10/28現在、カクヨムにて無料で読むことが出来ます。 小説家になろうで消されてしまったので、修正版を執筆中です。 それでもいいという方のみご購入ください。 『由良』 多くの場合人は変わることが出来ず、その不可能性、不可逆性に自分自身を規定されるのだけれど、それと同じくらいに変わらないものなんてない。 月が満ちていくように、ただゆっくりと形を変えるものもあれば、劇物をあおり、突然に毒々しく色を変え、二度と戻らないものもある。 僕は、灰川真澄という毒を飲ん
2020/10/28現在、カクヨムにて無料で読むことが出来ます。 小説家になろうで消されてしまったので、修正版を執筆中です。 それでもいいという方のみご購入ください。 「悪魔のグルメ」 伏見彦人 ある種の凄惨はどうしようもなく人を惹き付ける。 一面の血の海に立って、僕は考える。 足元には横たわった一人の女。 その膨大な血がこの小さな身体に詰まっていたなんて、にわかには信じがたい。小さく見えるのは、両腕がもがれているからだけど。 床には広く青いビニールシート
* アスフォガルには、俺が転生してくるずっと前から地域密着型のマフィアが根付いている。 その名もイージンドゥと言い、これは彼らの言葉で“青ざめた手”という意味を持つ。 領主や迷宮検査官といった治安維持に携わる者たちは『青手組』と言ったりする。 彼らの主に手首から先には、青いレースの手袋のような精緻な刺青がびっしりと施されているためだ。 青ざめた手は組織というよりひとつの民族であり、生活を共にする共同体であり、一種の文化形態である。 彼らは土着信仰から影響を
「ジェリーの旦那、もう勘弁してくれよ」 アスフォガル領主直轄の騎士団に所属する、いい歳をした男が情けない声で俺にすがり付く。 騎士と言えば聞こえはいいが、迷宮検査局との縄張り争いでしょっちゅう揉めてるお巡りさん~自衛隊って感じの、ようは世知辛い立場の大人だ。 まあ、暗黒中世バリバリのこの異世界で、はりきってるのが自警団だけではないのはいいことだと個人的に思う。 「あんたの家のメイドがあんたの物を盗んで捕まったのはもうこれで7度目だよ。身内のことかもしれんが、いいかげん適
「やっちまえ!」とそいつが言おうとしたのが俺にはわかったので、「や」の時点でそいつの喉を鞘ぐるみの剣で突いた。 辺りは薄暗い。どんな街にもそういうよどんだ場所があって、迷宮があって冒険者なんてヤクザな人間が集まればそりゃもう言うまでもない。暴力が生業の連中にとってはコンビニみたいなもんだ。俺を囲んでいるやつらもそのつもりでいることが《《俺にはわかる》》。 まったくもって不本意だ。 俺は死んでもいいとは思っているがむざむざ殺されるのは気に食わないし、この程度の人数と質で俺