女優とネコ
黒い木陰の中から、それは湧きあがってきたように見えた
ネコ・・・クロネコだ。
目があった、と思ったら、ネコは私のすわるベンチにピョコンと飛び乗った。飼い猫なのかきれいな赤い首輪をしている。
「ごめん、お弁当ないんだけど」
スタッフの人が仕出し弁当を用意してくれてたけど、とてもじゃないけど食べる気になれなくて・・・。
やっともらったTVドラマの撮影の仕事。
セリフなんて少ししかないのに、何度同じシーンを撮りなおしたか・・・。
監督に何度も怒鳴られ、やっとOKは出たけど、主演でもない私のせいで10回近くもやり直し。
申し訳なくて、とても他の出演者の人と一緒にはいられなかった。
「ネコはいいね・・・気楽そうで」
ネコは金色の目て私の顔をみながら首をかしげる。
「やっぱ向いてないのかなあ・・・」
私はネコをなでながらため息をついた。
「女優なんてやめちゃおうかな」
「そうすれば?」
どこからか声が聞こえた。
まわりを見渡したけど誰もいない。
「どこ見てるの、私よ、私」
声は・・・ネコから聞こえてきた!?
「え、え、え・・・」
「そうよ、あなたの目の前にいる私よ、ネコが私」
「いやいや、そんなわけないでしょ、ネコが話すなんて」
「せっかく話しかけてあげたのに、失礼ね」
ネコはそういうと、後ろ足で耳の後ろをポリポリとかきながら言った。
「あなたがたそがれてるから声かけてあげたのよ。なに?ちゃんと演技ができずに落ち込んだ?」
呆然としてる私にネコは言った。
「女優のかわりなんて、いくらでもいるんだからやめなさい」
ネコはなぐさめるどころか、グサグサきつい事を言ってくる。
「で、でも夢だったから・・・女優になること」
「だったらがんばりなさい。他にかえられないような唯一無二の存在になれるように」
「唯一無二の存在?」
「そう、私みたいにね」
クロネコは手足を優美にのばし、のびをしながらあくびをした。
「リン、そこにいたのか!」
一人の男性が私の前に走って来て、クロネコを抱き上げた。
「もう、お前はいつも勝手にどこかに行っちゃうから。心配したんだぞ?」
アラフォーぐらいのその人は、ペンチの猫をみるなり抱き上げた。
ところでこの人、どこかで見覚えがあるような気が・・・
「このネコの飼い主さんですか?」
「うん、もしかしたら撮影してる女優さん?」
「あ、はい。端役ですが・・・」
「僕は脚本家なんだ。近くで撮影してるからちょっと見に来たらこの子が消えちゃって」
「あ、す、すみません! ちゃんとご挨拶もしないで」
私は立ち上がってあわてて挨拶する。
「いやいや、気にしないで。それよりこの子の相手してくれてて、ありがとうね」
ごくごくまっとうそうな人だけど、この飼い主さんも、このネコが人間の言葉を話すことを知っているのだろうか?
「いえ、たまたまで。ところでこのネコ・・・あの・・・ちょっと・・・変わってますよね?」
「そうだね」
そう言ってその人はクスリと笑った。
「そう、ちょっと気まますぎるよね」
「ていうか・・・この子、しゃべ・・・」
「すみません、ちょっといいですか? セリフの相談なんですが」
遠くから監督がこちらに向かって叫んでる。
脚本家先生に用があるようだ。
「いま行くから・・・ごめん、もう少しだけ、この子を見てて」
脚本家先生は私にクロネコを預け、走り去っていってしまった。
彼が離れるとクロネコが私を見上げた、
「・・・彼は私が言葉を話せるなんて知らないからね」
「なんで? 飼い主なのに?」
「さあね、言葉がないほうが長続きするから・・・かな。だからあなたも私が話すなんて黙ってなさい」
私にそう言ったネコの目は金色に光り、とても迫力があった。
「言葉より大事なのは心だから。セリフも同じよ」
「は、はい・・・」
「それとさっき言ったでしょ、ネコは気楽でいいね、って。ネコはそれほど気楽じゃないのよ」
「え・・・」
「女優はいつでもやめられるけど、ネコはやめられないの!」
「あ、はい、すみません」
私はクロネコの気迫に、つい頭を下げて謝ってしまっていた。
「君、見ててくれてありがと。それてさっき君、言ってたことだけど・・・」
「このネコ、他のネコとは全然違う、僕にとっては唯一無二の存在なんだ・・・さあ、リン、おいで!」
脚本家先生が抱き上げると、クロネコはミャアオ、と甘ったるい声をあげた。
まるで普通のネコのように。
「君も午後の撮影頑張って。怒られてたみたいだけど、監督、見込みのない子には怒らないから、じゃあ」
「あ、ありがとうございます!」
私は思わず二人に深々と頭を下げた。
なんか・・・涙が出そうだ。
ネコにも、脚本家さんの言葉にも・・・。
そんな私の後ろで、スタッフさんたちがヒソヒソ話する声が聞こえてきた。
「あの脚本家先生といい仲だった人、まだ消えたままなの?」
「彼、もてるからね、色々あったんじゃない? 彼女、きっぱり女優やめたとか」
脚本家先生、いい人そうなのに・・・色々あるんだ。
「彼女どうしてるんだろ?」
「オファーしたい人が探してるけど連絡つかないらしいよ。いい女優だったのに、もったいないな・・・リンさん」
リンさんって・・・まさか?
去っていく脚本家先生に抱きかかえられたクロネコは、私の方をを見た。
そして・・・金色の目で私にウインクした。
~ Fin ~
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