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世の中になかった「手延べ」温麺を現実に。

「ここの手延べ麺がやっぱり一番好きです」

そんなお客様からの嬉しい声がたくさん届く、きちみ製麺自慢の品となった「手延べ温麺」
その温麺完成の裏には、先も見えない道を突き進んだ一人の社員の、並々ならない努力の歴史がありました。
 
この記事では、「手延べ温麺」を一人で作りあげ、さらなる高みを目指して工夫を続ける手延べ部門リーダー・小野が、手延べ製法の復活に奮闘した日々とこれからを語ります。


きちみ製麺手延べ部門の小野と申します。

最近は、料理のインプットのために「孤独のグルメ」を見たり、多国籍料理を食べてみたりしました。モジュラーシンセの音楽も好きで、趣味でやっています。いつかのためにインプットしておいて、後からそれらを組み合わせて試してみる、みたいなことをよくやりますね。仕事でも、いろいろ試して良くしてきた部分がたくさんあります。

今日は、そんな私がしてきた手延べの仕事のお話を少しばかりさせていただきたいと思います。

1.ミッションは、誰も見たことがない「手延べ麺」づくり
 
私がきちみ製麺に入社したのは、’95年の夏でした。
初めて工場に来た日、着いたら中から工場長が粉だらけで出てきて、心底びっくりしたのを覚えています。すぐに私も粉だらけで仕事をするのが当たり前になるんですが。
 
入社したのが夏で、麺製造にとっては一番大変な時期(麺がだれてしまうため製造が難しい)だったんですが、入社翌日から残業で3日目の朝には既に「今日休ませてください」と会社に電話するくらい、ハードな日々だったのを覚えています。
 
7~8年機械製麺を担当して、担当工程が変わって数年経った頃、元工場長が新しく手延べの事業をやろうとしているという噂が耳に入ってきました。会長も熱心で、手延べの説明ビデオなどを社員に回していました。

今だから言えますが、私は会社がなぜ手延べを導入しようとしているのかよくわかっていなかったんです。そんな私が、気づいたら手延べ温麺を作る担当になっていたのだからおもしろいですよね。

もちろん誰も見たことがない手延べ麺。専用の製造スペースもなく、別商品の製造場所の一角を借りて、ぽつんと一人で手延べ温麺作りを始めました。当時まだ兼務で担当していた機械製麺の切断をやりながら、切断の手が空いたときに手延べをやるという日々でした。
 
 
2.「うどんを温麺にする」のが私の仕事ーー秋田修行編
 
温麺の手延べを始めるにあたってもっとも大事な製法について、社内でさえ誰も見たことがない状態ですから、まずは調べなくてはなりません。当時白石蔵王駅にあった歴史博物館の資料や、他社の資料をとにかくたくさん見に行きました。それを元に、見よう見まねで製麺をしていたんです。

特に難しかったのが麺延ばしの工程です。麺が延びずに千切れてぼとぼと落ちてしまうんですよ。そんなまだ製品として未完成な状態のときに、会長がどんどん発信するもんで、取材がたくさん来てしまって。綺麗に見えるところを撮ってなんとか凌いだりしていました(笑)。
 
試行錯誤していたある年の11月頃、会長に「秋田の手延べ製法を見にいこう」と言われて。2人で向かったのに会長は先に私を置いて白石に帰っていくわけです。私は秋田のうどん製麺工場に一人残されて、しばらく現地で修行をすることになりました。

秋田では毎朝5時に起きて、技術を一つ一つ教えてもらう日々。基本は全部秋田で学びましたよ。こんなに真剣にメモを取るのは初めてでした。自社では機械製麺の分業制に慣れていたので、手延べ製麺の作業のやり方の違いも衝撃でした。

1週間学んで、ついに白石に帰る日がやってきました。教わったことを持ち帰って作ってみせたのですが、うどんのやり方をベースにしているから太いものしかできなくて。そう簡単にはいかないですよね。

でも秋田の先生に言われたことがずっと頭にありました。「これを温麺にするのは小野さんなんだよ」って。


3.「手延べ温麺」づくりに本気で向き合うーー岡山修行編

 
その次は、年が明けて2月頃、岡山で手延べそうめんを勉強しに行きました。そうめんは延ばすのに油を使うので温麺とは違う部分もあるのですが、手延べそうめんの最新現場を知ることができる工場で、学ぶことはたくさんありました。

秋田より1時間早い朝の4時から作業開始、手延べは朝が勝負なのだと改めて教えられました。その頃きちみ製麺で既に販売を始めていた「自家製手延べ(温麺)」を、見てもらうために持って行ったんですが、まだまだだなと厳しい評価をいただいたことを覚えています。

そう言われても納得できたのは、岡山でお世話になった製麺所の社長は自分たちの仕事にすごく誇りを持っていて、技術力も高かったことがあったから。当時は厳しく指導いただいたので、結構怒られた思い出も多いのですが、後から考えてみれば、私の仕事に対する向き合い方を見透かされていたんじゃないかとも思います。

岡山の先生にも「これ(手延べそうめん)とは違うものを小野さんは作ろうとしているんでしょ」と言われ、「手延べ温麺づくり」という自分のミッションに対する自覚が、徐々に強くなっていきました。


4.報われた「手延べ温麺」づくり

東日本大震災後の2011年年末ごろ、手延べ工場の引越しのタイミングで、手延べ温麺の小麦粉が高級なものに変わりました。これは実は大きな変化で、いい粉を使わせてもらえるくらい、手延べ温麺の品質が上がっていた、ということなんです。

初めは作り方もわからなかった手延べ温麺、機械製麺に比べて数が作れるものでもないですから、肩身の狭い思いをした時期もありました。手延べ温麺を作っていて、会長からはいい言葉をもらうこともあったんですが、いつも「会長のヨイショが入ってるんだろう」くらいに思っていました。

日々製造が忙しい工場の人たちからしてみたら、「こんなに忙しいのにあいつは何をやってるんだ」という感じだったのかもしれません。自分でも、本当にこれをやっていていいのだろうか、機械製麺を手伝った方がいいのでは…と思ったことが何度もありましたね。

一方で私には、手延べ温麺が成功したら、会社にとって財産になるのではないかという思いもありました。だからなんとしても、手延べ温麺作りを成功させたいという気持ちは変わりませんでした。

手延べを始めてから2年くらい経ち、出荷量も徐々に増えていた頃、たまたま会社で食事会があって。そこで会社の人たちから「手延べ温麺の評判がいい!」と言われたんです。なんだかそのときようやく、やってきたことが「間違いじゃなかったのかな」と思えたんですよね。


5.頼もしい仲間たちとこれからも

 
初めは一人で始まった手延べ温麺製造ですが、現在ではメンバーが6名います。これまで全部自分で答えを見つけなければならなかったのが、メンバーができていろんなアイデアをもらえるようになったんです。自分で考えすぎてしまってみんなに尋ねると、返ってきた簡潔な答えが本質だったりしてね。
 
最近の出来事だと、事業承継後に「1日に4袋作っていた手延べ温麺を6袋に増やしてみたい」というチャレンジングな意見が現場からあって。私は正直難しいと思ったので、みんなに「冷静に考えてみてよ、4袋で充分じゃない?」って伝えたんです。そうしたら、みんなから「6袋やらせてください。やらなきゃダメなんです」って。

正直みんなが多忙すぎて倒れてしまうんじゃないかって心配でしたけど、結果は仕事のスピードが上がって、機械製麺のヘルプにも入れるようになりました。
 
私はチーム運営をする上で、メンバーにきちんと目的を伝えることを心がけています。今は一人一人が「自分が何をするか」をわかっているので、チームとしてすごく完成されている感じがします。事業承継後に夏の歩留まり改善が順調に進んだのも、自分たちの現状や役割をメンバー全員がきちんと理解していたからだと思います。手延べメンバーはそれぞれに長けた部分があって、かつなんでもできる人たちの集まりで、みんなすごいですよ。

「手延べ温麺」作りはこれで正解だと思っていません。まだまだ仕事の精度も上げなければいけないし、やりたいこともたくさんあります。これからも、皆様に喜んでいただける「手延べ温麺」を作るため、そして「手延べ温麺」の答えを出すために走り続けていきます。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。


【編集後記】

手延べは、日本の伝統的な麺づくりの技法です。
しかし、近年は機械製造の麺に押され衰退の一途を辿っていました。
きちみ製麺でも一度失われた手延べ製法。
そんな中、手延べ製法の復活に最も貢献したのが今回お話していただいた小野さんです。

小野さんは普段から常にインプットを続けています。
インプットを広げるために和洋中と幅広いバリエーションの料理をしている時や様々な素材・印象深いものを見たときに、これはいつか何かに活かせるだろうと試させる日まで大事にインプットし続けます。

さらに、機械音楽(エレクトロ音楽)にも情熱を注いでおり、モジュラーシンセサイザーを駆使して、無数の音の組み合わせを探求しています。異なる音を組み合わせて新しい音楽を生み出す過程を楽しみ、その情熱は麺作りにも共鳴しています。

常に新しいアイデアと挑戦を求め、インプットした情報や経験を有効活用しようとする小野さん。アイデアを探し新しいことに挑戦することを楽しむ、その姿勢は独自のスタイルを生み出しています。彼の創造性と情熱は多くの人へ届き「美味しい」を生み出しています。

今そんな小野さんが取り組み続けてきた手延べの仕事の魅力に、改めて気付かされるインタビューでした。

(聞き手:田中)


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