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創作の輪2021 #アドベントカレンダー2021『小説:クリスマス・レター』


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この物語は、順番に音楽を再生しながら読んでくださると嬉しいです。

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冷たい風が頬をかすめ、冬の匂いに思いきり深呼吸をした。

懐かしい音楽が街中に溢れ、速足で過ぎる人たちさえも、駅前の大きな輝くツリーを幾度も見上げた。

高すぎるツリーからは、てっぺんの星が今にも落ちてきそうな感覚に無意識に手を伸ばす。

この手紙が届くのは、きっとクリスマス。
手紙を読んだ時、キミはどう思うだろう?

私は何度もキミに恋をして、そして、その度キミに手紙を書くんだ。

今年もクリスマスがくる。

いつかこの手紙が届くと、私は信じているから――――。

「ねえ、エリカ! 例の営業部の彼とはどうなったの? 確か、同じ高校の同級生だったんでしょ?」
「ちょっと! あんた知らないの? その彼、彼女がいたらしいんだよ」
「えっ!? そうなの? あ……ごめんエリカ……」
「ううん、しょうがないよ。私が早く想いを伝えなかったのがいけないんだもん。クリスマスも近いのに、モタモタしてるから……」

 今年もクリスマスがくる。

 私にとっては苦い思い出しかない。

 それなのに、私はまたキミに恋をするなんて。

 高校の時ずっと好きだった人。
 好きな想いを隠した切ない時間も、笑い合った楽しい時間も、私には鮮明に残る思い出の一つ。
 何度もあきらめかけて、でも結局あきらめられなくて、高校最後のクリスマスに告白を決意した。今までの想いを詰めた手紙をクリスマス前に届くように送ったはずなのに、その返事は……なかった。クリスマス前に彼女が出来ていたのを知ったのは、そのすぐ後で。
 気まずさの残る冬を過ごし、ずっと想いをひきずったまま、私は幾度も冬を越してきた。もう本当にあきらめようと思った時、同じ会社の営業部にキミが現れた。

 キンと張りつめた冷たい冬の匂いが、あの時の切ない想いを蘇らせた。

 そして同時に、私の心に再び熱い想いを蘇らせた。

 それなのに……今度こそ想いを伝えようと思ったのに。

゙彼女がいたらしいんだよ”

 もうすぐクリスマス。

 また私はキミに想いを伝えられずに……今年も雪の降らない冷たい冬を越えていくんだ。


「はぁ」

 白く昇る息が一瞬の煌めきに消えた。

「もう来月は12月だね。クリスマスだよー。早いよねーって、ぼたん聞いてる!?」
「え? うん、聞いてる聞いてる」

 久しぶりの鎌倉の街並みは昔とずいぶん変わっていて、友達の声も耳に入らないくらい、私はしきりに周りを見回していた。昔はしょっちゅう遊びに来ていたのにな。
 行けば必ず食べた小町通りの紫芋のアイス、コクリコのクレープ。大好きなクルミッ子の紅谷べにやの八幡宮前本店がリニューアルされてカフェも出来ていたなんて!
 ワクワクが詰まったような鎌倉の街は、もうすぐ社会人になる私たちを童心に戻してくれるような気がした。

「さすがに歩き過ぎて疲れたねー。ぼたん、あそこのカフェ入ろうよ!」
「うん、そうだね」

 紅谷を過ぎた先、初めて見るカフェの前で立ち止まる。店内とデッキが続いたオープンスペースになったお店にはすでにたくさんの人が溢れ、チェーン店とは違うお洒落なカップやメニューに列をなす女の子たちからも笑顔が溢れていた。

「あれ!?」

 突然、友達が声をあげた。カウンターの中の店員さんを前に固まっている。

「え、ここで働いてるの?」
「うわっ、久しぶり」

 他の店員さんよりスラッと背の高い存在感のあるその男性も、友達を見つめ目を細めた。その彼を見た時、私は驚きで立ち尽くした。

 あれ? 私、この人知ってる。そう思った瞬間、

「高校の時の同級生なんだ」

 そう言った友達の少し高くなった声に、私はすぐに気が付いた。

***

 ジングルベルの歌が鎌倉の街を華やかにする頃、めったに降らない雪がハラハラと街を白一色に染めていた。

『あのカフェで再会した彼と付き合うことになったの』

 ちょうど送られてきた友達からのメッセージ。その言葉は私の心にズシッとのしかかった。まるで経験したことのない雪の重みのような、冷たく重い、凍え消えてしまうような感覚。

 ゙あの人のことを知っている”

 そう感じた時から、私の中であの人の存在は大きくなって、そして、どこか懐かしい気持ちが溢れた。昔、経験したような淡い恋心。

 私はまた、キミに恋をする。

 そう、感じたのに、キミの働くカフェの前で私は渡すはずの手紙を破り捨てた。
 
 手のひらからこぼれ落ちた手紙の小片は、クリスマス直前の街を彩る雪とともに吹き去った。


「仕事忙しそうだね」
『りり花も。幼稚園の先生も大変なんだろ? 毎日仕事を持ち帰ってくるんだなんて話してたし』
「うん、まぁね。でも楽しいよ。忙しいのなんて気にならないくらい」
『そっか』
「……今年のクリスマスも日本には帰ってこられそうにないの?」
『そうだな。まだ、わからないけど』
「うん、そっか」

 もう何年、このやりとりをしているだろう。

 今年ももうすぐクリスマス。
 12月に入ってぐんと寒くなった東京も、今にも雪が降り出しそうな鉛色の空をみせていた。

 コンコンと窓を叩く音に、私の願いを早々と叶えに来てくれたサンタかと期待をしながら、冷たい風の仕業だったといつも寂しくなって、うつむいた。

「でもさ、毎年のクリスマスみたいに、ちょうどいい頃に電話するね」

 もう何年クリスマスを一緒に過ごしてないだろう。海外転勤になって、帰って来れないキミと、幼稚園の先生をしている私と、夢中で話すことは仕事のことばかり。それでも私は楽しくて。

 離ればなれのクリスマスも、お互いの時差を考えて、必ず「メリークリスマス!」っていうのが約束だった。それだけでも十分幸せだったけど、毎年サンタさんにお願いするのは、今年こそ一緒にクリスマスを過ごせますようにってこと。

 それも、今年も叶えられないのかな。

『りり花……』
「ん?」
『りり花が幼稚園の先生になりたいって夢を話してくれたのは、高校の時だったろ』
「そうだったっけ?」
『クリスマス前に手紙をくれて』
「え? 手紙?」
『そうだよ。大学の時もクリスマス前に手紙をくれて、社会人になってからも』
「ちょっと、まって。クリスマス前に手紙って……」

 遠い記憶――。

 私は何度もキミに恋をして、クリスマス前に手紙を書くんだ。でも、その手紙はいつもキミに届かない。私の想いはいつもクリスマス前に砕けてしまう。

 切ない記憶。

 この記憶は、私の夢の話だと思っていた。だって、私にはキミがいて、こうやって毎日のように話が出来ている。そんな私の夢をどうして知っているの? しかも、私が本当に手紙を渡しているように……。

『りり花……』
「ん?」
『別れよう』

 ――え?

『いつまでもこんな状態じゃいられないと思っていたんだ。幼稚園の仕事を楽しそうにしているりり花を、俺だけの都合でどうにか出来るわけじゃない。いつまでもこのままではいられないって思ったんだ』

 すれ違いはいつから始まっていたのかな?

 キミが『こっちに来てくれ』って言ったら、私はいつでも飛んで行こうと思っていたのに。キミからの言葉を待たずに私が言っていたらよかったのかな?

 今年のクリスマスのために用意したプレゼントと手紙は、キミのもとには届かない。

 コンコン、窓を叩く音に振り向くと、暗闇の中に静かに落ちる雪を見つけた。

 

 クリスマス前に手紙を書く。
 想いの届かない手紙。
 遠い遠い記憶。切ない記憶。

 夢なのか、現実なのかもわからないこの想いを、私は何度も経験している。夢に出てくる登場人物は、名前はいつも違うのにそれは確実に私で。必ず誰かに恋をして、クリスマス前に失恋する。

 でも、その恋心に心当たりがあった。

 また私はキミに恋をする。

 同じ人に恋をしている。

 顔も名前も年齢も、いつも違うのに、必ずキミに恋をするんだ。

 私は今年もキミに恋をして、そしてまたクリスマス前に手紙を書くんだろうか――。


 ふと見上げた駅前の電光掲示板。そこに映し出されているのはクリスマスの輝きを見せた街並みの風景。書かれた日付は12月21日。

 今年ももうすぐクリスマス。

 手に握られた封筒を見て、また切なさがこみ上げた。

 顔も名前も違う。でも、私の記憶はいつも同じ。同じ想いで、同じ切なさで、私はまたキミに恋をしているんだ。

 溢れ出た涙を追いかけるように、空から真っ白い雪が舞い降りていた。

 私は手に持つ手紙をポストへ向けた。

 私の手に冷たい手が重なり握られると、引き寄せられるように振り向いた。

「どうして手紙を書くの?」
「え?」

 降り始めた雪に髪を濡らし、息を切らして走って来た男性に、突然声をかけられた。

「どうして毎年、手紙を書くの?」
「え……?」

 それは、どういう意味?

 何度も繰り返す言葉に私は答えられず、激しさを増した雪の中で立ち尽くした。

 ああ、今年もクリスマスがやってくる。


゙どうして毎年手紙を書くの?”

 あの言葉の意味はなんだったんだろう?


 懐かしいクリスマスソングが流れる街。毎年流行るクリスマスソングを聴きながら、何度も繰り返す想いにふけていた。

 あの年の流行ったクリスマスソングってなんだったかな。そんなふうに思いながら、駅前に設置された大きなツリーを見上げた。

 温かい愛おしい想いも、切なく苦しい想いも、目を瞑れば毎年繰り返すクリスマスソングと、そっと降り注ぐ白い雪の音を思い出す。

 雪が手のひらで儚く溶けていくように、私の想いは降っては消える。

 どうしてこんな想いを繰り返してしまうんだろう。こんな想いをするくらいなら、もうキミに恋することもやめてしまいたいのに……。

゙どうして毎年、手紙を書くの?”

「……」

 どうして私は手紙を書くんだろう?


***


「はぁ、はぁ、はぁ」
「エリカ―! そんなに走ってどこ行くのー?」
「え……」
「ねえ、今年はもう部活もないんでしょ? 冬休みに入ったらみんなで遊びに行こうよ」
「あ、うん。また連絡する!」

 私は友達に手を振ると、再び急いで走りだした。

「エリカーなに急いでんのー!?」

 何度も見る悪夢のように繰り返される想い。想っても届かない。それでもキミに何度も恋をする。

 もうすぐクリスマス。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 思い切り走って、校門を出ようとする彼に追いついた。隣には私の知らない女の子の姿。二人の後ろ姿を見つめ、立ち止まる。

「はあ……」

 思い切り息を吸うと、冷え切った空気が一気に体を震わせた。

 見上げると雪。

 冷たい空気と同じように一瞬にして凍った私の心に、フワフワと舞い落ちる。まるで天使の羽みたい。

「……」

『あきらめるな』そう言われているような……。

 握りしめた手紙を見つめた。

゙どうして毎年、手紙を書くの?”

 その言葉を思い出し、何かに急ぐように涙が溢れた。

 そして、手に持つ手紙を破ると、手のひらからこぼれ落ちた手紙の小片は、雪とともに吹き去っていく。

 雪と一緒に舞う手紙をどこかで見た気がする――。

「待って!!」

 私は彼の後ろ姿に声をかけた。ゆっくりと振り返った彼は、そう、私がいつも恋をしているキミ。

「ずっと、好きだったの!」

 隣に立つ彼女なんて気にする余裕もなく、私は思い切り叫んでいた。

「やっと言ってくれた」
「え?」

 振り向いた彼は眩しいくらいの笑顔を見せた。

「手紙じゃないその言葉を待ってたんだ。毎年、毎年、エリカからのその言葉を待ってたんだ」

 毎年……毎年?

「ずっと、ずっとエリカのことが好きだったんだ」

 そう言って差し伸べられた手に、私はそっと自分の手を重ねた。

 二人の体温に、冷たい雪さえも溶けてなくなる。激しくなった雪を見上げると、繋いだ手に落ちてきたのは天使の羽。

 今までの苦しい想いも、幸せな想いも、何度も繰り返す思い出はすべてこの時のため。

『勇気をだしなさい』

 それはきっと、神様というサンタさんからのプレゼント。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




22日は、きさらぎみやびさんです。


#創作の輪2021
#アドベントカレンダー2021に参加しています。

三月さん、素敵な企画をありがとうございました。


他のアドベントカレンダー企画にも参加しています。
『うちのクリスマス』
こちらは、17日と23日を担当させていただいています。
そちらも覗いてくださると嬉しいです。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 夢だった小説家として、沢山の方に作品を読んでいただきたいです。いただいたサポートは活動費と保護犬、猫のボランティアの支援費として使わせていただきます。