マガジンのカバー画像

読書感想文

7
未読の方への推薦というより、感想を消化するための文章です。 ネタバレ前提で書いています。
運営しているクリエイター

記事一覧

『神州纐纈城』の祝福と呪い

『神州纐纈城』の祝福と呪い

舞台は武田信玄の甲府、富士山周辺。

全体の印象としては、伝奇小説、因縁譚。

正直、グロテスクさを期待して読んだところもあるのだけど、とにかく風景描写が精緻で参ってしまった。
春の野山を病んだ男が歩くところなど、美しすぎてかえって残酷だ。

漢文調の人名羅列、七五調の詠い、チャキチャキした対話体など、めくるめくリズムも楽しい。

本文中にも引用されているが、モチーフは「宇治拾遺物語」169話。

もっとみる
『にんげんのくに』に吹く風

『にんげんのくに』に吹く風

熱帯雨林で狩猟採集をなりわいとする、裸同然の「人間」たち。
異人の血を引く子として疎まれていた少年は、しだいに「人間」たちの不条理な暴力の文化に溶け込みながら成長していく。

『伊藤計劃トリビュート』の収録作品の中で最もかっこいいと思ったのが、仁木稔「にんげんのくに」だ。

まえがきによれば、この作品集のテーマ設定は

「テクノロジーが人間をどう変えていくか」という問いを内包したSF

だという。

もっとみる
『悟浄出立』はB面の人々

『悟浄出立』はB面の人々

中国古典のスピンオフ短編集。
身もふたもないことを言えば、FGOの幕間みたいな感じです。
ストーリーよりはキャラクターに焦点が当たっている。
ハイテンションな雰囲気の万城目作品にしてはしっとりしている。落語家が人情噺やるみたいな感じだろうか。

悟浄出立悟浄自身の話というより、彼が八戒の過去を知っていく話だった。

悟浄は、八戒が本当はすごい奴なのではないかと疑っている。
凡人だと思っていた仲間が

もっとみる

『荒神』がいる近世史

時は元禄。
いわゆる「生類憐みの令」で知られる五代将軍・綱吉の治世である。

舞台は永津野藩・香山藩という架空の藩。
巻頭地図によれば、現在の福島県中部に位置する。

この物語は群像劇として、複数の人物の目線で語られる。
永津野藩の筆頭家老の妹・朱音、香山藩主の小姓・直哉、藩境を越えた農民の少年・蓑吉。

こうした時代劇としての設定のうえに、怪異が出現する。

しかし、それは同作者の『三島屋変調百

もっとみる
『最後にして最初のアイドル』は問答無用

『最後にして最初のアイドル』は問答無用

 古月みかが大人気アイドルになったのは、ファンのおかげだ。

 特に、デビュー当初からのファンである新園眞織の功績は並々ならぬものがある。
 彼女は、まだ光ヶ丘高校アイドル部のいち部員にすぎなかった古月みかの才能を見出して以来、その活動を献身的に支えてきた。

 古月みかが所属事務所の倒産によって活動休止の憂き目にあった時も、新園眞織は諦めなかった。

 新園眞織は、持てる限りの知識、技術、資産、

もっとみる
『これはペンです』の文体が脳にしみる

『これはペンです』の文体が脳にしみる

やべっ。

娯楽と興奮を期待して読むと拍子抜けするが、大学生協で売ってるテキストだと思って読むと面白い。

以前読んだ『屍者の帝国』では、説明過剰な文体がちょっと重たく感じたけれど、本書では思考が冴えすぎて空転しているありさまがよく伝わってくる。

円城塔の文章は、行間を読むのを許さないのだと思う。

たとえば修辞が少ない。
とくに「良い夜を持っている」には体言止めがほとんど無い。
たしか論文書く

もっとみる

『ゲームの王国』に住んでいる

歴史ものの面白さは、いつ何が起こるか分かるところだと思う。

有名な歴史人物は、物語の中でアトリビュートとして機能している。
たとえば、織田信長が登場した時点で本能寺が燃えるのは分かってるし、石田三成が出てきた時点で西軍が負けるのが分かってしまう。
どんなに順風満帆な描かれ方をしていても、彼らの名前に「滅び」を予感してしまう。

『ゲームの王国』も、一行目の人名を見ただけで悪い予感がする。
ご丁寧

もっとみる