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映画『ドント・クライ プリティ・ガールズ!』

メーサーロシュ・マールタ『ドント・クライ プリティ・ガールズ!』(1970、ハンガリー、89分)
原題:SZEP LANYOK, NE SÍRJATOK!



主人公ユリは工場に住み込みで働いている。
兄を含む仲間たちも皆、そこに勤務している。
そのうちの一人と深く交際中で、婚約指輪も用意してもらった。

だが彼はだらしない人間で、職場の女の子たちに手を出している。
と言ってもハグとキスまでだが、わざわざ見せつけるようにすることで「女は男に従うもんだ」とばかりに虚勢を張り、見下しているように映る。

その仕返しもあるのか、ユリはチェロ奏者の誘いに乗り、束の間の小旅行に出る。
婚約者か、新たに恋愛関係に陥った相手か、揺れるユリの心だったが…



「音楽映画」とも言えるぐらい全編に曲が溢れている。
しかも、生演奏の場面も多い。
ハンガリーの音楽はほぼ知らないが、この時期に活躍していた人たちが出演しているようだ。
この時代らしいフォークソングからロック、少しジャズっぽいもの、自国のルーツと新しいリズムを融合させようと試みるものまで。
ミュージシャン名も特定できないが、バルコニーのようなステージでのバンドと、ジャズクラブみたいな狭い小屋で演奏していたグループも良さそうだった。

そして、字幕に出る歌詞対訳を読む限り、どことなく登場人物たちの心情を代弁しているようで、楽曲の配置も効果的だったと思う。


演出面も洗練されていて、とりわけ完成されたカメラワークに鮮やかな印象を受ける。
乱入する場面でのスローモーション、明らかにヘリからであろう空撮もあるが、多用される顔のクロースアップが特徴的だ。
同じモノクロだし、ジョン・カサヴェテスの『アメリカの影』(1959)や『フェイシズ』(1968)を彷彿とさせる。


特に何の面白みもない日々を生きている若者たちだからこそ、少しの楽しみ、つまり酒と音楽、恋が必要なのだろう。
ときには空き家に侵入したりして、日常の反復から逃れようともする。

失礼ながら経済的にはあまり発展しているようには見えない街並みで、戦後間もない時期に撮られた小津安二郎の諸作を思い浮かべたりした。
団体で自転車通勤してくる男たち、具体的に何の工場なのか詳細は不明だが、シャワー室も付いているので多少は身体が汚れるのか。
食品類ではなさそうだが、縫製か何かなのかもしれない。


兄が妹に洗濯をさせる辺り、渋々ながらも当たり前のこととして従う姿には、社会全体の無意識下に染み込んでいる家父長制を感じた。
そんな風潮の中で生活を送る、まだ若い女性たち。
「職場も住むところも用意してやって、何の不満があるんだ?」という台詞もぶつけられる。

主人公ユリは、肩より下まで伸ばした髪を左右に結ったり、前髪を下ろしたりして愛らしさがある。
同時にいつも何か言いたげな佇まいだが、あまり喋ることもない。
目で、微かな表情で語る。

ユリの選択は、そうせざるを得なかったものなのか、本心から自ら採ったものなのか。





2023年5月に特集上映が組まれていて、これらが初の日本公開だったようですね。
チラシはもらっていたけど行けず。
この度、配信で観ました。


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