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広告と倫理

こんにちは。プロデュース部の上島です。
今回は、広告業界に身を置く者として、少し重いテーマですが「広告と倫理」について考えてみました。

広告炎上が劇的に増えたのはスマートフォンが普及した2010以降と言われています。これは、SNSの爆発的な広がりとリンクしています。それまでは広告表現に疑問や不快感があっても個人が表明する手段が少なく、また表明したとしても拡散されることはほとんどありませんでした。
しかしTwitterに代表されるSNSは拡散力が凄まじく、一個人のふとした投稿でもまさに小さな火種がまたたく間に辺り一帯を焼き尽くすように燃え広がり手がつけられない大火事になることもあり、「炎上」とは言い得て妙だなと思います。

Twitterの炎上をさらにニュースメディアが取り上げて知らなかった人にも拡散されてさらにTwitterが燃え広がるという「炎上エコシステム」までもが完成しており、Twitter炎上が発端で広告を撤回する企業も多くあります。

最近炎上した広告の傾向を改めて見てみると、多くが「ポリコレ系」「社会問題系」であることがわかります。
ジェンダー問題やハラスメント、格差、家事育児など受け手によってはセンシティブな内容に対して広告主がその機微を読み取れずにズレたコンテンツで発信してしまったときに起こるわけです。

Twitter炎上の内容が毎回必ずしも正しいとは思いませんので、個人的には「これは撤回までしなくてもよかったのでは」と思うものも中にはあります。しかし、資本主義社会においてごく普通のサービスを享受する上で、
「広告に全く触れないで生きる」ということはもはや不可能です。
映画やアニメの内容に問題があったとしてもわざわざ見なければ済む話ですが、広告は見たくないと思ってる人も普通に生きているだけで強制的に見せられてしまう。人の時間を勝手に奪っておいて「見た人が悪い」などとうそぶくことは到底はばかられるわけです。
そもそも広告は人々の生活に勝手にお邪魔してくる厄介者なのだという紛れもない事実を、私たち広告制作者は真摯に受け止めた上で業務に従事する必要があります。

ポリコレや社会問題と真摯に向き合って表現方法を吟味しなければならないのは言うまでもないですが、私は広告制作者が向き合わなければならない「倫理」は今後さらに深いものになっていくと予測しています。
今はまだあまり表立って問題化されていませんが、今後やり玉に上がってくるだろう広告手法を「脳ハック系広告」と名付けます。

人間の反応には思考が間に合わない直感的なものと、少し考えた上での非合理的な反応の2種類があります。レモンの写真を見ると唾液が出てしまうような反応は前者で、「今だけ30%OFF!」の文字で欲しくなってしまう反応は後者です。

「脳ハック系広告」とはこの人間の反応、認知のバグを利用して生活者に意図しない購買行動を起こさせてしまう広告のことです。
広い概念では「行動経済学」とも呼ばれ、現状ではむしろ「マーケティングに行動経済学を活用!」などと割と肯定的な扱われ方をされることもあり、少し危うさを感じます。

具体的に例示します。
直感的脳ハック広告は「サブリミナル広告」として一時期話題になりました。人間の無意識下の衝動に働きかけ、あたかも直感的に自分で判断したように錯覚させます。「思わずクリックしてしまいたくなるボタンデザイン」などもそれにあたります。「タレントが美味しそうにお酒を飲んでいる映像」なども同じ効果があると思います。

認知バグ系脳ハック広告は「納得できなければ全額返金!」といったものです。ついこの広告に押されて買ってしまい、実際はそこまで納得してなくても返金には至らない。
この広告手法は行動経済学で「保有効果」と呼ばれています。一旦手に入れて自分のものになってしまうと、そんなに気に入ってなくても手放すのが惜しくなる、といった認知のバグを指します。
「全額返金保証」の広告による売上と、実際に返金申請されるマイナス売上を天秤にかけたときに、返金を求めてくる人が「保有効果」により思ったより少なく、儲けが出るから採用されるわけです。

「一度契約させてしまえば不要でも解約者は少ない」というのも認知バグ系脳ハックです。非合理的なのに現状維持を望んでしまう認知のバグを「現状維持バイアス」といいます。
通信サービスなどを契約するときに「不要だったらすぐに解約してくれていいです!とりあえず1ヶ月は無料なので!」などとゴリ押しされて不要なプランに入らされた経験はないでしょうか。
悪質な場合は「解約までの導線が見つけづらい、もしくはない」「解約するには店舗に行かないといけない」などといったこともあります。

2020年のことですが、ネットフリックスが「幽霊会員には解約を促す」と
発表して話題になりました。契約を忘れていてお金を払い続けてくれる「幽霊会員」は企業にとって都合のいい存在ですが、それをあえて放置せずに損切りすることを選んだのです。
このニュースはそこまで大きな話題にならず、「良心的だ」という反応が多少あった程度でしたが、今後はむしろこの対応が当たり前になり、脳ハック系広告はむしろ倫理的にNGとなってくると思います。

ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授は著書「実践行動経済学」の中で次のように述べています。

難しいケースが考えられることは事実である。理論上では、サブリミナル広告は公知性の原則と衝突するように思われる。
サブリミナル広告に人々が憤慨するのは、広告が使われている事実を知らされずに影響を受けているからである。
しかし、サブリミナル広告の使用があらかじめ知らされていたとしたらどうだろう。サブリミナル広告を例えば凶悪犯罪、過度の飲酒、税金の不払いを撲滅するために使用すると公表したらどうだろう。
情報開示は十分だろうか。そうは思えない。

私たちが作っているのは主に店頭のPOP広告で、ややもすると「店頭でいかにより目立つか」「いかにその場で買ってもらうか」という点で脳ハック的な手法に陥りやすい危険をはらんでいますが、本来のPOPの目的は「店頭で生活者によりよい選択肢を届ける」ことだと思っています。
この本質を忘れないように、日々取り組まなければならないと改めて思いました。

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