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フリーライターはビジネス書を読まない(25)

自警団が被災者を追い返した噂の真相

JR芦屋駅まで、電車が通っていた。
駅舎は被害を受けたようだ。樹脂製の波板で屋根を張って、仮復旧で運用されていた。

駅前から六麓荘までバスが出ているはずだが、バス停まで行ってみると、案の定ダイヤはあって無いようなもの。仮の時刻表が貼ってあって、次のバスまで約1時間待ち。
時間が惜しい。タクシーで行こう。数台が乗り場に待機していた。

「六麓荘まで」
行く先を告げて、発災当日のことや最近の状況をドライバーに尋ねてみる。
「私の自宅も全壊ですわ」
ドライバーの頭には、白いものが混じっている。
「大変でしたね」
「仕事もできんかったもんで、ずっと休んでいて、今日が復帰初日なんですよ」
なんだか、えらいときに乗ってしまったな。

「お客さん、六麓荘のどのあたりですか」
訊かれたので、
「自警団ができてるって聞いたんですが、本部になってる家がどのあたりか分かりますか」
情報は多いほうがいい。取材のために訪れたことと、その趣旨をかいつまんで話した。
すると、
「ん? なんか聞いたことあるな、そんな話」
だが、小耳に挟んだていどらしく、詳しいことは知らないという。

まぁ仕方ない。さほど広い街ではなさそうだし、歩いて探すことにする。
「このあたりが六麓荘ですが、降りますか」
そうしようか。タクシー代を節約したいし、あとは自分の足で。

このあたりの被害は比較的小さく、家が倒壊したという話も聞かない。静かで、落ち着いた雰囲気だ。
タクシーを降りたのはいいけれど、どこへ向かって行けばいいのか、皆目見当がつかない。しかも山手なので、坂道しかないという地形だった。

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▲六麓荘の街/1995年3月5日撮影

とにかく住人の誰かに訊こうと思って歩き始めてすぐ、お城みたいな家の玄関先でベンツを洗っている男性がいた。水道は復旧しているようだ。
「すみません――」
声をかけ、自警団のことを知らないか尋ねてみた。

そうしたら、なんと知っているという。取材の意図を告げ、詳しく聞いてみる。男性は快く応じてくれた。
結論からいうと、よそからやってくる被災者を追い払ったという話は、まったく事実無根の噂に過ぎなかった。
真相は、自治会で警備会社と契約して、希望する家だけ防犯のための巡回を頼んだのだ。

本部になった家も分ったので、行ってみることにした。

けっこうきつい坂を上っていると、後ろから車のクラクションが聞こえた。振り向いたら、芦屋駅から乗ったタクシーだった。

迎え? そんなはずはない。頼んでないし。

「自警団の家、分かったよ」
運転席のウィンドウを下げて、ドライバーがこっちに向かって叫ぶ。
「わざわざ聞いてくださったんですか」
なんと親切なことよ。
「この先、上りきったところにある、○○さんてお宅だそうですよ」
今から行くところですなんていえない。
「どうも、ありがとうございました」
お礼をいうと、
「どうせヒマだし」といい、クラクションをパンと短く鳴らして走り去った。

目的の家に行く途中、こんどは散歩中と思しき老夫婦に出会った。声をかけ、自警団のことを尋ねると、さっきの男性とだいたい同じ話だった。
これで間違いなさそうだ。
自治会が警備会社に、防犯のための巡回を依頼した。対象は希望する家だけで、警備料金は巡回を希望した家で頭割りとのことだった。
「うちも頼んでたけどね、料金が高いから1カ月でやめた」
ちなみに警備料金は1軒あたり4万円だったという。

「希望した家だけ」という話が人づてに伝わっていく過程で、よそ者を排除しているという話に歪曲されてしまったようだ。しかも、警備会社が活動の拠点にした家に、自治会が自警団の提灯をぶら下げた。これが誤解と噂の元になったようだ。

いわゆる伝言ゲームみたいなもので、もともとあった話のカケラすら残っていないのだった。

さて、目的の家に着いた。そこは日本中に名が知られている、有名な製菓会社の社長宅だった。さすが豪邸だ。

たしかに「六麓荘町自警団」と染め抜いた提灯がぶら下がっている。玄関の前には警備会社の車か、それとも社用車か、黒塗りのセダンが停まっていた。
こんな豪邸の「門」から、いきなり訪ねるのは気が引ける。塀沿いにぐるっと歩いて勝手口を見つけ、インターホンの呼び出しボタンを押した。

まもなく「はい」と返事があって、突然来訪した非礼を詫びてから取材の趣旨を伝えた。同様の用件で尋ねてくる客が多いのだろう、取材は受けないことをその場で申し渡された。問答無用という空気を、ひしひしと感じるいい方だった。

だが必要な情報は取れた。あたりの様子を写真に撮って、次の目的地である宝塚へ向かうため、来た道を引き返す。
こんどは下り坂ばかりで楽だった。

(つづく)

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