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フリーライターはビジネス書を読まない(18)

キミの著書を出さないか?

銀行のカードセンターで電話越しに遭遇する「変な客」「おもしろい客」とのやり取りは、パソコン通信のライターグループにある掲示板に投稿していた。
毎週必ずといっていいほど、何かしらエピソードが発生するから、ネタには事欠かない。
守秘義務やプライバシーの保護に注意を払いつつ投稿したことは、いうまでもない。

そんな投稿をどれくらい続けたか、1年も経っていなかったと記憶しているけれど、同じグループに参加しているライターの先輩から、こんな連絡を受けた。

「自分と付き合いのある出版社の編集長に、キミの投稿が面白いという話をして実際に見てもらったら、本にして出版しないかといっている」

なんと、あんなヨタ話が本になるかもしれないという。まさに継続は力、どこにチャンスが転がっているかわからない。

「ただし条件がひとつあって、俺がリライトすることだそうだ。本になることを前提に書いてないだろ? 版元からすれば、付き合いのないライターに書かせるのが不安なんだよ」

ふむ、たしかにそうだ。出版されるかもしれないことなんか、想像もしていなかった。
しかもライターを名乗れるようになったとはいえ、未だに編プロの社長から投げてもらうビジネス書しかやったことがないのだ。実績といえるほどのものは、まだほとんど無いに等しいのだ。

私はその条件を呑んだ。自分の文章にこだわるより、今は実績づくりを優先しようと考えた。
このミッションが実現したら、プロフィールに「著書あり」と書ける。

「形だけでいいから、編集会議にかけるための企画書と構成案を出してくれ。ATMコーナーのエピソードだけで1冊引っ張るのはしんどいと思うから、警備員のウラ話的な構成にして、その中にATMコーナーのエピソードを厳選して盛り込むことにしようか」
そうして企画書に書く中身のヒントをもらって、企画書らしきものを拵て、先輩ライターへ送ったのである。

全体の構成は、警備員時代の経験談を「銀行編」と「ホテル編」に分けてよもやま話ふうにまとめ、銀行編の後半部分にATMコーナーのエピソードをもっていった。

半月はど待って、編集会議を通って出版が決定したという知らせを受けた。発売は10月、初版7000部。印税率は8%で、実売ではなく発行部数に対して支払われる。ただし先輩ライターがリライトするので、印税は50%ずつ分けることになるという。
それでも無名の新人にしては、悪くない条件だろう。

10月発売ということは、8月には出版社へ原稿が渡っていないといけない。先輩ライターがリライトする日数も要るから、私が執筆に割ける日数は2カ月もない。
しかも、この2カ月のあいだに、出版契約書を交わすために最低一度は東京へ行くスケジュールも組まないといけない。

自分が経験してきたことを書くだけだからサクサク進むというわけではなく、かえって時間がかかることもある。
2カ月は長いようで、意外に短い執筆期間だった。

(つづく)

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