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【Bar S 】episode29 ジョッキが飛んだ日



日曜の17時頃、事件は起きた。

その日もいつものメンバーが7人集まっていた。いつものようにくだらない話しで盛り上がっていた。そこへキンさんが登場。一番入口側に、補助椅子を並べて座った。ハイボールの大ジョッキを注文。

ミーコ以外はみんなキンさんと会っているし、話しもした事もある。タツヤやアツシに至っては、キンさんの奢りでキャバクラへ連れて行ってもらった事もある。

何が言いたくて、こんな説明をしているのかというと、皆で楽しく呑んで、話しをしている時に、キンさんがいきなり

ハイボールのジョッキを投げたのだ!!


飛んでいった先は、一番奥の席に座っていたタツヤと、その隣の席に座っていたミーコの間。ジョッキはふたりの顔の高さで間を通り抜け、壁に思い切りぶち当たった。

角ハイボールの大ジョッキは、分厚く頑丈だ。壁に投げつけても、床に叩きつけられてもビクともしない。

そんなジョッキが人の顔や頭に当たったらどうなっていたか⁉ 本当にゾッとする。

キンさんによって投げられた大ジョッキは、キンさんが呑んでいた2杯目で、まだ半分液体が残っていた。

その為、ミーコとタツヤ、それからミーコの右隣に座っていたカエル君の服や顔にかかった。驚いたミーコは泣き出していた。私は直ぐにタオルを3人に渡しながら、キンさんに抗議した。

「なんでいきなりジョッキ投げとんのじゃ! 当たったらどうそんじゃボケーっ!!」

アツシとやっちゃんがキンさんに掴みかかっていた。私はふたりを制して、キンさんを店の外へ連れ出した。

キンさんは、私にいつも感謝の言葉をくれていた。キンさんが、精神的に病んでいるときに、この店に来ることによって、私から救いを受けた。と言ってくれていた。
私にもキンさんに対しては恩があった。休みの日に呑みに連れて行ってくれたり(一晩でふたりで10万円以上使ってその飲み代全部払って貰った)、店のテレビをもらったり。

だから、なんとか話しを聞いて解決をしたかった。

「キンさん どうしてジョッキなんか投げたの?」

「気にくわなかったから。つい・・・」

「いや、つい じゃなくて、当たってたら大ケガするでしょ!」

「当たらないように狙ったから大丈夫!」

「いやいや、ちょっと間違えば当たっちゃってたかもしれないでしょ! で、何が気にいらなかったの?」

「それは言えない」

そう言うと、キンさんは財布から2万円を出し、私に押しつけて

「これであと、うまくやっといて」

キンさんは足早に立ち去ってしまった。


店内に戻るとミーコはまだ泣いていて、タツヤが笑いながら慰めていた。

私はキンさんから受け取った諭吉2枚を大げさに皆に見せ、

「イエーイ 2万円ゲットーっ!!」とふざけて言ってみた。

皆も「イエーイ これで今日の飲み代浮いたーっ!」と乗ってくれた。ミーコも泣きながら、笑った。

1万円をミーコに渡し、「皆さんの分は残りの1万ですよ!」と言うと、

「えーっ 皆の分もタダにしてよーっ!」とか、

「俺も、酒かけられたんですけどーっ!」なんて声も上がりましたが、

「はい、足りない分はちゃんと徴収しますよ!」そう言って金の話しは終わらせた。



しかし、何故キンさんはジョッキを投げるほどの怒りを覚えたんだろう⁉ いつも皆からからかわれたりした時でさえ、おちゃらけて返してたりしてたのに。私が殆どキンさんの相手をしないで、タツヤとミーコにばかり気がいっていたので、それに焼きもちを妬いたのだろうか。とか、始めて合ったミーコが皆と楽しそうにはしゃいでいるのを見て、まだこの店に来て間もないヤツが、我もの顔でデカイ態度とってんじゃねーよ的な事を感じてしまった。とかかなと最初は思った。しかし、いろいろ考えてみると他にも原因となりそうな事が思い浮かんだ。

リカ残りの事だ。この時リカはタツヤとの子供を生んで、ひとりで育てていた。その辺の事情もキンさんは知っていた。そして、キンさんがそんなリカの事を同情する思いを持っていたとしたら。

タツヤとミーコが楽しそうにイチャイチャしているところを見て、腹が立ったとしてもおかしくはない。


ただ、キンさんが理由を話してくれなかったので、答えはわからないまま

キンさんのジョッキ投げ事件

として、我々の想い出エピソードとなり、今でも語り継がれているのである。



ーepisode 29 おわりー

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