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【Bar S 】episode25 やっちゃんの犯したミス



やっちゃんは、川畑さん 三田さんと小学生の子供繋がりで、3人で呑みに来てくれてから、週2のペースで来てくれていた。

年齢41歳。身長174センチ。筋肉質という訳ではないが、バネのある柔らかそうな筋肉をしていた。隣街で生まれ育った地元の人。高校から大学までは、アメリカの学校へ行っていた。親から継いだ自動車関係の会社の社長。

やっちゃんは、ウチの店に通うようになってからじきに、常連のレギュラーグループに入った。少し強面だが、以外とやさしく皆ともすぐに仲良くなれた。店が終わった後などよく、皆で焼肉をご馳走になったりした。お金持ちなのだ。

たまに他のお金持ち社長の友達と風俗へ行き、部屋に通された後、どちらかの部屋に女の子を連れて集まって、そこで性的な事は何もせず、ただ呑んで騒いで帰ってくる。という優雅な遊びをしてくるそうだ。

やっちゃんには、モデルをしている彼女がいた。(都会の社長さん達は、無くても生活できる、車を持つように、愛人をつくるのがステータスなのだろうか⁉) しばらくすると時々、そのモデルさんを連れて来るようになった。

名前はアンちゃん。27歳。167センチで全身が細い。キンキンとした高い声で話す。割と気さくなコ。

アンちゃんも皆とだんだん打ち解けていき、仲良く遊ぶようになった。特にカナちゃんとは気が合うようで、ふたりで旅行にも行ったりする仲になった。

ただ皆、アンちゃんが居る時に気をつけなければならない事があった。それは、やっちゃんの家庭の事について触れない事だ。やっちゃんは、アンちゃんには妻子がある事を内緒で付き合っていた。他の皆は知っていたので、ついうっかりアンちゃんの居るところで口を滑らせたりしたら、一瞬にして修羅場になるであろう。


しかし、バレる日は当然やってくる。きっかけはカナちゃんとあっくんの結婚。ふたりが結婚届を書く際に、やっちゃんに保証人を頼んだ。そして、結婚届の用紙を持ってウチの店で記入した。その日の店内には、めでたい儀式だ ということで、レギュラーメンバーの殆どが集まっていた。やっちゃんの隣の席にはアンちゃんが居た。そしてやっちゃんが記入していく様子を、じっと見守っていたアンちゃんの表情が突然変わった。

「えっ 誕生日が違う」

その場に居た全員が固まった。

「私の聞いていた誕生日と1日違う。ねえ やっちゃん どういう事?」

何も言葉を返せないやっちゃんと、なんのフォローも出来ない群集。

「えっ なんで答えられないの? やっちゃん もしかして・・・」

「ごめん!! アン ちょっと説明するから外に出ようか。」

書きかけの結婚届を残したまま、ふたりは店を出て行った。


いつも明るいカナちゃんが泣き出した。自分達が原因でバレてしまった事。それから仲の良かったアンちゃんに、ずっと黙っていたことで結果、騙していたという罪悪感で。

冗談を言って場を和ませるような雰囲気ではなかった。重い空気が店内を支配していた。みんな黙ったまま俯き、時折 思い出したようにグラスに入った酒を舐めるように口に運んでいた。

「まあ仕方がないよ! ずっと付き合っていたら、いつかは知らせなきゃいけない事だし。」

言ってはみたものの、誰の反応もなし。

20分くらいして、ふたりが戻って来た。アンちゃんは顔を伏せて泣いていた。

アンちゃんは泣きながら、

「なんかおかしいと思ってたのよ! 家に遊びに行きたいって言ってもいつも何だかんだはぐらかされるし」

「でもこれってみんな知ってて、わたしだけ知らなかったって事でしょう⁉ それって酷くない⁉ ひとりで浮かれてて、わたしだけバカみたい。」

何も発するべき言葉を思い浮かばないでいると、やっちゃんが謝った。

「アン ごめん。それも俺がみんなに口止めしてたから・・・。全部、俺が悪いんだ。」

「みんなもゴメンな!」

「そりゃあアナタが全部悪いに決まってるでしょ!! でもカナちゃんもずっと隠してたなんて、もう誰も信じられない」

「アンちゃんごめんね ごめんなさい」

ただただ泣きながら謝るカナちゃん。

泣きながら店を後にするアンちゃん。

呆然と立ち尽くすオーディエンス。


やっちゃんはそんな中でも、保証人の欄を埋め、印鑑を押して 申し訳なさそうに帰っていった。



そんな事があっても、しばらくして皆が集まった時にはもう笑い話になっていた。

カナちゃんは、2日後にアンちゃんに電話して、許してもらっていた。元々カナちゃんが悪い訳ではないからという事で。

やっちゃんは、皆にお詫びとして高級焼肉店でお食事をさせてくれた。カナちゃんにはそれとは別に、何かプレゼントしたらしい。

やっちゃんとアンちゃんちゃんは別日に話し合いの場を設けて、アンちゃんが冷静になってよく考えてみる。という事になっていた。まだやっちゃんの事が好きな気持ちは変わらないようだ。


アンちゃんはそれから店には現れなくなった。まあ当然だ。


そして、あっくんとカナちゃんの結婚披露宴に皆で出席した。披露宴の席につくと、私とやっちゃんの席の間に、空席があった。気になって名前をみると、アンちゃんの名が。

やっちゃんに「今日アンちゃんも来るの?」と訊いてみたが、答えは「知らない。俺は聞いてない。」

ウチのテーブルだけざわつく中、新郎新婦の入場が始まった。

暗い照明の中、ひとりの女性が小さくなりながら ひっそりと会場へ入って来た。アンちゃんだ。アンちゃんは私とやっちゃんの間の席につくと、

「皆さんお久しぶり」と小声で挨拶をした。

その後、やっちゃんに向かって

「もう許してあげる」とだけ言って、澄ました顔で新郎新婦を見つめていた。

「それでは皆様、しばらくのご歓談を」という司会者の言葉と同時に、みんな一斉にアンちゃんに向かって質問を投げかけた。

結婚式の2週間前に、カナちゃんからどうしても披露宴に出席して欲しい。という連絡があったらしい。やっちゃんと顔を合わせたくないなら仕方ないけど、と。

それでやっちゃんとの関係は、披露宴に出席して 顔を見てから決めようと思ってたけど、会場へ向かっている途中で やっぱりやっちゃんの事が好きだ! と気付いて、会場に着いたら涙が出てきちゃって、トイレで化粧を直してたら遅くなっちゃった。という事だった。



それからまた、アンちゃんは店に来るようになった。やっちゃんがいない日でも、カナちゃんと一緒に。

アンちゃんはビールしか呑まないコで、呑むペースがとてつもなく早い。黙っていると10杯以上は軽く呑んでしまう。そして食べ物は殆ど口にしないから、いつも最後は酔っぱらって立てなくなる。だからいつも、やっちゃんの助けが必要だ。その日やっちゃんと一緒に呑んでなくても、最終的にやっちゃんを呼ばざるを得ない。

やっちゃんがめんどくさそうな顔で、

「アン しっかりしろよ! お前はいつもそんなにだらしなくなるまで呑んで」

と椅子から抱き起こそうとすると、

「やっちゃん大好きーっ!」と言ってしっかりと抱きつくのだ。



いい話し風だけど、このふたりはあくまで、

不倫カップルです。

皆さんも大変な事にならないよう、お気をつけくださいませ。




ーepisode 25 おわりー

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