巡り合わせ
「柿を譲ってもらう事になってるから、あんた運転して籠を運んでくれる?!」
休みでごろごろと部屋にとじ込もっている僕に母親が言った。「いいよ、で、何処に向かえばいいの?」
母親の案内で向かった先は、山に登っていく山道の入口あたりの昔からの農家が密集した地域だった。
「あれ、何処だったかな?」
同じような平屋建ての家が並ぶので、母は目的の家がわからなくなってしまったようだ。
車を停めてふたりで歩きながら探す。
「ああ、ここだ!」
表札を確認した母が安堵したように言った。
敷地に足を踏み入れると、庭で作業をしていた老人がこちらに声を掛けてくれた。
「おお、そこに用意しておいたよ」
玄関の前に黄色い籠があり、その中に柿が半分ほど詰められていた。
僕がその籠を持ち上げ車に運ぼうとすると、母とその家のお爺さんの雑談が始まった。
しばらく話が終わるのを待っていたが、なかなか終わる様子はなく、僕は籠を地面に置いた。
ふたりの話を黙って聞いていると、どうやらそのお爺さんの奥さんは3年前に亡くなり今はひとりですが暮らしているらしかった。
話は進み、なかなか顔を見せない娘の話題になった。
そしてお爺さんがその娘の名前を口にした瞬間、僕はその場で辺りを見回した。
「あっ!」
僕は咄嗟に大きな声を出してしまった。
彼女のお父さんには言い出し憎かったが、そこは懐かしい光景として僕の脳裏に甦ってきた。
「どうした?」
お爺さんと母が一斉にこちらを向く。
「お嬢さん、中学まで僕と同級生でした」
「ほー、そうなのか、あんた娘の同級生か」
「はい、中学の1年と3年の時に同じクラスでした」
「ほーほー、そうかそうか、そこの玄関のとこに写真があるから見てみなよ」
言われるままに玄関を入ると土間が奥まで続いており、その右手に飾られた大きなパネルに彼女が写っていた。
パネルに写った彼女は成人式の振袖姿で、農家の娘には似つかわしくなく透き通るように色白で、やはり綺麗だった。
「やっぱりそうでした。それにしても綺麗にとってありますね」
「おう、母ちゃんがいつも綺麗に拭いとったからな、俺も綺麗にしといてやらねえと思ってよ」
そう言うお爺さんは少し照れているようだった。
柿の入った籠を持って車に戻り、車内で母親に話した。
「あの家の娘さん、僕が生まれて初めてデートした女の子だった。ウチにも来たことあるよ」
「あら、そうなの。そういう巡り合わせってあるものね! 私があのおじさんと出会ったのつい先週よ。無人販売の柿を買おうか迷っていたら声を掛けられて『ウチにもっといい柿たくさんあるから分けてやるよ』って言われて。娘さんももっと顔を見せに来てあげればいいのにねえ」
家に着いて籠を車から下ろし、その中から一つ柿を取り水で洗ってかぶりついた。
あの家の彼女との事を思い出しながらその甘い柿を咀嚼した。
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