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◆不確かな約束◆しめじ編 第7章 中 社員旅行


「いいかシュウ。クライアントと話す時にはまず、相手の話しを受け入れろ。その後で、何か伝えたい事があれば、相手の意見を否定せずに話すんだ。お前の場合はこちらの良さを伝えようとするあまり、相手の意見を聞いていなかったり、否定するような言い方になってる時があるから、そこを気をつけろ」

三田さんの言葉が身に染みた。入社2年目で独り立ちするために、営業のプレゼンを任されていた。三田さんは基本口出しをせず、後でアドバイスをしてくれているのだった。

「女性に対してもそうだぞ。いくら理不尽な事を言われても、一旦受け入れて、それからお互いに納得出来そうなポイントを探して提案する。お前の方がぜんぜん若いのに、昭和感があるんだよな。変なとこ頑固だったり。普段は大人しいクセに」

確かに三田さんのおっしゃる通りかもしれない。ユキやミユの事が頭に浮かんだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆

24歳の誕生日を過ぎた10月、社長が1泊2日の慰安旅行を企画してくれた。社員の中から希望者だけ募る形で、12名が参加した。

場所は山梨。ステーションワゴンタイプの車2台をレンタルして、1台は社長、もう1台は三田さんが運転した。僕は三田さんの運転する車の助手席に乗った。

「気持ち良く運転してるのに、隣をみたらお前って。ここは普通、カワイイ女子だろっ。まったく、先輩に運転させて横で菓子をボリボリ食いやがって。なんで今まで車の免許くらい取ろうと思わなかったのか、理解に苦しむわ」

「隣が青臭い小僧でスンマセン。生憎、ピチピチ新入社員の杉村ちゃんは、社長の隣でキャピキャピはしゃいでおりますので」

「うるさい。そんなの前に見えとるわ」

この車の前を運転する社長の様子を見て、三田さんは毒づいていた。

「あら、だったら三田君 私が助手席に座りましょうか?」

2列目に座っている事務の小林さんが、40年間ためてきた脂肪を揺らしながら、身を乗り出して話しに加わってきた。

「あー そうしたいんだけど、残念ながらまだ車が動いているので、危ないからちゃんと座っててください」

車内で笑い声が沸き起こった。三田さんと小林さんは同期入社で仲が良い。

「あっそう。私の大きな胸でサイドミラーが見えなくなると悪いからやめとくわ」

車内は爆発的な笑い声でいっぱいになった。


1日目の今日は、富士五湖巡りをしてから、早めに宿泊先のロッジへ行く予定だ。

富士五湖を巡る途中、遅めの昼飯でほうとう鍋を食べた。

「美味しいけど、自分はカボチャが入っていない方が好きかな」

そう思った通りに発言すると、

「何言ってるのよ。あんたバカなの。ほうとうにはカボチャがなくっちゃ意味ないでしょ」

と、女性陣から批判を受けた。


河口湖では足こぎボートに乗った。三田さんと。

「なんでここでもお前と一緒なん。どんだけ俺の事好きなんだよ。こんなもん女子と乗るから楽しいんじゃんか。もう俺は運転で疲れてるから、お前が一生懸命漕げ。若いのだけがとりえの君なら頑張れるでしょ」

「はいはい。わかりました。若いだけがとりえの私が、体ガタガタの中年の先輩のために一生懸命漕がせていただきますよ」

「なんだと。この若造が」

「わーっ あぶないっ あぶないっ。すみません許してください」

三田さんに危うく湖に沈められるところだった。


まだ明るいうちにロッジに着いた。少し休憩した後、バーベキューの準備にとりかかった。

社長はキャンプや釣りが趣味で、手際が良かった。まだ30代後半の社長は、会社の男性陣の中では一番モテた。いつもなら奥さんも連れて来るらしいが、妊娠中なので今回は来なかったということだった。

みんなでビールやワインを呑みながら、豪華なバーベキューをした。酒や食材も全部社長が用意してくれた。肉も旨かったが、ロブスターが最高だった。

「バーベキューでロブスターなんて。うちの会社どんだけ儲かってるんだよ」

三田さんが発したその一言が、爆笑を誘った本日のナンバーワンフレーズだった。


暗くなって各々、風呂に入ったり、テレビを見たり、早々に布団に入って寝てしまった人もいる。

社長と三田さんと僕は、まだ外で酒を呑んでいた。社長が隠し持っていたロマネ・コンティを開けてくれた。

「さすがにこれはみんなの分までは用意出来なかったから、3人でこっそり呑みましょう」

そう言って社長自ら、新しいたっぷりとしたグラスにその高級なワインを注いでくれた。暗くて色はわからなかったけど、その重厚感がありながらも華やかな香りは、普段、僕が呑んでいるワインとは全然違っていた。

社長が空を見上げたので、つられて僕と三田さんも空を見た。星が輝き、空が近く感じた。綺麗な空だった。吸い込まれそうな感覚になって怖くなり、黄金のように輝く三日月に目を移した。

「ねえ僕、思うんですよ。毎日、映像を創る仕事をしていて、自分なりに頑張って、勿論みなさんの力も借りて、ここまで順調に会社をやってこれています。刺激もあってやりがいもある。だけど人生ってそれだけじゃいけないんじゃないかって。妻のお腹に子供が出来たら余計にそう思うようになってきたんです。三田さんはもう小学生になる息子さんを2人も育ててらっしゃいますよね。それだけで尊敬できます。僕には新しい目標が出来ました。50歳で社長業を引退します。その後は、どなたかに経営を任せて、家族とこういう山の中で暮らします。自然に助けられ、自然と共に生きていく生活をしてみたいんです。まだ身体が動くうちにね。だからそれまでは、もっと会社を安定させられるように頑張りますよ。その為に三田さんもシュウも力を貸してください」

社長の静かだけど熱い言葉が胸に響いた。

「こちらこそ、これからも宜しくお願いします」

「宜しくお願いします」

三田さんと僕は深々と頭を下げていた。



次の日起きると、既に社長がみんなの分のお粥を作ってくれていた。たくさん呑んだ次の日には、やさしい味だった。

片付けをしてロッジを出たのはお昼前だった。途中で吉田うどんと鶏のもつ煮込みを食べた。その後、牧場へと向かい帰る予定になっていた。


牧場には馬や牛、ヤギ、羊、豚などがいた。最初は動物の発する匂いが臭く気になったけど、心地よい風と暖かい光に包まれ、爽快な気分になれた。

小林さん以外の女性陣は馬に乗りたいからと、乗馬体験の列に並んだ。

「じゃあ俺はちょっと一服してくるわ」という三田さんに付いて、僕もジュースを買うために喫煙所の方へと歩き出した。

ふと、視界の隅に懐かしい何かを見つけたような気がして立ち止まった。乗馬体験をしている馬を引く女性。一瞬、ユキに似ているような気がした。

「おーいシュウ ボケッと突っ立ってないで早く来いや」

三田さんに呼ばれた。

〈まさかこんな所に居るわけないか。遠くてよくは見えないけど、雰囲気がユキとは違うし〉

そう思い直して、三田さんのあとを走って追いかけた。それほどのスピードは出ていなかったけど、風を切って走るのは気持ちが良かった。そのままの勢いで三田さんの腰にタックルをしてみた。ふたりでもつれるように倒れ込み、大きな声で笑い合った。そんな環境では育ってはいないけど、草の薫りが懐かしい子供の頃を感じさせた。


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