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【Bar S】 episode1 元大親分



オープン2週間前、開店のための準備と近所のお店へ挨拶廻りの為、私は上京した。

その日の準備作業が終わると、自分の店から半径100メートル以内で一番古く大きそうな店から挨拶をしに行こうと考えた。

目星はつけてあった。同じ並びの炉端焼風の居酒屋。木を主体にした建物で長いカウンターにも一枚板を使った、その辺りでは一番大きな店。

入口を開けると、開店前の店内 5人の店員が忙しそうに準備していた。

「こんにちは。お忙しいところ失礼致します。」

できる限り元気よく、敵意のない笑顔で店内に進んだ。

小上がりの席を掃除していた女性が歩み寄って来てくれた。30代半ばくらいの着物の似合う綺麗な方だった。

「今度、この並びでお店を開かせていただく者ですが、これからお世話になりますので、ご挨拶に伺いました」

「あーら わざわざご挨拶にいらしていただいたのですね。それでは少々お待ちいただけますか?」

女性は一度奥の方へ向かうと、腰の曲がった小柄な老人を連れて戻ってきた。

この店のだいぶ前に引退したオーナーだろうか? 90歳くらいのお爺さんだった。

私はそのお爺さんに向かって挨拶をした。

「再来週からオープンさせていただきます〈Bar S〉の者です。地方出身でこの辺りの事にはまるで詳しくないのですが、何卒よろしくお願い致します」

「おーそうですか この辺りは癖の強いお客ばかりだが、頑張ってくださいよ 困った事があったらここに来ればいい。大抵の事は教えてあげられるし、手助けも出来ると思うから」

そう優しく言うとお爺さんは、厨房の方を振り返り 急にドスの効いた声で

「お前達もご挨拶せんかっ!」

厨房で仕込みをしていた4人が一斉にこちらに向かって

「よろしくお願いします!」

と深いお辞儀で元気よくご挨拶いただいた。

私はその迫力に怯みながらも

「こちらこそ宜しくお願い致します」

と、普段したことがないくらいの深いお辞儀で返した。

「お兄さん 今度うちの店に遊びに来るといいよ。お酒呑めるだろ⁉なんならうちの孫娘に相手させるよ」

お爺さんは満面の笑みを浮かべながら言った。

着物を着た女性がその言葉を受けて

「大将、うちはそういうお店じゃないでしょ!」

と返し、素敵な笑顔を見せた。

私は咄嗟に

「では、他のお店にもご挨拶に伺った後で寄らせていただきます」

と言っていた。

「おお、早速今日来てくれるのかい。じゃあお待ちしてますよ」

お爺さん いやっ 大将はそう言ってくしゃくしゃの笑顔で玄関へ見送ってくれた。

すぐに埼玉に住む高校からの友人ヒデに連絡して、一緒に付き合ってもらう約束をした。

他のお店にご挨拶に廻ると、どこのお店でも

「あそこのお店には先に挨拶に行ったのかい⁉」

と、最初に伺った大将のお店の事を訊いてきた。

「あそこの大将がこの辺のボスだから、良くしてもらいなさい。この辺はヤクザが多いけど、あの大将に気に入られれば問題は起きないから」

私の選択はどうやら正しかったようだ。

夕方、ヒデと一緒に大将のお店にお邪魔した。

日本酒を呑みながら大将にこの街のルールを教えてもらった。

途中、堅気ではなさそうなゴツい人達がぞろぞろと店に入ってきた。

「大親分、今日もお世話になります」

一番年長に見える人が、そう大将に声を掛けて小上がりに陣取った。

「馬鹿野郎 店でそんな呼び方するんじゃねえよ! それに俺はもうとっくに足洗ってんだ」

大将はそう言って小上がりにあがって行った。

こちらの方に手を向けて

「おいっ てめーら丁度いい。そちらのお客さんが今度近くに店を出すから絶対邪魔すんじゃねえぞ!下の奴等にも伝えとけ」

私は席を立ち、その皆様に向かって

「これからどうぞ宜しくお願い致します」

と、また深々と頭を下げた。

ヒデもやって来て、酔っぱらってニヤニヤしながら

「こいつの事、宜しくお願いします」

と並んで言った。


しばらくまた呑んでいると

「ところで今日の宿は決めてあるのかい⁉」

と大将が訊いてきた。

その日は田舎に戻る予定でいたが、時間が遅くなり どうしようかと思っていたところだった。

「宿を決めてねえんだったら、近くで探してやる」

と言って、大将はお店の若い衆を呼び 電話を掛けさせた。

途中で大将が受話器を持ち、話をつけてくれた。

「今日はどこも混んでるらしいが、ひと部屋開けさせたから そこへ行くといい」

残った酒を開けると、大将の孫娘 着物の似合う綺麗なお姐様が案内してくれた。

「こっちに来て早々びっくりしたでしょう」

「でも大丈夫、この辺のヤクザはお爺ちゃんには頭が上がらないから。何か困り事があったら、本当に相談に来るといいよ!」

そう言って古ぼけた旅館へと送り届けてくれた。

旅館の支払いは表示されてる金額の半分だった。

幸い、そちらの世界の方とはその後、一度もトラブルはなかった。

ごく稀に、余所から来たチンピラみたいなのが来ても 大将のお店の名前を出せば、すごすごと退散していった。

幸先の良いスタートだと思った。

大将の店の前では、黒塗りの車が何台も並ぶ風景をよく見る事となった。

昼間、店の外で日向ぼっこしている大将に挨拶するのが、出勤時の日課となった。



ーepisode 1 終わりー



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