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◆不確かな約束◆しめじ編 第5章 下 別れの大阪


「アヤってさ ルックスええやろ。だからさ さっきみたいに声掛けられること多いねん。ほんで、ウチもついていったりしてたんやけどな、おもろないんやんかー。だったら別行動した方がお互い気を使わなくてええやろ思ってんねんな。そしたらシュウ君も残って私を送ってくれるゆーたから、ウチめっちゃ嬉しいんよ」

「へー 友達どうしなのにけっこう気を使ってんだね。俺はミユちゃんと一緒にいたいと思ったから残っただけだよ」

「えっ ほんまにー。嘘でもうれしいわー」

「ほんまだよ。ほんま。ミユちゃんだって充分きれいだよ。ワインの飲み方とか美しいし」

「シュウ君たらどこ誉めてんねや。もっと瞳がきれいだね。とかスタイルいいね。とか他に色々あるやんかー。でも今の誉め言葉、意外とグッときてしもたかも」

「勿論、顔もまあまあだし、きっとスタイルもいいんでしょうけど。それよりも、育てられ方がよかったんだろうなって。芯もしっかりしていて、ちゃんとしたコなんだろうなって思った。それがとても魅力的に俺には映ったんだよ」

「まあまあやて。育てられ方なー。でも確かに親の躾はかなり厳しかってん。でな、レストランなんかに食事に行っても、お行儀やマナーの事ばっかり言われて、なんも美味しく食べられへんかったわ」

そう言い終わると彼女はワイングラスを口に運んだ。僕はまたワインを呑む彼女に見とれていた。

「ややわー。そんなに見つめられたら飲めんくなるやんかー」

そして照れたように笑った。笑顔も可愛らしかった。

「あっ そろそろほんまに帰らんと。パパに怒られてまう。ウチ門限が12時なんよ。もう20歳になったんやから門限なんて勘弁してほしいわー」

「で、シュウ君送ってってくれるんやろ。ウチ淀川に出る手前あたりやから、お話ししながら歩いてこ」

「うん。いいよ 送ってく」


そうして僕はミユを家の近くまで送って行った。歩いている間、お互いの家の事を話した。ミユのパパは本当に厳しい人のようだった。別れ際LINEの交換をした。それから僕達は週に2回程度会うようになり、自然と付き合うようになった。会える時間が少ない日には、よくミユの家の近くの淀川沿いを散歩しながら、いろんな話をした。時には川面に映る夕陽をただ黙って見つめていた。ふたりで手を繋いで。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆

年が明けて間もない1月の中旬、地元の成人式に参加するために東京へ戻った。式なんかそっち除けで、知っている顔を見つけては話し込んだ。それから中学の時の同級生と集まって呑みに行った。でもそこにはユキの姿はなかった。そこで聞いた話しによると、ユキは北海道で頑張っているそうだ。牛や馬などの世話で忙しくて戻って来れなかったらしい。会いたい気持ちはあったが、いざ会っても何を話したら良いのか解らなかったから、ほっとしている自分もいた。

〈あと5年か。長いな。約束のその日、自分がどうするのか見当もつかない〉


◆◆◆◆◆◆◆◆

3年生の夏からミユは、僕の部屋に泊まっていく事が増えた。初めの頃は、女友達の家に泊まると嘘をついていたようだが、頻繁に外泊をするようになり、流石に両親にバレてしまい、会うたびに小言を言われてるようだ。

「家に帰っても文句ばかり言われるから、余計に帰りたくないんよ。そんな男とは、はよ別れろや言われるし。ウチ、シュウちゃんとずっと一緒にいたいねん」

しっかりしたコだと思っていたが、案外甘えん坊なところも見えてきて、そんなミユをもっと好きになっていった。

ミユとの行為は、これまで体験した誰のものとも違った。大学に入ってから経験した女の子達とのソレは、ひたすらお互いに快楽を求めるものだったし、一夜限りの体力を使ったアソビみたいなものだった。ユキとのソレは、好きだという感情を持ちながらも、今になってみると自分勝手な自己満足だけの行為だったように思う。ユキの方は、ただ僕の想いを受けとめるだけというような。

ところがミユとは、やさしく包み合うような、心も身体もひとつになれるものだった。そこには余分なテクニックは必要なく、自然にお互いの求めている事が解り合える一体感があった。ふたりが混ざり合い、そのまま溶けてしまうのではと思うほどの。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆

僕とミユは、そのまま喧嘩をすることもなく、付き合い続けていた。

「大学を出たらふたりの部屋を借りて一緒に暮らそうね」

それが彼女の口癖だった。

「俺は大学を卒業したら東京へ戻って就職するつもりでいる」と話すと、

「ウチも一緒に東京で仕事を探すんやから」と言って抱きついてきた。

僕は、そんな彼女のことをとても愛おしく思った。


◆◆◆◆◆◆◆◆

僕は大学4年になると早々に、東京の会社への就職を決めた。ミユの方は、東京で就職したいという彼女の意見を両親が反対して、全く就職試験を受けていない。

◆◆◆◆◆◆◆◆

夏を過ぎた頃からミユは、親との不仲でずっと僕の部屋に住み着いていた。ところが、12月に入ったある日、ミユは家に戻ると言ったきり、しばらく戻って来なかった。僕は、〈怒らせるような事もしてないし、どうしたんだろう。親と仲直りするためにでも戻っているのだろうか〉なんて呑気に考えていた。

ミユが家に戻ってから6日目、寝ようとしていたところへ彼女から続けざまに3通のLINE が入った。

シュウちゃん ごめん。こういう事は一番にあなたに伝えなければいけなかったことやったんけど、自分でも気持ちの整理がつかなかってん。
あんな、ウチ シュウちゃんとの子供ができたんよ。最初は確認の為に一度家に戻って市販の検査のやつで試してん。そしたら妊娠してるって結果で、どうしたらええんか迷ってたんよ。シュウちゃんに相談すべきだって事は解ってたんやけど、まだ間違いかもしれん思って、昨日ひとりで産婦人科で診てもらったら、やっぱり妊娠してたわ。
でな、シュウちゃんには突然で混乱してるとは思うけど、どないしよ思ってな。ウチ、シュウちゃんの言う通りにするから、シュウちゃんの思った通りの事伝えてくれればええよ。直接言えんでごめんな。

びっくりした。確かに危ないかなと思った時もあったけど、これまでは大丈夫だった。現実を受け止めるしかなかった。でもどうして良いのか判らなかった。とりあえずLINE を返した。

わかった。LINE じゃなんだから、明日の昼 会って話そう。

今はこれが精一杯だった。明日までに決めなければ。その夜、一睡も出来なかった。自分がどうしたいのかさえも解らずに朝を迎えた。



◆◆◆◆◆◆◆◆

僕達は、淀川の河川敷にある野球場のベンチに腰掛けた。ミユと付き合い始めた頃よく散歩してた辺りで、野球をしてる人達を見ながら、ふたりでお喋りなんかしてた。

「なんか1週間ぶりやのに、ずいぶんと会ってなかったような感じやね」

「うん そうだね」

それっきり会話は続かず、ふたりとも黙り込んだ。

遠くの方を飛んでいる鳥を眺めた。

〈なんて平和な風景なんだろう。全く現実感がない。アレは冗談だなんて笑ってくれればいいのに。〉

そんな事を考えながらも、思考を現実に戻した。

〈僕から何か言わなければな〉

「あのー 今どのくらいなの? お腹の赤ちゃん」

「あー 今7週目やって。通常でいけばシュウちゃんの誕生日らへんで生まれてくることになんな。で、シュウちゃんはどないしよ思っとんの?」

〈遂に来てしまった。この時が。何か答えなきゃ〉

「んー 俺はミユの思うようでいいと思うよ。産みたければ俺、一生懸命働くし、そうでなければ

僕が言い終わる前に、ミユが凄い勢いで話を遮った。

「なんやねん その言い方。そういう事じゃあらへんねん。シュウちゃんまるで自分の事として考えてないやん。もういいっ ウチ自分で決める。結局あんたはウチ達の将来のことなんてこれっぽっちも考えてなかったんよ」

そう言って彼女は早足に土手を上がる坂をのぼっていってしまった。僕はバカみたいに、ベンチから立ち上がって振り向いた姿勢で、ただ立ち尽くしていることしか出来なかった。どちらの覚悟も出来なかった自分に幻滅した。自分がこんなにもダメなヤツだったなんて。それから酷く落ち込んだ。カラスが飛んできて、そんな僕を馬鹿にするように鳴いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆

次の日の朝、ミユに謝ろうと電話してみた。何度コールしても電話には出なかった。LINE にメッセージを打ち込んで送った。

昨日はごめん。もう一度会って話をさせてくれないかな。ちゃんとふたりの未来のこと話そう。

でも返事はなかった。〔既読〕さえつかなかった。

それから3日経ってから返事が来た。

シュウちゃん この間はごめん。ウチ、不安でシュウちゃんにあたってしもた。でもな、シュウちゃんに期待してたのも確かやねん。シュウちゃんの口から、ミユとお腹の赤ちゃんの事は俺が守ったる。って言葉を待っとったんや。でもしゃーないな。ウチらまだ学生で、これからやっと社会に出て、世間てやつに揉まれるとこやもんな。
ママには子供が出来た事、話してん。パパには黙っておいてくれるやて。ほんでママと一緒に病院行って、堕胎してきたわ。勝手な事してごめんな。ウチ、シュウちゃんの邪魔したらあかん思うたんや。で、ウチ思うんやけど、もう会うのは止めよう。こんな気持ちのままシュウちゃんとは付き合われへんわ。ほんまにいろいろ勝手に決めてまってごめんな。
あっ これでシュウちゃんとのLINEは消すな。今までほんまにありがとう。とっても楽しかったし、幸せやったで。ほな身体に気をつけて頑張って生きてな。ほんでウチよりいいコみつけて幸せになってな。別れてもシュウちゃんの事応援しとるで。あかん、涙が止まらんようなってきたわ。文字も見えんくなってきよったから、このへんにしとくわ。ほんまにほんまにむっちゃ大好きやったで。さよなら。

こちらからも伝えたい事はあった。でもそれさえ叶わなかった。気が付くと電車に乗って降りた事もない駅にいた。駅前の商店街ではクリスマスの音楽が鳴り、幸せそうなカップルがクリスマスツリーの前で写メを撮っていた。僕はその場から逃げるように、知らない街を駆けて通り抜けた。途中、何度も人にぶつかりそうになり、「気をつけんかい、このど阿呆」と罵られた。

〈そうだ。俺はど阿呆だ。好きな、大事なコにこんな決断をさせるなんて〉

ふいに頭の中に、ユキとの別れの言葉が降りてきた。

〈私達、お互いにもっともっと成長しないと〉

〈僕はいったい何をやっているんだろう。ユキは元気に成長してるのかな〉なんて場違いな思いが浮かんできた。


◆◆◆◆◆◆◆◆

大学を卒業して東京へ戻る前日、僕は淀川の川沿いに佇んでいた。運が良ければ最後にミユと会えるかもしれないという淡い期待をもって。でもミユは現れなかった。

夕方になった。淀川の水面にオレンジの陽が差し、そこへピンクの光が混ざった。やがて空は群青色になり、漆黒の闇へと変わっていった。川の向こう側にビルの明かりが見えた。綺麗だった。いつの間にか風景が滲んで見えた。頬に温かいものが流れるのを感じた。

〈成長ってなんだ。経験ならしている。どうしたら成長できるんだろう。僕はこの街で何を得たんだろう。失ったものしか思いつかない。運命ってなんなんだ。これが僕の運命か。誰か教えてくれよ。なあユキ僕に答えを教えてくれ〉

心の中で叫んだ。陽が落ちた淀川の川沿いは静かだった。誰の声も聞こえない。


次の日、東京へと向かう新幹線に乗った。

〈大阪さよなら。〉





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