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◆不確かな約束◆しめじ編 第6章 下 告白


大学2年生の冬、地元での成人式の案内状が届いた。皆に会いたかったけど、〈不参加〉に丸をつけて送り返した。式に出席したら、シュウにも会ってしまうだろう。会ってしまったら、気持ちが揺らいでしまいそうで恐かった。成人式は、同じ学年の寮に残った皆と簡単に飲み食いして終わらせた。


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大学2年までの基礎課程を終えて、畜産学部の学生は各々の専門課程に別れていった。獣医を目指す者、研究者を目指す者、農業経済を学ぶ者。私は家畜生産科学について学ぶコースを選んだ。牧場で働いてみて、やっぱりこの仕事が私のやりたい事だと思ったから。同じコースを選んだ仲間は、実家で牧場経営をしているという人も多かった。


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牧場では、動物達とだいぶ仲良くなれた。(タイキ君やタイキ君のお父さん、お母さんにはまだ到底かなわないが)

牧場では当然、動物が死んでいく場面、新たな命が誕生する場面に出くわした。その度に私は、哀しみの涙、歓び感動の涙を流した。

そんな時、お祖父さんは

「ユキちゃん、命あるものは皆、生まれては死に、また生まれては死んでいく。ただそれだけじゃ。運の悪いものは、若くして病気や不慮の事故で早く命を落とす。しかし、それも運命なのじゃ。動物にしろ、昆虫にしろ、人間にしろ、その運命というものの中で自分の役割を見つけ、ただ懸命に生きていくしかないのじゃよ。我々の意思で変えられる事など、この壮大な宇宙全体からしたら、ほんの微々たる事でしかない。だから、受け入れるのじゃ。森羅万象の全てを受け入れて、自分のやるべき事をやる。そして毎日の暮らしの中に、小さな歓びを見つけていけばいい。それが幸せというものじゃないかとワシは思うのじゃ」

嗄れた声で、優しくそのような事を話してくれた。私はまだそこまで達観できはしないけど、この土地に来てみて、そういうものなのかもしれないと思った。



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また、暗く辛い憂鬱な冬がやってきた。大学は冬季休暇で、毎日のように牧場へと通っていた。その日、私は馬小屋の清掃とエサやりをしていた。小屋の中では裸電球の青白い明かりが揺れていた。

「よっ しっかりやってるか? お前サボってんじゃねーぞ」

タイキ君が入って来た。口が悪いのは相変わらずだ。

「なによ。しっかりやってるわよ。タイキ君こそ、ここにサボりに来たんじゃないの⁉」

「いやー、ちょっと話しがあってさ」

「へー なに? 珍しい」

「お前、そろそろ進路決める頃だろ。そんで、大学出たあとどうするのかなーって思ってさ」

威張ってばかりのタイキ君が、なんだかモジモジしている。

「進路ねー。どうしよっかな。考えてはいるんだけどね」

「だっ だったらここでずっと働けばいいっしょ。親父もお袋もそうして欲しいって言ってるし、部屋なら用意できるから。ハナコや他の動物達とも一緒にいたいだろ⁉」

「それはそうなんだけどね」

「なんか問題でもあるのかよ」

「問題 というか、、、」

「なんだよ。いいっしょ。俺が居て欲しいんだよ」

「えっ?」

「あっ なんていうか、、、俺とずっと一緒に居て欲しい、、、」

タイキ君が近づいて来て、私の身体を抱きしめた。力強い彼の腕に心が揺らいだ。私は混乱したけど抵抗はしなかった。どこかでタイキ君にこうして貰いたいという意識があったのかもしれない。電球の明かりに写し出されたふたりの影を、ただ見つめていた。上着が擦れるカサカサという音が耳に響いた。

「お前のことが好きなんだ」

そう囁くと、彼の唇が私の唇に触れた。

その瞬間、私は彼を突き飛ばしていた。

「ごめんなさい。。。私にはずっと想っている人がいるの。シュウとの約束が、、、。私の方から約束を破るわけにはいかないのよ!」

私は叫んでいた。自分の感情がコントロールできなかった。タイキ君はしばらくの間、状況を理解できずに呆然と立ち尽くしていた。ハナコが心配そうにこちらの様子を伺っているのが見えた。

少し落ち着いてから、彼に過去のいきさつを説明した。タイキ君は終止、難しい顔をしていた。でも、ふと力の抜けた表情になり話し始めた。

「わかった。お前がそうしたいなら、その気持ち、尊重するよ。でも俺の気持ちも変わらない。だからあと4年待つ。お前が言う、その4年後の2月28日、そいつと会ってくればいいさ。そのうえでお前の本当の気持ちを確認すればいいっしょ。運命ってやつがちゃんと答えをくれる。お前がそいつと会わずに7年我慢するっていうなら、俺がお前を4年待つなんて余裕っしょ」

「ありがとう。今の私には何も決める事ができないの。その日が来るまでは。あなたの事は私も好きよ。それが恋愛の感情なのかはわからないけど」

「ハハハっ。お前ってほんと変な女。まあそれじゃ、こっちに居る間は今まで通りちゃんと働けよ。俺がビシビシしごいてやるからな」



車で寮へ帰る道のり、私はずっと考えていた。

私が決めたシュウとの約束。それからタイキ君からの告白。

自分の気持ちがわからない。

分厚い上着を通してでも伝わった、タイキ君の温もり。4年でも待つという彼からの言葉。

ずっと想い続けているはずのシュウとの再会。信じたい運命。

情けない話しだが、その日までは、シュウに会ってみるまではわからない。



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就職先をいろいろ検討した結果、私は大学を卒業後、山梨県にある牧場へと就職する事に決めた。母が居る、神奈川のおばさんの家にも、車で3時間あれば行ける距離だ。

その事はタイキ君やタイキ君の両親にも話した。

「そうか、わかった。頑張れよ」そうタイキ君は言ってくれた。

お祖父さんには、タイキ君から告白された事も話した。

「ほう、タイキがやっと動いたか。そうかそうか、やっぱりそうか。あいつはわかりやすいからの~。ホッホッホ。で、あんたの事を4年待つか。まあ、あいつも丁度いい歳にはなるな。勿論、ユキちゃんがタイキを選べばの話しじゃがな。ホッホげほっ」

「はい。なんか申し訳ないけど、それしか答えようがなくて」

「それは仕方のない事じゃろ。あんたの心が定まらないうちに、情けだけで付き合っても長くはもたん。そういう意味ではタイキにも大人になったと誉めてやらんとな。大丈夫。あんたにしろタイキにしろ、まだまだ先は長い。焦らず、ゆっくり決めればよいんじゃ」

お祖父さんのその言葉で、少しだけ気が楽になった。


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ここでの最後の厳しい冬が終わる頃、大学の卒業式が行われた。次の日、羽田へ向かう飛行機に乗るため、タイキ君が帯広空港まで車で送ってくれた。また軽トラだった。

「あと3年だな。あと3年待てばお前からの返事が聞ける。でももし、その間に好きなコが出来たら、、、あっ やっぱダメだ。必ず連絡しろよ! お前からの連絡を待ち続けてじいさんになるのなんて御免だからな」

「うん。この4年間、ありがとう。必ず連絡するね。それじゃ」

私達は思いっきり手を振って別れた。


飛行機から見下ろす北海道の景色はやっぱり美しかった。

目を閉じると、頭の中を帯広での思い出が、フィルムを見ているように次々と映像として流れてきた。

この4年。過酷な環境で少しは強くなれたような気がする。温かい人達、動物達とも関わり合えて、成長もできたのかもしれない。

でもシュウのことだけではなく、タイキ君のことも待たせる事になってしまった。こんなのって普通じゃないよね。私ってどうしてこんなんなんだろう。考えても仕方ない。あと3年。3年後の私。そして3年後のシュウ。そう、その時に決まる。





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