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◆遠吠えコラム・「どうする家康・第3話『三河平定戦』」・「今川氏からの苦渋の独立」(写真は上杉神社所蔵の「上杉謙信公御肖像」)

 仕事が多忙で更新が遅れました。楽しみにしていた方々(なんて果たしているのか?)、申し訳ありません。ですが、何だかんだで昨年よりは更新・執筆ペースは格段に上がっております。写真は上杉神社所蔵の「上杉謙信公御肖像」だ。「どうする家康」にはまだ登場していない(恐らくこの先も登場しないだろう)ですが、謙信公は第3話のキーパーソンです。どういう意味でしょうか?というわけで、今週も「どうする家康」について、遠吠え行ってみよう!

【叔父・甥の仁義なき戦い、尾張・三河国境付近で「代理戦争」】

 桶狭間の戦いで今川義元の討死の知らせを受けた際、織田軍との抗争の最前線にいた松平元康(のちの徳川家康、演・松本潤)だったが、命からがら古巣の岡崎城に無事たどり着く。第2話の終盤で、元康の岡崎入城の知らせを受けて今川氏真(演・溝端淳平)が喜ぶシーンがあった。近年の研究では、松平元康の岡崎入城と駐留は、対織田戦に備えるため、氏真自らが許したとの説もある。義元の死で勢いに乗る織田軍を西三河で抑えるには、桶狭間の戦いで大活躍した元康の存在は重要だったのだろう。しかし、この岡崎入城と駐留は、元康の今川からの独立の契機となる。

 桶狭間の戦いの後も、西三河では今川方と織田方による抗争は続いており、元康も渦中にいた。この時元康と対峙していたのが、水野信元(演・寺島進)だ。水野信元は、元康の母於大の方の兄。つまり元康にとっては叔父にあたる。尾張と三河の国境付近を所領としていた水野家は、信元の父忠政の時代には今川家に仕えていた。信元が水野家の家督を継いだ時には、於大の方(演・松嶋菜々子)は、夫である松平広忠、つまり元康の父と離縁している。この離縁は、水野家が織田方に寝返ったことが要因と言われている。ドラマでも、元康は信元のことを良く思っていない様子だった。因縁の叔父と対峙した元康だったが、まんまと敗北してしまう。史実でも、元康は信元の手中にあった重原城という城を攻めているが、迎え撃たれている。ドラマでは、生涯無傷を誇った本田忠勝のまさかの「討死」が描かれるが、直後に息を吹き返している。元康の負け戦の最中、殺しても死なない忠勝伝説が幕を開けていた。尾張・三河国境周辺は、元康と信元が互いに争い、今川方と織田方の代理戦争の様相を呈していた。

 元康は桶狭間の戦いからほどなくして、宿敵であった織田信長と同盟を結んでいる。この同盟の仲介を務めたのが水野信元だ。当時、美濃の斎藤氏と抗争中だった織田信長にとって、背後となる三河を安泰にしておく必要があった。そのため、元康の叔父である信元を差し向けた。しかし、信元と元康は史実上でも戦闘を伴った抗争を繰り広げている間柄。叔父とはいえそう都合よく同盟に応じただろうか。そうした二人の間に横たわるハードルを乗り越えるため、ドラマでは元康の母於大の方が登場し、元康に織田信長の旗下に加わるよう働きかけるという脚色を施していた。

 叔父との戦が好転しない元康の元に、信元が於大の方を連れて来訪する。於大の方は、元康に信長と手を結ぶよう働きかける。しかし、信長と手を結ぶことは恩人である今川義元を裏切ることを意味する。加えて、最愛の妻子は駿府にいる。信長と同盟を結べば、妻の築山殿(演・有村架純)や嫡男の竹千代の立場が悪くなることは必至だ。母の頼みとはいえ、そうやすやすと首を縦に振ることはできなかっただろう。

【今川・織田代理戦争の裏では関東の熾烈な抗争が…】


 ドラマでは、織田方との戦の旗色が徐々に悪くなる中、松平家の家臣内で、織田信長の旗下に加わるよう勧める動きが強くなる。織田方との抗争の最中、「今川からの助けが来ない」ことが理由だ。実は同時期には、越後の長尾景虎(上杉謙信)が、北条氏の勢力圏である関東地方へ侵攻してきていた。小田原城の戦いだ。今川氏真は、同盟関係にある北条への対応に追われ、西三河どころではなかったという。なんせ相手は織田信長をも倒した当代随一の軍神・上杉謙信だからね。

 同じく今川の同盟者である武田信玄(演・阿部寛)に元康が救援を求めるシーンが描かれた。ドラマオリジナルの描写だと思うが、実際に武田信玄も北条氏康と同盟関係にあり、今川家と同様、上杉謙信対策に追われていた。ましてやこの時期、信玄は信濃の川中島で謙信とドンパチの真っ最中だった。桶狭間の戦いの翌年の1561年には最も激しい戦闘が行われる第四次川中島合戦が控えている。松平のぼっちゃんの面倒を見ている暇などないのだ。今川も、今川の同盟者の武田からも救援は来ず、織田・今川代理戦争の最前線におかれた元康の心境はいかばかりだったか。特に今川から目立った救援が来なかったことには家臣たちも失望しただろう。

 今川からの「独立」はどのように描かれるのだろうかと、注目していた。先述したように今川家は恩人である今川義元の実家であり、氏真との関係も、岡崎城への駐留を許したことからも比較的良好だったことがうかがえる。しかも今川家の政治は後の家康にも多大な影響を与えていると言われているほか、家康は今川家が滅んだ後も駿河国内に拠点を置いている。家康にとって、今川家が特別な存在だったことは想像に難くない。ましてや、当代随一の当主今川義元が死に、関東の同盟者の情勢も不安定という今川家にとって切羽詰まった時期に裏切れば、駿府にいる妻子の立場が悪くなる。家康にとっては織田との同盟は後ろ暗いことだっただろう。

 ドラマでは、宿老の酒井忠次が、元康が帰ってきたことで、農民たちはこれからたらふく飯が食えると期待しているなどと泣き落としにかかる。元康が帰ってきたからといって農民たちの暮らしが豊かになるという理屈はよくわからなかったが、「家臣たちは皆、今川を見捨てています」と、今川を敬愛する元康に現実を突きつけている。泣き落としはむしろ建前で、織田・今川という大大名の狭間で生き抜いてきた松平家の宿老たちは、関東や西三河の情勢を敏感に捉えたうえで、松平家の生存にとって何が最善かを冷徹に見極めたのだろう。駿府でのびのび過ごしていた元康には見いだせない「答え」を、彼らは突きつけたのだ。今川からの独立を、いわゆる野心的な行動としてではなく、家臣らの突き上げによってなされた苦悶の末の決断として描いた点は、従来の家康像にはあまり見られない解釈で、とても新鮮だった。松本潤の素直な演技を最大限生かした「選択」だったように思う。

 元康は牛久保城という城を攻撃したのを機に、今川家からの独立の意思を示す。また、ドラマで登場した吉良義昭という今川家の家臣を攻撃している。この動きを駿府の今川氏真は「裏切り」と捉える。加えて、今川から離反した家臣たちの家族を串刺しの刑にしている。今川家を裏切ればどうなるかという、元康への見せしめだっただろう。この時築山殿は無事だったが、氏真は彼女を人質に、駿府への帰還を再三命じて圧力をかけるようになる。おまけに、独立のために攻めた吉良義昭は後に反家康勢力として、第1話で登場した松平昌久(演・東京03・角田晃広)と共にこの先、三河一向一揆で立ちはだかることになる。苦渋の決断の後ももっと大変なことが待っている。
(了)

【参考文献】
・小和田哲男「徳川家康 知られざる実像」(2022年、静岡新聞社)

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