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モルディブ・リッツ滞在記6【到着】

▽歓迎の音

僕らを乗せた船は、小さな出島のような場所に横付けされた。

”Arrival Pontoon”という場所で、ゲストを迎える桟橋だった。下船すると、スタッフがおしぼりと爽やかな味のジュースをくれた。

飲み干して気持ちを落ち着かせて前をみると、桟橋が島のほうへと伸びている。

周りは美しい水色の浅瀬だ。あぁ、今すぐにでも飛び込みたい。

早速、歓迎を受ける(顔部分の絵は自作)

もう一組の夫婦が、先に島の方へと歩いていった。橋の中ほどに立つ男性スタッフが大きな貝を口元に構え、ぼおおお、と吹いた。歓迎の合図らしい。

僕らが続くとまた、ぼおお、という音が響き渡った。音色はこだますることなく、静かな海へと溶けていく。

島の地面を踏みしめて、振り返ってみる。

青一色の景色が広がっていた。つい1日前まで東京にいたのが嘘みたいだ。遠くまで来たんだなと、当たり前のことを思った。

船から島へと渡る橋

▽バトラー

ここで僕らは、この旅でもっとも重要な人物と知り合う。

彼は爽やかな笑顔とともに僕の鞄を引き取り、名乗ってくれた。モルディブのリッツで、全ての旅行客に専属でつくバトラー(執事)だ。

アクティビティの予約からアメニティの補充まで、滞在中はあらゆる問い合わせに対応してくれる。滞在中の僕たちは、もっぱら彼とコミュニケーションをとる。

僕らを担当してくれたバトラーはレスポンスも早く、仕事も的確だった。いつも機転を利かせ、成り行き任せな僕らの滞在を充実したものに組み立ててくれた。

旅行に抱く感想の良し悪しを左右するものといえば、ふつう客室や景観、体験などになる。バトラーのいる旅では、そこに「人」の要素が加わってくる。

ただお世話をしてもらった、というサービスにとどまらない。バトラーとさまざまな計画について相談し、助けてもらったことは、間違いなくこの旅をいっそう忘れがたいものにしてくれた。

▽島をめぐる

バトラーは、「バギー」と呼ばれるゴルフカートのような乗り物で島を案内してくれた。

可愛い乗り物の「バギー」

リッツの島は大きく四つのエリアで構成されている。

南から、広大なビーチやジム、クリニックなどがある島、レストランやバーがある小さな島、客室とプライベートビーチがある中くらいの島、最後はすべてが桟橋で繋がった宿泊エリアだ。

リゾートの地図

端から端まではおよそ1.5キロで、徒歩で移動するには少し広い。

客室に用意されている黄金色の自転車を使ってもいいし、あるいはスタッフたちが運転するバギーに乗ってもよい。

客室は、全部で100程度。僕らが滞在するのは、桟橋エリアに位置する水上コテージのひとつだった。

後部座席に身を預けていると、バトラーの説明が少し途切れた。

どうしたのだろうと思っていると、道を囲んでいた茂みを抜け、真っ青な視界が開けた。ひゅう、と爽やかな風が吹き、僕らの泊まる水上エリアに着いたことを知らせてくれた。

バトラーの肩越しに、視界が開ける。橋の外側に客室が並ぶ

桟橋はゆるい環を描いている。その外側に並ぶ一軒一軒の建物が、ひとつの客室である。

すぐに「これは大変なところに来てしまった」と思った。

良い部屋に泊まれてラッキー、と思ったことは何度もあるが、宿に圧倒されたのはこれが初めてだった。

バギーは一つの客室の前で止まった。まだ、ここに滞在することへの実感が湧かない。

案内に従って部屋のドアに手をかけたとき、バトラーから「足元をみてみて」と声をかけられた。

みると、砂で「Welcome HOME」の文字と、ヤシの木が描かれている。

歓迎のメッセージが

妻が小さく歓声を上げ、「ちょっと、踏まないでね」と怖い顔をする。実際、あやうく踏むところだった。

足元がおろそかになる、とはこのことか。「だって、すごすぎるよ……」という、情けない言い訳を口ごもる。

▽ヤバい部屋

客室からの眺め

部屋に入ると、大きな窓いっぱいに水平線が見えた。部屋の中央に据えられたベッド、すぐ隣のバスタブからも、この絶景が楽しめる。

水、ジュースなどのソフトドリンクは飲み放題、クッキーも食べ放題で、毎日補充される。棚に置かれていたおしゃれなバッグと麦わら帽子は、宿泊客へのプレゼントだ。

うれしいプレゼント。日本でも使ってます

落ち着こうと、ベランダに出た。

ソファの前に小さなプールがあり、その向こうに海が広がる。一続きになっているように見えるが、実際は数メートルの高低差があり、海にはハシゴを伝って入れる。

部屋に、備え付けのプールと海があるようなものだ。ハシゴを下った板場には網がかったスペースもあり、海面すれすれのハンモックのようにして寝転がることもできる。

楽しみ方を言い尽くすことが難しい。

「ヤバい」「ヤバい」とうわごとのように繰り返しながら、妻と一緒に部屋をしばらく歩きまわった。1周、2周と巡るたびに、新しい発見がある。

広いのと、嬉しいのとで、意味もなくうろうろしてしまう。美しいとか、機能的だとかの説明を当てはめるには、余りにも魅力が多い。

僕たちはモルディブを目指したというより、この部屋を目指して旅をしてきた気すらしてくる。

ベッドには、大きなハートに囲まれた「HAPPY HONEYMOON」の文字が、葉っぱでつくられていた。

ここが僕たちの部屋――。

呆然として海を眺めた。ちゃぷ、ちゃぷという控えめな波の音が、僕の頭に飽和するほどの幸せを注いでいるように聞こえた。

ベランダからの眺め

(続き)

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