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その人は桜とともにやってきた(2)【ナツキの記憶】

いよいよ、その日。
実に6年ぶりにメイと再会する日です。

見回せば、桜は満開・・・。
見事な桜色に囲まれた自分の店の前に立ちながらも、やや呆然としてしまいます。


なぜ、今、満開なんだ?

今日は、久しぶりの快晴の日でした。
久しぶりの青空を見上げながら、
メイさんはついているなぁー、とふと思った事を覚えています。

なにしろ、昨日は雪だったのですから・・・

ずーっと天気が悪かったのに、今日は晴れ。
雪はあっという間に溶け、抜けるような青空とピンクの桜はそれは奇麗でした。

メイさんを、これだけの桜景色でお迎え出来るなんて、嬉しい事だ。
桜が彼女をお迎えしているんだなぁー。

うれしい思いと同時に、しかし、僕の胸には少なくない痛みもありました。


ある人が。

来て欲しいある人が、明日から来てくれるかもしれない期待があったからです。

それはなんと、
”めい”という女性でした。


実は、僕は大失恋したばかりだったのです。
その人は字は違いましたが、今日訪れる旧友メイと同じ「めい」の音を持つ女性でした。

”めい”は、独立開店後の一番辛い時期に、僕を支えてくれた人。
二人の間だけの口約束ですが、婚約までしていた仲でした。

しかし、珈琲の自家焙煎なんて不安定で未知数な仕事は、彼女の両親の理解を得られませんでした。

彼女自身も安定を求める人だったので、急に独立した僕に戸惑いを感じていたのは事実で、結局、僕らは別れる事になってしまいました。

でも僕には、とても、とてもあきらめられなかったのです。
それまでにも2度の破局も情熱だけで乗り越えて、復活させてきました。

なぜか好きなものや感性がそっくりで、一緒にいるとほっとする人。
そして、とてもセンスのある美しい人。
こんな人が世界にいるんだ!
そう思った事をよく覚えています。

僕はあきらめられず、この週末でこちらに桜を見に遊びに来ないかと、連絡をしてみました。

しかし「しばらく考えさせてくれ」との答えの後に、昨日来た最終回答は、「No」だったのでした。

癒そうとしても癒えない傷口に、メイの音はとても複雑な感情を生み出していました。

マスター、ご予約のお客様ですよー」

スタッフの声にコーヒーを入れている手を止めたのは、開店直後、まだ店内が閑散としている時でした。

メイさん、来たか・・・・

ドリップが終わらせ、すぐに表にでます。
教えられた席迄、ゆっくりと歩いて行きます。

6年ぶりの再会は、カウンターの一番奥の席でした。


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