光る君へ(41)
残りの回数が少なくなってきて、どんどん詰め込んでくる。
今回はなんといっても、清少納言が乗り込んでくるところがハイライトだろう。赤染衛門、籐式部、和泉式部が並んで歌を読んでいるところまでは華やかだったが、そこに清少納言が尋ねてくるという展開。
一条天皇が身罷られてから49日もすぎたところに、清少納言が登場。てっきり喪に服していると思って喪服できたのに、すでに通常営業で驚いたに違いない。
が、そもそもの訪問の目的はなんだったのだろう。これまでもやりとりがあったのであればともかく、椿餅を持ってくるのが目的ではないだろうし、敦成親王の再プッシュに来たという線ってあるのかな?
赤染衛門さんの「うたでも・・」というセリフ、定子様存命の際、歌は歌わなくて良いとなった件を知らなかったのか忘れていたのか・・・。
そんなこんなで、結果修羅場の展開になったわけだけれど。それまでの彰子様との暮らしについてはなにも聞かされてなかったのだろうか?そんなことをいっても詮無いことは彰子様もわかっているから、言葉を発しなかったのだろうけれど。
これまでの関係性からどうやって「清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人」にドラマでは持っていくかが注目されたが、こう展開にして入れてきた。
小倉百人一首に収められているこの歌は、旧友と再会するもすぐに帰ってしまったことを詠んだとされる。展開として、この歌に繋げるというのは・・史実は史実、ドラマはドラマとしても無理か。まあ、あの剣幕であれだけ言わせたら紫式部日記に持って行かないと、ドラマとしては不自然か。
明子さんの子供に対する考えと道長の考えは立場が違うから異なるのだけれど、ああいった時男はどう対応するのが正解なのだろうか。感情的になっている相手に、正論を言っても通じないし、結局黙っているとやはり不満が膨れる。
この後、顕信は出家してしまう。あの時代の出家はそれほど意味を持って行われたというが、その割に寺の僧侶は勢力争いに力を入れて、時には都まで僧兵を引き連れてきている。この温度差は古今東西変わらないんだなと、後の世になるとわかる。
他にも、御簾を超えてみたり、転がり出て迫ったり「やりすぎている」と言うべきところはちゃんと言ったり、兄弟を集めて力を合わせてゆきましょうと仲間を増やしたりと、本当に色々詰め込まれていたが、書いても書いても書ききれないので、また次回を正座して待ちます。
タイトル画像転載元
国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162