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結婚式のマナー

結婚式参列のために準備すべきことのなんと多いことか。新郎である、大学の先輩の結婚式を数週間後に控え、情報サイトに羅列されるマナーの多さに焦りを感じていた。何しろ、結婚式に参加するのは初めてだったのだ。


初参加の者にとって、一番の関心事はご祝儀である。サイトによれば、包む金額は偶数を避けた、切りのよい金額にすることがマナーとされている。割り切れる数だと、2人が別れることを想像させるため良くないのだ。友人の場合、相場は3万円と書いてある。まあ、社会人2年目のお財布事情的にも、それくらいが無難であろうと3万円に決まった。

しかしながら、サイトをよく読んでみると「偶数でも『末広がり』を意味する8万や、きりの良い10万はOK」とか「最近では2万円も『ペア』という理由でOKとされることが多いようです」と、平然と書いてあった。結局もっともらしい理由があれば、どんな金額でもいいのではないか、と思ったのだが、そういう訳では無いらしく、「4万円は『死』、奇数でも9万円は『苦』を連想させ、縁起が悪いと言われていますので避けたほうが無難です」と書いてあった。そうですか、と思った。

金額が決まると、ご祝儀袋と袱紗ふくさ、筆ペンを買いに行った。ご祝儀袋は、包む金額の大小によって変えるのがマナーとされている。簡単に言えば、ご祝儀袋は包む金額に見合った派手さにしましょう、というものだった。こちらもサイトを参考に、3万円に見合ったご祝儀袋を買った。人間もご祝儀袋も背伸びしないことが大切である、と人生訓のようなものを学んだ気がした。

袱紗は、ご祝儀袋を包む布袋のことだ。結婚式の場合は赤やオレンジなどの暖色系が良いらしい。色にまでマナーがあるとは、なかなか奥が深い。一方、筆ペンには特にマナーは無く、使いやすそうなものを適当に選んで買うだけでよかった。筆ペンだけかわいそう。

ここまで、ご祝儀の準備をスムーズに進めてきたと思われたが、1つ大きな問題があった。ご祝儀に包むお札は新札を用意するのがマナーとされているのだが、新札を準備する時間がないのだ。新札を用意するには、銀行や郵便局で両替してもらう方法が一般的だ。しかし、銀行も郵便局も閉店時間が早く、仕事終わりに向かうにしても間に合わない。うーん困った、と郵便局のホームページを見ていると、土曜日も営業している郵便局が存在することが判明した。まさに渡りに船。自分の予定を確認したところ、郵便局に行けるのは結婚式当日の土曜日だけで、ギリギリではあったが、何とか間に合うことが分かりホッと胸をなでおろした。

結婚式の準備は、その後も粛々と進められた。服装に関しては、新郎新婦との関係性によって変わってくるらしい。友人の場合、ダークスーツが望ましく、ワイシャツは白、ネクタイは白・シルバーが良いそうだ。ダークスーツに合う、という理由もあるが、赤などの派手な色だと悪目立ちしてしまうからだ。主役は、あくまで新郎新婦なのだ。幸い全て持っていたので、それを身に着けていくことにした。また、これらに加え、ベストを着込むことでフォーマルな印象が増すらしく、せっかくなので購入した。お世話になった先輩の結婚式だから、格式高く仕立てるのがよいだろう。

持ち物に関しては、カジュアルになりすぎないように、紐のないクラッチバッグに入れるのがオススメだそうだ。紐がなくて持ち運びにくいし、サイズも大きくないのが不便だと思ったが、いかんせん初めての結婚式。何事もマナーに準じておくのが無難であろう。

持ち物に関しても、1つ問題があった。今回、結婚式を挙げる大学の先輩には在学中に留まらず、社会人になっても面倒を見てもらっていた。そんな関係であるため、心ばかりのプレゼントを用意していたのだが、それを持っていくかどうかで悩んでいたのだ。サイトによれば、「結婚式当日のプレゼントは新郎新婦の持ち帰るものが多くなり、負担となってしまうので避けましょう」とのこと。しかし、せっかくなら手渡ししたい。数分悩んだ後、持って行かないことにした。決め手となったのは、来月、2人で旅行に行く予定があったことだ。そのとき渡せば荷物の負担も少ないし、結婚式当日のこともゆっくり語りあえるだろう。まあ、旅行先で渡されるのも邪魔な気がするが。

そんなこんなで準備を進め、いよいよ結婚式当日になった。結婚式は午後開始だったため、新札を両替するために午前中の間に郵便局へ向かった。近所に土曜営業の郵便局は無かったため、電車で片道150円かけて隣町へと赴いた。

郵便局に到着し、自動ドアの前に立つと、何やら不穏な空気を感じた。明かりはついているのだが窓口のカーテンは降ろされていたのだ。自動ドアは反応せず、半開き状態。もしや、と思い、自動ドアに手をかけ、手動で横に動かした。自動で動かない自動ドアは鉛のように重かった。

空き巣のように恐る恐る中に入ると、所々でボソボソと人の声がきこえる程度で、営業している雰囲気が全く感じられなかった。ゆっくりと奥に進んでいくと、ようやく局員の姿が見えた。こちらの気配に気づいたようで、怪訝な表情を浮かべながら近づいてきて僕に尋ねた。
「……どうなさいましたでしょうか?」
「1万円札の両替をしたいんですが」
すでにこの郵便局が営業していないことは、なんとなく察していたが、素知らぬ顔をして用件を伝えた。
「すみません、本日は営業しておりません」
ですよね、と思いながら、一応ホームページ上では土曜営業と書いてあることを伝えると、意外な事実が告げられた。
「本日は土曜日ですが、祝日にもなっておりますので営業はしておりません」
慌ててカレンダーを確認すると、たしかに祝日になっていた。なんという不遇。土曜日と祝日が被ることによる休みの無駄遣いについて、普段から同期と語りあっていた罰が当たったようである。

結局、往復300円の対価で得られたものは、自動ドアはけっこう重い、という不毛な事実だけであった。


挙式は素晴らしいものだった。新郎新婦の着飾った姿はもちろん、式場の雰囲気も抜群だった。特に、ご両親の方々が2人を送り出す演出はとても感動的で、結婚式っていいな、と心の底から思った。

結局、ご祝儀の3万円はコンビニのATMを利用して準備した。コンビニATMには新札が紛れているらしい、という情報をネットで仕入れ、郵便局を訪れた直後コンビニへと駆け込んだのだ。幸いなことに、元々持っていた新札も含め、1回の引き出しで3万円分の新札を入手した。厳密にいえば、折り目はないが少し汚れがついていたため新札ではなかったかもしれない。しかしながら、ご祝儀が新札だろうが何だろうが、お祝いの気持ちになんら偽りはない。大切なのは心から祝福しようという心構えなのだ、という理屈で僕の気持ちは丸く収まり、今こうして、式場から退場する新郎新婦に清々しい思いで拍手を送っているわけである。


挙式に続いて、披露宴が行われた。挙式の厳かな雰囲気とはうってかわって、新郎新婦の紹介スライドや友人代表からのスピーチなど、ほっこりするシーンが多かった。結婚式はこれまでの人生の集大成なんだな、としみじみ思った。

披露宴の余興として定番らしいのだが、新郎新婦にまつわるクイズがあった。回答用紙が配られ、全問正解した人には豪華景品をプレゼントというものだ。シンキングタイムに引き続き、正解発表が始まった。結果は散々で、5問中2問正解という厳しい結果に終わった。

「さあ、正解発表が終わりました! 全問正解の方いらっしゃいまいしたら、手を挙げてお知らせください!」

ステージ上の司会者からの掛け声を受け、会場を見渡した。すると、同卓から誰よりも早く手をあげる男性がいた。その人は新郎の大学の同期で、一応僕の先輩にあたるがお互いよく知らないという微妙な関係の人物であった。赤髪に黒縁の丸眼鏡をかけ、胸元の白ネクタイの奥にも赤いワイシャツがのぞいているという、何とも奇抜な出で立ちをしていた。

会場中から「おぉ!」という歓声が起こり、司会者からはステージへ上がるように促された。彼はスッと立ち上がり、颯爽と歩いて行った。その見た目も相まってか、会場がざわついていたのだが、不思議なことに僕のテーブルからは別の類いのざわつきが起きていた。どうしたものか、と様子をうかがっていると、隣に座る知人から、彼のものと思われる回答用紙が回ってきた。それを見ると、なんと彼は1つも正解していなかったのだ。ステージへ上がる権利がないにもかかわらず、あんなにも自信満々に闊歩していたと考えると、驚きを通りこし、あきれて笑ってしまった。

結局、全問正解したのは、新婦側の親族である子ども2人と不正疑惑の彼の3人であった。しかし、そこで問題が起きた。景品が2つしかなかったのだ。まあ、そもそも彼が不正をしなければ問題は起きなかったのだが、僕たち以外その事実を知る由もなかった。少しの間、ステージ上で話し合いが行われた。景品をどう山分けするかを議論しているようだった。僕たちはどういう気持ちでその光景を見守れよいのか、よく分からなかった。

しばらくすると、司会者が不正疑惑の彼の肩に手をかけ、満面の笑みでこう語った。

「みなさん! なんとこの男性から景品をゆずるという申し出がありました! なんと素敵な紳士でしょうか!」

会場中から「おぉぉぉ!!」と、この日一番の大きな歓声と拍手が起こった。しかし、はっきり言って茶番である。一応、僕たちも拍手はしていたのだが、そのほとんどが狐につままれたような表情を浮かべていた。拍手喝采の中、堂々とステージから戻ってくる彼は、その奇抜な出で立ちも相まって、紳士というよりピエロに見えた。彼は結婚式を盛り上げるために雇われたピエロだったのだろう。

披露宴の醍醐味といえば、両親への感謝の言葉だと思う。僕なら恥ずかしくてお笑い路線に走りそうだが、新郎新婦はとても感動的なメッセージを送っていた。学生の頃、毎日朝早くからお弁当を作ってくれていたこと。思春期の頃、自分が悪いと分かっていても、反抗して迷惑をかけていたこと。それを後悔していること。今まで伝えられなかった感謝の思いがあふれ、会場中に満ち満ちていた。感謝のメッセージを聞いていると、自然と、大学の先輩である新郎との思い出が頭をよぎった。

大学の研究室が一緒だった彼は、先輩というより同級生のような存在で、とにかく優しく、なんでも受け入れてくれる人だった。研究のことで相談すればいつでも聞き入れてくれたし、ご飯にも連れて行ってもらった。そんな先輩の優しさに甘え、生意気な態度を取ることも多かったと思う。それでも一緒にいてくれたのは、まさに彼の優しさなのだ。

社会人になってからも、2人で一緒にご飯に行ったり、遊んだりすることもあった。来月は2人で旅行にだって行く。ただ、結婚という人生の節目を迎え、より大きくて遠い存在になってしまったようにも思えた。気のせいかもしれないが、それだけが少し寂しかった。

色んな思い出が走馬灯のように駆けめぐる中、僕はプレゼントを持ってこなかったことを後悔した。というのも、ちらほらとプレゼントを持ってきている人はいたのだ。それだけでなく、結婚式のマナーに沿っていない人も少なからずいた。ご祝儀を袱紗ではなく封筒だけで持ってきている人もいたし、クラッチバッグではなくバックパックの人や紙袋を携えた人もいた。ピエロの彼に至っては、NGを絵にかいたような派手な姿で、新郎新婦よりも確実に目立っていた。しかしながら、多少マナーにそぐわなくても、結婚式はとても素晴らしいものになった。むしろ、ピエロの彼は披露宴を大いに盛り上げたのだ。

もちろん、マナーを守ることが大切なのは間違いない。ただ、マナーをたくさん守ったのだから、少しくらい自分の気持ちに素直になればよかった、という思いがふと湧いてきた。そんな複雑な気分だった。

披露宴も終わりに近づき、いよいよ新郎新婦が退場するシーンを迎えた。最後は、司会のこんな言葉で結ばれた。

「ここにいらっしゃる皆様は、新郎新婦のこれからの人生にとって大切な方ばかりです。最後に、そんな皆様のお近くを通りながら退場されます」

結婚式というのは、新郎新婦を祝福するだけでなく、大切な人たちとの繋がりを確かめる場なのかもしれない。目の前を通る先輩に手を振りながら、ふとそんなことを思った。


新郎新婦の退場をもって、披露宴は幕を閉じた。出口では、新郎新婦が参加者一人一人に声を掛けていた。僕が出口へ向かうと、「おっ、来てくれてありがとう!」と、先輩は笑顔で迎えてくれた。「結婚おめでとうございます」と伝え、少しの間言葉を交わした。内容は主に、来月の旅行についてだった。「来月楽しみにしてるわ!」という別れ際の言葉を受け、「遅刻しないでくださいね」と、いつものように生意気に返すと、先輩はいつものように笑いとばしてくれた。そのやり取りに満足する自分がいた。今日渡せなかったプレゼントは、これからいつでも渡せると思ったからだ。

結婚式は、新郎新婦を祝福するだけでなく、大切な人たちとの繋がりを確かめる場。その大切なシーンで「おめでとう」を伝え、「これからもよろしく」を確かめ合うこと。僕なりの、結婚式のマナーができた。


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