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阪神タイガースの『アレ』を甲子園で見届けた

9月14日、そそくさと会社を抜け出した僕は、意気揚々と甲子園へ向かった。その手には、阪神タイガース18年ぶりの『アレ』をかけた阪神VS巨人戦のチケットを握りしめていた

『アレ』とは、阪神タイガース監督・岡田彰布あきのぶ氏が、2010年オリックス・バファローズ監督時代に発した言葉である。当時、長年優勝から遠ざかっていたオリックスは、交流戦の優勝に手をかけていた。しかし、優勝という直接的な言葉を使ってしまうと、選手たちが意識してしまい、力みにつながってしまう。そこで、優勝を濁した表現として『アレ』を用いたことが始まりだ。

昨年、阪神の監督に就任した岡田監督は、当初から優勝を目指し、『アレ』と言い続けていた。今年の阪神のスローガンも『A.R.E.』。一応、『Aim,Respect,Empower』という取ってつけたような意味も込められているが、その実態は『アレ』である。阪神は実に18年もの間、優勝から遠ざかっている。

しかしながら、その間、優勝が手に届かない位置にあったわけではない。最後に優勝した2005年の3年後、2008年には2位の巨人に最大13ゲーム差をつけて独走していた。しかし、選手の故障・不調などもあった影響で2位に転落。巨人に優勝を明け渡す形となった。

直近だと2021年には6月に2位に最大7ゲーム差をつけるなど、こちらも首位を独走。しかし、何かの呪いであろうか。やはりチームは徐々に調子を落としていき、最終的にはヤクルトに優勝を明け渡すこととなる。

先ほど『呪い』と書いたが、ファンの間では、その要因としてメディアの存在が挙げられている。優勝が決定する前に、あたかも優勝が決まったかのような特集を組むことがしばしばあったのだ。

2008年は日刊スポーツから『08激闘セ・リーグ優勝目前号 Vやねん!タイガース』という雑誌が発売。2021年にはABCテレビ『虎バンスペシャル#あかん阪神優勝してまう』が放映。「これらの見切り発車が優勝を逃した要因なのでは」「優勝を逃すフラグになっている」とファンの間でまことしやかにささやかれてきた。そんなファンの声もあってか、18年ぶりの優勝が迫る今年、ABCテレビからは「現時点で放送を予定している特番はない」という異例のコメントが発表された。一般の人から見れば「なぜこんな記事が出るのだろうか」と疑問でしかないのだが、その一方で、ファンはホッと胸をなでおろすのであった。


過去の反省を踏まえてか、例年に比べ、メディアの盛り上がりは抑えられたこともあり、阪神は優勝街道まっしぐら。8月16日にマジック29が点灯してからというもの、順調に数を減らし、ついにマジック1。つまり、阪神が勝つか、2位の広島が負けるかで優勝が決まるという局面に達していた。そして、僕はその大一番のチケットを手にしていたのだ。

ちなみに、先ほど『8月16日にマジック29が点灯してからというもの、順調に数を減らし、』と書いたが、実は8月29日に一度マジックは消滅している。要因として、ファンの間では、8月28日に甲子園球場に併設された甲子園歴史館から発表された『2023年シーズン振り返りA.R.E.特集』という展示会が挙げられた。開催発表の翌日、マジック消滅。そして、まさかの球団お膝元からのフラグ回収にファンは騒然とした。某掲示板サイトでは「歴史に学ばない歴史館」といった怒りの声が相次いだ。それほど神経質になるのも無理はない。何しろ18年もの間、優勝から遠ざかっているのだから。その間、赤ちゃんが成人している。


甲子園のレフトスタンドに到着した僕は、熱気の高まった球場の雰囲気に、胸の高鳴りを抑えられなかった。テレビやYoutubeでしか観たことのない阪神優勝という歴史的瞬間を、目の前で味わえると思ったからだ。

阪神ファンになったのは大学生になってからだ。関西の大学に進学し、試合のある日はほぼ毎日テレビ放映されるほど、関西の阪神熱は高かった。その熱気に浮かされ、阪神ファンになるのに時間はかからなかった。

しかしながら、いかんせん阪神は優勝できない。Aクラスに入ることはあるものの、毎年一歩届かず苦汁をなめることが多かった。近年の阪神は守備のミスから失点することがたびたびあった。ミス連発で負けた試合の後には「あー、もうこんな球団応援しねぇわ」とテレビを消し、布団に潜り込むこともあった。しかし、翌日には試合の行方が気になりソワソワする。そして、何事もなかったかのようにテレビで応援を始め、勝てば喜び、負ければ悔しがる日々に戻るのだ。都合のいい話かもしれないが、自分の中で阪神は無くてはならない存在になってしまったのだ。こんな調子で日々を送っていたら、阪神が優勝する日には、どんな感情が湧いてくるのだろう。それは、自分でもよく分からなかった。

試合が始まり、球場の応援は普段以上に熱がこもっていた。応援はライトスタンドの応援団が先導する。しかし、優勝が目前に迫る中、無意識に応援も前のめりになる。ライトスタンドとレフトスタンド、アルプス、内野席それぞれが独立した生き物のようになり、それぞれの大声援が球場全体に大きなうねりを引き起こした。そして、すり鉢型の球場内に地鳴りのような応援が何度も反響し、共鳴しあっていた。甲子園には、阪神ファン18年分の思いが渦巻いていたのだ。

試合は5回まで0ー0の投手戦が繰り広げられた。阪神はチャンスを作るも、あと一本が出なかった。当然、選手たちも緊張や力みがあるはずなのだ。

均衡が破れたのは、6回裏阪神の攻撃だった。1アウト1,3塁のチャンスで4番大山悠輔選手が犠牲フライを放ち、1-0と先制。そして、その直後、5番佐藤輝明選手がセンターバックスクリーンに2ランHRを放ち3-0と巨人を突き放した。球場は5回までの鬱憤うっぷんを晴らすかのように大きな盛り上がりを見せた。

『アレ』が近づいている。そんな予感が胸をざわつかせた。

先制の犠牲フライを放つ大山悠輔選手 
(引用:https://news.yahoo.co.jp/articles/0af8f546fd65d0bce785feae8cd6571104bf4c1f)
2ランHRを放った佐藤輝明選手と歓喜に沸くベンチ 
(引用:https://www.daily.co.jp/tigers/2023/09/15/0016812108.shtml)


その後、8回まで一進一退の攻防を見せ、阪神リードの4ー2で最終回を迎えた。阪神のマウンドに上がったのは、絶対的守護神・岩崎優投手。登場曲は『栄光の架橋』。それは、7月18日に脳腫瘍しゅようのため亡くなった元阪神・横田慎太郎さんの登場曲であった。

岩崎投手と横田さんはドラフト同期入団だった。苦楽を共にしてきた横田さんも、このグラウンドでともにプレーし続けているはずだった。しかし、それは叶わなかった。だからこそ、せめて登場曲だけでも、という想いがあったのかもしれない。まるで2人で一緒にマウンドに立っているように思えた。

『栄光の架橋』が流れ始めると、徐々に歓声よりも歌声の方が大きくなっていき、やがて大合唱が球場を包み込んだ。

いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
だからもう迷わずに進めばいい
栄光の架橋へと…

ゆず『栄光の架橋』

岩崎投手と横田さんに向けて歌っているようにも思えたし、阪神の優勝を待ちわびた僕たちファン自身を労り、慰めているようにも思えた。ずっと待ち望んでいたものが、もう目の前にあると思うと、不思議なほど安らかな気持ちになった。

9回2アウトになり、球場には『あと1人』コールが起きた。声援の後押しを受け、岩崎投手が投じた3球目は打者のバットをかすめ、高く打ち上がった。ワッと大歓声が起こり、空高くから落ちてくるボールはセカンド中野選手のグラブに収まった。

阪神タイガース、18年ぶりリーグ優勝の瞬間だった。


試合終了後、見事就任1年目にして『アレ』を達成した岡田監督は6回宙に舞った。その後、胴上げされたのは最終回マウンドに上がった岩崎投手と、横田さん現役時代のユニフォームだった。同じく同期入団の岩貞祐太投手が「一緒に優勝を祝いたい」と、横田さんの家族に送ってもらったものだった。

横田さんのユニフォームとともに宙を舞う岩崎優投手
(引用:https://www.daily.co.jp/tigers/2023/09/15/0016812111.shtml?ph=1)


阪神が優勝する日には、どんな感情が湧いてくるのだろう。それは、自分でもよく分からなかったが、優勝を迎えた今このときも上手く説明ができない。もちろん嬉しいという気持ちはあるが、それだけではない。優勝という景色を見せてくれてありがとう、と選手たちへの感謝の気持ちもあった。嬉しいしありがとう。嬉しくてありがとう。嬉しいのにありがとう。

ただ、昔から見てきた『一歩届かない阪神』ではなくなってしまったことへの寂しさもあった。ついこの前まで子どもだったのに、いつの間にか成人して手の届かない場所にいってしまったような親心にも似た感情だった。それでいて、すべてを包み込んでくれるような温かさも感じていた。なんだろう、これは。優勝は、なんだか変な気分である。ただ、来年も優勝してほしいと思った。それだけは確かだった。


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