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米津玄師も「虎に翼」で演じる【天武天皇は耽羅の王子 阿波伎】❓😱~古代史上最大の内乱「壬申の乱」を起こした天武天皇は唐・新羅の連合国側の反乱軍の司令官❓😱~大谷翔平氏、小室圭氏にも繋がる「海から見た耽羅の歷史」❓😱❣


「虎に翼」主題歌で演じる米津玄師の阿波伎=天武天皇



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歴史家コ・ヨンヒによる
「海から見た耽羅の歴史」より

 まず、この書籍の外見から見てもらって、どんだけスゴイ本かを見てもらいます。
そして、要約や目次、序文など立ち読みしてる感覚で・・・😅



済州島!耽羅国! 朝鮮半島と歴史を共にした1000年王国!韓国文化・朝鮮時代劇・歴史劇 KOREA joseon Dynastyモゴモゴ by MOGOMOGO トンイ

 現代の済州島は、昔は耽羅国(※タムラ国=田村国)と呼ばれていたと言われています。しかし、耽羅国という名前だけが知られているだけで、その国が具体的にどのような国であったかについては、ほとんど分かっていません。私が15年間研究を重ねた結果、得られた結論は、耽羅は太古の時代から海を通じて世界の多くの国々と交流していた偉大な海洋国家であったということです。耽羅という国は、世界の果てに孤立した小さな国ではなく、大陸と大洋、そして東洋と中東、西洋文明が交差する世界史の中心で、海上貿易を通じて文明を結びつけ、莫大な富を蓄積し、豊かな文明社会を築いていたことが確認されました。しかし、残念ながら、耽羅を吸収統合した朝鮮王朝儒教の鎖国主義は、高度な海洋国家的な文明を容認できず、耽羅そのものを崩壊させてしまったのです。農業を基礎とする伝統的な朝鮮の儒教思想は、今日まで韓国史学界にその影響を与え、自由でなければならない大学の講義でさえも、耽羅人の商業的な海外活動をタブー視したり、敵対視したりしています

 耽羅の実体は、朝鮮儒教によってその形跡をほとんど見ることができないほど粉々に砕かれ、その破片が亡霊のように世界の海域を漂流しています。人々は、その破片の一つを見て耽羅国を論じますが、その知識は断片的であるため、人によって耽羅に対する認識は様々です。

 耽羅の歴史は、朝鮮儒教の歪んだ歴史観から抜け出し、世界史の大きな流れの中で捉え直すことによって初めて、歴史の真実へと近づけることができるのです。


翻訳に関する補足説明

耽羅(タムラ): 済州島の古い名称です。
儒教の鎖国主義: 朝鮮王朝は、儒教思想に基づき、外部との交流を制限する政策(鎖国政策)をとりました。
農業を基礎とする農本主義: 儒教思想では、農業を最も尊い職業とみなしていました。
歪んだ歴史観: ここでは、朝鮮王朝時代の儒教的な歴史観が、耽羅の歴史を歪曲させているという意味です。


著者:高庸熙(コ・ヨンヒ)
1933年に済州島で生まれ、済州五賢高等学校を卒業しました。その後、国家公務員として20年間、そして自営業として20年間働きながら、耽羅商古(商工業活動)の歴史を15年以上研究してきました。

解説
この文章は、本の著者である高庸熙さんのプロフィールです。主な内容は以下になります。

出身地: 済州島
学歴: 済州五賢高等学校卒業
職歴: 国家公務員、自営業
研究: 耽羅商古の歴史を15年以上研究
 つまり、高庸熙さんは済州島出身で、長い間、社会経験を積んだ後、耽羅(タムラ、昔の済州島の呼び名)の商工業に関する歴史研究に情熱を注いできた方だということです。

**「耽羅商古」**とは、昔の耽羅における商業活動の歴史を指します。高庸熙さんがこのテーマに長年取り組んできたことから、耽羅の商工業に関する深い知識と見識を持っていることが伺えます。

このプロフィールからわかること:

著者自身の経歴: 著者の人生経験が、耽羅商古の研究にどのように影響を与えたのか、という点に興味が湧きます。
研究の背景: なぜ、耽羅商古の歴史に興味を持ったのか、どのようなきっかけで研究を始めたのか、という点も気になります。
研究内容: 耽羅商古に関する具体的な研究内容や、得られた成果などが知りたいところです。


このシリーズは、済州島の文化の根源を探求する一連の書籍群です。

各書籍のタイトルや内容から、済州島の歴史、地理、文化、そして人々の生活様式など、多岐にわたるテーマが扱われていることが分かります。

各書籍の簡単な解説と日本語訳

화산섬, 돌이야기:

日本語訳: 火山島、石物語
内容: 済州島の火山島としての特徴と、石がどのように済州の人々の生活と文化に深く関わってきたかについて解説しています。
イメージ: 玄武岩、石積み、石造物など、済州島の独特な石の文化を象徴するような写真がふさわしいでしょう。

문화의 원류와 그 이해:

日本語訳: 文化の源流とその理解
内容: 済州文化の根源を探り、特に「海民精神」と呼ばれる済州の人々の精神性を深く掘り下げています。
イメージ: 海女、伝統家屋、自然風景など、済州の人々の生活と密接に関わるような写真が効果的です。

제주도포구연구:

日本語訳: 済州島港湾研究
内容: 済州島の港湾の歴史、文化、そして港湾が人々の生活に与えた影響について研究しています。
イメージ: 済州島の様々な港、漁船、港町の人々の生活など、港湾に関連する写真が適しています。

방선문:

日本語訳: 방선문
内容: 済州島の有名な観光地である防風林について、歴史的背景や文化的意義を深く掘り下げています。
イメージ: 防風林の全景、防風林に生えている植物、防風林にまつわる伝説や故事を表現したイラストなどが考えられます。

근대제주의 경제변동:

日本語訳: 近代済州の経済変動
内容: 近代、特に日韓併合期における済州島の経済的な変化と、それが人々の生活に与えた影響について分析しています。
イメージ: 日韓併合期の済州島の風景、当時の産業や交易の様子を表す写真などが考えられます。

돌의 민속지:

日本語訳: 石の民俗誌
内容: 済州島の人々の生活の中に深く根ざした石の文化について、民俗学的な視点から考察しています。
イメージ: 石で作られた道具、石積み、石造物など、済州の人々の生活と密接に関わる石の様々な姿を捉えた写真が効果的です。

와치와 바치:

日本語訳: ワチとバチ
内容: 済州島の伝統的な市場と、そこで働く人々の生活について描いています。
イメージ: 伝統市場の賑やかな様子、伝統的な手仕事をする人々の姿、市場で売られている地元の特産品などが考えられます。

취병담:

日本語訳: 翠屏潭
内容: 済州島の龍淵(ヨンヨン)と呼ばれる渓谷について、歴史的な記録や文学作品などを基に深く掘り下げています。
イメージ: 龍淵の風景、龍淵にまつわる伝説を表現したイラストなどが考えられます。

바다에서 본 탐라의 역사:

日本語訳: 海から見た耽羅の歴史
内容: 昔の済州島を指す耽羅が、海を通じて他の地域とどのように交流し、発展してきたかについて、海という視点から歴史を紐解いています。
イメージ: 古代の船、航海の様子、海図など、海に関する歴史的な資料やイメージが効果的です。



「海から見た耽羅の歴史」の改訂増補版について

改訂増補版を執筆して

 近年、民間史学者による高句麗、渤海など大陸に関する研究が盛んに行われている一方で、海洋文化に関する研究は、検証されていない奇想天外なフィクションがメディアで流行しているだけで、未だに本格的な研究の進展が見られず残念である。

 耽羅の歴史とは、水平的な社会構造を基盤とする海洋文化国家の歴史である。彼らは広大な海域で活発に冒険し、様々な文化に触れ合いながら、財産を獲得し、自由のために闘った。そのため、垂直的で統制された内陸国家の文化とは必然的に衝突する。ここで目指す歴史は、死んだ過去ではなく、現在も生きている過去である。現在と過去の絶え間ない対話を通じて、これまで誤って記録されていたり、記録されていなかった生の歴史的事実を見つけ出し、新しい歴史を創造しなければならない

 歴史的事実は、誰かにより創造されるまでは存在しえない。この本は、そのような前提のもと、耽羅人の行動を再評価することで、現代を生きる人々に歴史の意味を再認識させようとするものである。

 すべての歴史的事実は、合理的な批判を経て価値の再評価が行われなければならない。もし、このような過程を拒否すれば、歴史は記録する価値を失ってしまうだろう。

 私は、本書の初版で誤って記述された部分を修正し、内容を補完して、この度改訂増補版を出版することになった。今後、失われた海洋文化に関する研究が活発になることを期待し、読者の皆様からのご忠告と励ましに感謝し、今後もご指導をお願いしたい。

2008年3月
著者 高用熙


序文

 現在の済州島は、かつて耽羅国と呼ばれていました。しかし、耽羅国という名称だけが伝わっているものの、その具体的な姿についてはほとんど知られていません。筆者が過去15年間にわたり研究を重ねた結果、耽羅は太古の時代から海を通じて世界のさまざまな国と交流していた偉大な海洋国家であったことが明らかになりました。耽羅という国は、世界の果てに孤立した小さな国ではなく、大陸と大洋、そして東洋と中東、西洋文明が交差する世界史の中心で、海上交易を通じて文明をつなぎ、莫大な富を蓄積して豊かな文明社会を築いていたことが確認されます。しかし、不幸にも耽羅を吸収統合した朝鮮王朝の儒教的鎖国主義は、高度な海洋国家的文明を容認できなかったため、耽羅そのものを瓦解させてしまいました。農本主義を基盤とする伝統的な朝鮮の儒教思想は、今日に至るまで韓国史学界に影響を及ぼし、自由であるべき大学の講義でさえも、耽羅人の商業的海外活動をタブー視または敵視しています。

 耽羅の実体は、朝鮮儒教によってその形を認識できないほどに粉々にされ、その破片が亡霊のように世界の海域に漂流しています。人々はその中の一つの破片を見て耽羅国を論じますが、その知識は断片的であるため、人それぞれの耽羅に対する認識はさまざまです。耽羅の歴史は、朝鮮儒教の鎖に縛られた歴史観から脱し、世界史の大きな文脈でアプローチすることで、歴史の真実に近づくことができます。本書は、このように粉々になった破片を収集し、分析し、再構成して、耽羅本来の姿に帰納しようとする努力の一環です。耽羅人特有の原初的生命力とも言える「自由への意志」は、今日を生きる私たちが追求し、認識するに値する十分な価値があると考えられます。先人たちの足跡を鏡として、グローバルな時代を生きる新しい人々にとって、少しでも道しるべとなることを願い、この文章を書かせていただきました。

感謝の辞

 本書の本文に引用したすべての人々の尊称は、便宜上省略させていただきましたので、ご了承ください。本書を執筆するにあたり、金成浩先生の著書『比流百済と日本の国家起源』から多くの助けを得たことを明らかにし、資料収集に協力してくださった済州大学校博物館の高光民先生と全南羅州市庁の金鍾順先生に深く感謝いたします。最後に、本書を快く出版してくださった図書出版各の朴慶勲社長と編集を担当してくださった金英勲、金智姫先生にも感謝の意を表します。

済州市老衡洞にて 高容熙


書籍全体の目次

序文 - 17

  • 耽羅の海民の故郷 - 17

  • 真番海民の大移動 - 23

  • 満洲はすなわち朝鮮である - 29

  • 失われた歴史を取り戻すために - 34

  • 三神山 - 41


民族大移動期

  • 濁水から来た人々 - 47

  • 朝鮮と漢の戦争 - 53

  • 瀛州人と豆腐岳 - 58

  • 高句麗 - 62

  • 沸流百済 - 66

初期資料の検証 - 73

  • 三姓神話 - 73

  • 巫俗資料 - 77

  • 高句麗の石槨墓、龍潭洞古墳 - 82

  • 高句麗の竪穴と済州島の毛興穴 - 87

  • 多婆邯国と皆脱解 - 89


初期国家形成期 - 93

  • 高陽部は誰か - 93

  • 碧浪公主の伝説 - 99

  • 星の国 - 102

  • 古奚津と発羅 - 111

海洋国家 - 118

  • 舟山と海浪島 - 118

  • 倭奴国 - 130

  • 沸流百済の日本進出 - 133 -

  • 邪馬台国 - 137 -

  • 橘守の蜜柑 - 142

耽羅国の成立- 146

  • 沸流百済の豆腐岳侵略 - 146

  • 朝于新羅の虚構性 - 149

  • 耽羅国 - 155




日本の国家統一時代- 164

  • 邪馬台の消滅と応神王朝 - 164

  • 広開土大王碑と倭 - 168

  • 沸流百済の没落 - 178

  • 応神王朝と耽羅人 - 186

三国の覇権争奪時代 - 192

  • 漢城百済の南遷と耽羅 - 192

  • 怪僧慈蔵の呪術 - 199

  • 日本の遣唐船 - 205

  • 百済復興戦争と耽羅 - 212

耽羅の全盛時代 - 221

  • 壬申乱と阿波伎 - 221

  • 天武は耽羅の王子である - 227

  • 耽羅の船 - 234

  • 熊津の沸流百済遺跡 - 240

  • 栄山江流域の耽羅遺跡 - 248


東シナ海の波 - 256

  • 耽羅と新羅 - 256

  • 張保皐の教官船貿易 - 265

  • 呉越国と舟山 - 278

  • 耽羅の生存戦略 - 289

  • 東シナ海の交易 - 297

大陸と海洋勢力の衝突 - 307

  • クビライ・カーンの東征 - 307

  • 万里の反乱 - 320

  • 東アジアの海乱 - 329

  • 耽羅の終焉 - 344

  • 後期海乱と済州海民 - 359

参考文献 - 378
索引 - 387









「阿波伎=天武天皇」に関する部分の要約


タイトル:

壬申の乱と耽羅の王子: 天武天皇の真実を探る❣

~天武天皇は耽羅の王子だったのか❓日本古代史の隠された真実に迫る~

概要:

 この記事はハングル語で書かれた書籍「海から見た耽羅(たむら)の歴史」の中の「耽羅(たむら)の全盛時代」の章をChatGPTで自動翻訳した訳文を紹介しています。
 ここでは、壬申の乱と天武天皇の関係について深く掘り下げます。天智天皇の弟である大海人皇子(後の天武天皇)が壬申の乱を起こし、皇権を奪取するまでの経緯を中心に、天武天皇が実は耽羅(現在の済州島)の王子であった可能性について考察します。さらに、古代日本と朝鮮半島の関係、天武天皇の思想や宗教的背景、そして『古事記』の成立過程など、多くの視点から彼の実像に迫ります。彼の出自や行動が、日本の皇室と古代東アジアの国々との関係にどのように影響を与えたのか、その真相に迫る内容です。

要約:

  1. ヤマト(大和)の国家体制と壬申の乱の背景
    壬申の乱(672年)は、天智天皇の弟である大海人皇子(おおあまのおうじ=後の天武天皇)が政権を奪取するためのクーデターであった。天智天皇が645年に蘇我入鹿を殺害し、豪族たちの権限を制限し、中央集権的な体制を築こうとした大化改新を断行したが、豪族の反発が激化した。大海人皇子もまた、このような皇族間の権力闘争の一環として行動した。

  2. 大海人皇子の出自と耽羅との関係
    大海人皇子は天智天皇と異母兄弟となっているが、その母である田村皇女(通名は斉明天皇)が耽羅の王子と関係があることから、彼自身も耽羅(済州島)とのつながりを持つとされている。天武天皇が耽羅の王子であったという説が浮上し、その背景には、耽羅からの使者や商人たちが日本に頻繁に来訪していた歴史的事実がある。天武天皇の称号「天渟中原瀛真人(あまのぬなはらおきのまひとの)天皇」は「大きな海」を意味し、彼が海を超えて耽羅からやってきた王子であることを示唆している。

  3. 耽羅と日本の交流の実態
    661年に始まる百済復興戦争(※「白村江の戦い」)において、耽羅の世子である久麻伎(くまえ)が日本を訪れ、壬申の乱の前に日本に渡って参戦していたとされる。また、天武天皇が即位した673年には、耽羅から使者が訪れ、彼の即位を祝っていることから、耽羅と天武天皇の強い関係性が伺える。

  4. 天武天皇の思想と信仰の背景
    天武天皇の思想は、耽羅(済州島)の古代信仰や高句麗の霊神・竜神思想に基づくものとされる。彼は天照大神を祖神として祀るなど、日本の皇室の宗教的形式を持ち込んだが、その根底には道教的な要素も含まれているとされる。また、『古事記』の成立に深く関与し、日本における天皇制の確立を目指した。

  5. 『万葉集』と天武天皇の影響
    『万葉集』には、天武天皇の詩が含まれており、それは漢字の音読みや訓読み、さらに朝鮮語との複雑な混合で表記されているとされる。これらの詩は、彼が日本と朝鮮半島の両方の文化に深い理解を持っていたことを示している。


「壬申の乱」の理解のために


 この理解を深めるための準備として、いくつかの動画やX(旧ツイッター)、他の記事などをご紹介します。
 なお、時々、私のコメントを妄想のように書いてあります。😅

3分でわかるマンガ壬申の乱😅

壬申の乱の原因や経過をわかりやすく解説。

ゆかりのスポットも紹介
【親子で歴史を学ぶ】


なお壬申の乱の原因となる白村江の戦いとは❓(NHK)


5分でわかる!壬申の乱


「天武天皇と持統天皇」=「虎に翼」は古代から有名だった😱

NHKは知っている❓実は持統天皇が壬申の乱で裏のキーパーソンだった❓

 そして、なんと色々、調べていくとアテルイゆかりの大谷翔平氏、海の王子だった小室圭氏らに繋がっていく歴史の不思議と言うか、隠された日本史が…😅

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