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「まこレコ日和とクソ映画」【戸田真琴 2021年6月号連載】『肯定のフィロソフィー』

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 チェンソーマン第39話でデンジとマキマさんがしていたデートをしようと思い、日曜日に計画を立てた。最近はずっと心が急いでいて、何をしていても何もしていなくてもずっと何かを恐れている。心がいろんなガスで膨れ上がりくるしいときは、たとえ2、3時間急に予定がなくなってもマシなことは何も出来ずに街を彷徨ったりネットニュースなんかを見て日が暮れてしまうし、日が暮れたらちょうど20時くらいになる季節だから、とうぜん東京は全部店じまいだ。空き時間にすこしずつ本を読もうと試みるも、勧められて買ってみた分厚い小説はいまいちバイオリズムが合わずになかなか進まないし、序しか見ていないうちに『シン・エヴァンゲリオン』のポスターは夕暮れの絵柄になった。先月も一度も開かなかったNetflixの料金が引き落とされる。観なければ観ないほど、久々に観る作品に対して「2時間も使って失敗したくない」という欲が出て、ついには何を見たらいいのかほんとうにわからなくなってしまった。自分の生きている時間にそんなに惜しむような価値があるというのだろうか。傲慢が育っていて、悪臭がする。クソにはクソをぶつけてみないと好きなものに出会った時のあの胸の中の宇宙で星が死ぬ喜びも、いやなものを見た時の砂を舌で転がすような味もいつか忘れてしまう。失敗を嫌がっていたら灰色の粘土をのばしたようなのっぺりとした日々にいつか呑まれてしまうだろう。そうして私は、わざわざ失敗をしてやろうかな、と思ったのだ。

 1日の計画はこう。朝9:40上映開始の『ノマドランド』からはじまり、上映後かるく昼食を済ませてつぎの映画へ。それが終わったらまた次の映画館へ行ってでかいスクリーンで映画を観て、最後そのまま同じ場所でもう一本べつのを見る。それぞれ目的の映画があり、その中には意図的にクソ枠がひとつ設けられていた。我々は失敗へのおそれを打ち消すために、クソを2時間座席に張り付けになって見つめる必要があったのだ。同行者が考えた計画にはどう考えても私が好んで観にいくことのなさそうな映画が組み込まれており、それは仲の良い人としか漕ぎ出せない地獄観光の時間だった。しかし世は日曜日。直前に立てた計画だったためチケットの確保がうまくいかず、『ノマドランド』は完売していた。仕方なく自宅でのDVD上映から始めることにした。

 イベントのたびに、いつもそのとき最もほしいと思っていたBlu-rayをくれるファンのおじさんがいる。しかもだいたいいつも豪華版や限定版で、どうやって手に入れるのか情弱の私には見当がつかない。『ミッドサマー』の分厚いBOXも『パラサイト 半地下の家族』のアルミ缶ケースも全部その人がプレゼントしてくれた。その人は私なんかよりもずっと映画に詳しく、私が実際に見て好きだと言っていた映画以外にも、その映画でオマージュされていた元ネタの作品や、私が好きそうな作品のディスクを選んでくれることがある。私の家には、そういった、”きっと質がいいだろうけれどいつでも観られるからまだ観ていない映画”のディスクがたくさん積まれている。

 映画デーの1本目は、そこから『ビューティフル・デイ』という映画を観ることにした。

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