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宗藤竜太、TENDRE、BIM。ソロアーティストとしての矜持を示した3曲

あっという間に桜の季節が到来したと思ったら、気づけば散った花びらの絨毯の上を自転車で駆け抜ける、そんな日々を送っております。道すがら、緑道で花見をしている人たちと目が合ってお互い気まずい視線を交わすなど、季節の移り変わりの機微も味わいづらい落ち着かない情勢が続いていますが、とはいえ、新年度。みなさまくれぐれもご自愛ください、と願いつつ、この春に印象的な音楽作品を送り出した3組のソロアーティストをピックアップしたいと思います。

文/三宅正一

宗藤竜太『magenta』


もともと、“もののあわい”というアーティスト名で活動していたシンガーソングライター、宗藤竜太の全9曲入りの新作。普遍的(であり続けてほしいと願う)な創作物に対して、「〜を問わない」という物言いがよくされますが、彼の歌はあらゆる環境や条件を問わず聴く者の耳と気持ちを震わせ、だからこそ、それと同時に個々人の内観というものを問うてくるような感触に満ちています。アコースティックギターを持ち一発録りで閉じ込めた静謐な音像。とにかく心の声に忠実に従うように導かれていくコードとメロディの縫い目のない関係。たった一人の世界でアコースティックギターを爪弾きながら、「馴染み深いのに、初めて味わう瞬間」とでも言いたくなるような刹那の連続としての歌を編む宗藤竜太という歌うたいは、いつだって音楽と真摯に対峙しています。本作でも“偉大な悲喜劇”への憧憬を思わせるタイトルを冠した1曲目「ライムライト」から、灯りを落とした部屋の中、目の前で彼が歌っているような感覚を覚えます。脳裏に立ち現れるのは彼自身、あるいは誰かの原風景。そこにはつねに音楽の気配があって、それが歌の中で生きている主人公を苦しめもするし、救いもする。歌と1本のアコギしか鳴っていないのに、何かが足りない感じが一切ない。そのうえで、個人的にはたとえばピクシーズや初期のナンバーガールのようなバンドサウンドの中で鳴らしてみたらどうなるんだろう?と想像した4曲目「公孫樹グランド」と、ブルースロックにも似た香りがする8曲目「百日紅」に新鮮な可能性を感じました。


TENDRE「PIECE」

4月7日にEMI Records/UNIVERSAL MUSICよりメジャーデビューすることを発表すると同時に、デジタルシングル「PIECE」をリリースしたTENDRE。彼、河原太朗がソロプロジェクトとしてTENDREを始動したのは2017年でした。それまでの彼はYogee New Waveのギタリストの竹村郁哉、ドラマーの吉岡拡希とともにampelというスリーピースバンドで活動していました。またバンドと並行してベースやサックスを軸に、ギターや鍵盤も演奏できるプレイヤーとしてのスキルや、洗練されたアレンジメント力を活かしさまざまなアーティストのサポート仕事も務めてきました。そういった季節の中で、盟友関係を築いているラッパーのRyohuやAAAMYYYとの濃密なクリエイティブの交歓があり、TENDREを始動してからは自身が本当に創作するべき歌はなんなのか?という命題と向き合ってきたように思います。メロウでグルーヴィーなサウンドプロダクションには軽妙洒脱かつ同時代性に富んだAORテイストがあり、オランダのポップマエストロ、ベニー・シングスとのコラボレーションがごく自然な形で実現したことも合点がいきます。あるいは、マルチプレイヤーという観点からもFKJやジェイコブ・コリアーとの共時性を見いだすこともできるでしょう。しかし、それでもTENDREを始動してからの河原が最も向き合っていたのは、自らの音楽人生のストーリーとリスナーが交わる地点の道しるべとなるような歌のあり方だったように思います。昨年9月にリリースした2ndアルバム『LIFE LESS LONELY』では歌の主体性がグッと増し、孤独を自認し、そこから他者と共振することの尊さが豊潤なサウンドスケープとともに描かれていました。そして、この「PIECE」。メジャーデビュー曲だからといって肩に力を入れすぎるのではなく、自身のプログラミングを軸にしたトラックに生音のパーカッションを加えたサウンドの上で柔らかく弾む歌には、あくまでTENDREの所信表明をナチュラルな強靭さで提示するような聴き応えがあります。より大きなフィールドに立つからこそ、自分だけがクリエイトできる音楽制作の追求をおおいに楽しんでほしいと願っています。


BIM「吐露ノート」


彼、BIMもまたソロ始動後にその表現性が持つ求心力と推進力をどんどん向上させているラッパーです。新曲の「吐露ノート」は、どこまでも平熱の体温のまま、チルでメロディアスなビートと旋律とラップを三位一体にし、それを陽炎のように揺らす抒情詩的なラブソングに仕上がっています。ビートを手がけたのはBIMやPUNPEEの過去作にもフレッシュでありながらノスタルジーを駆り立てる絶妙なトラックを提供してきた、近年のSUMMITレーベルの音楽像において重要な役割を果たしているドイツ人プロデューサーのRascal。また、コーラスにはBiSHのセントチヒロ・チッチが参加しています。浮遊しながらメロウにまどろむ楽曲の様相は、BIMが10代のころに結成し現在は事実上の活動休止状態にあるTHE OTOGIBANASHI’Sに通じるニュアンスもあるけれど、「吐露ノート」には熟成された“明瞭な淡い”を感じさせ、その堂々とリラックスする表現性にこそ今のBIMが持っているラッパーとしての揺るぎない矜持を見る思いです。この「吐露ノート」の直前には盟友であるVaVaとのコラボレーション楽曲「Fruits Juice」をリリースしたばかりで、2020年を振り返れば自身の作品でkZm(YENTOWN)、SIRUP、BOSE(スチャダラパー)、STUTS、KEIJU(KANDYTOWN)、高城昌平(cero)、Cwondo、No Busesを客演に招き、外仕事では木村カエラやBES、G.RINAの作品に呼ばれるなど、八面六臂の愛されっぷりを体現しているBIMが、ここからさらに一人のラッパーとしてどのように躍進していくのか、楽しみです。


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