【6月号 特別企画】大会場はあなたの中に…妄想プロレス観戦記その1 清野茂樹（実況アナウンサー）【コラムフェスティバル②】
世界中が未曾有の事態となったコロナ禍にあって、それまでに再びブームとなって活況を呈していたプロレスも大会開催の自粛、中止を余儀なくされた。「ステイホーム」が叫ばれ、プロレスファンは家で過去の動画を観てプロレス欲を発散するしかない日々が続いた。しかし、もう我慢できない。
プロレスが観たい。
今回の「コラムフェスティバル」は、執筆者の頭の中で繰り広げられたプロレスを、活字で展開するものである。
第1回は、実況アナウンサーの清野茂樹が執筆。数々の名勝負を実況した彼だからこそ実現してほしいと願うファンタジーが今、臨場感をもってここに現出する。
文／清野茂樹（実況アナウンサー）
＜プロフィール＞
清野茂樹（きよの・しげき）●1973年兵庫県生まれ。広島エフエム放送（現・HFM）でアナウンサーとして活躍。『ワールドプロレスリング』（テレビ朝日系）で数々の名実況・名言を生み出した古舘伊知郎アナウンサー（当時）に憧れ、宿願だったプロレス実況の夢を実現すべく、’06年フリーに。’15年には新日本プロレス、WWE、UFCの実況を行い、前人未到のプロレス世界3大メジャー団体を実況した唯一のアナウンサーになる。音楽にも造詣が深く、『1000のプロレスレコードを持つ男 清野茂樹の音楽館』（立東舎）などの著作がある。
古舘伊知郎から受けた影響については、月イチ目安でnoteで更新中（https://note.com/kiyoana）。また、『真夜中のハーリー＆レイス』10周年を記念して製作したオリジナルTシャツ（五木田智央デザイン）が完成。6月7日まで一次予約を受付中！ kiyoana store（https://kiyoana.stores.jp）
闘魂VS邪道 禁断の遭遇！
ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ
「アントニオ猪木VS大仁田厚」
一度でいいから猪木の試合を実況したい。私の夢が夢の中で実現しようとしております。こんばんは、実況男の清野茂樹です。超満員に膨れあがった、ここ横浜鶴見青果市場特設リングからの実況生中継。アントニオ猪木がこれまで決して対戦を受けようとしなかった相手、大仁田厚との究極のデスマッチ、すべて“私の妄想”という名のリングからお届けしたいと思います！ さあ、いよいよ両選手の入場です！
31年前、5万円を握りしめて始まった大仁田厚の物語は、今夜、何度目かのクライマックスを迎えます。嘘から出たまこと、とはまさにこの事でしょうか、念願だったアントニオ猪木との対戦を実現させました！！ 明日さえも見えなかったあの頃、巨大な相手と勝負する弱小球団に自分を投影して選んだ入場テーマ『ワイルド・シング』が流れる中、大仁田厚が姿を見せましたッ！ いつもの革ジャン姿！ 対戦を呼びかけ続けた大仁田にとって、もしかすると、猪木をリングに上げた時点で勝ちを確信しているのかもしれません！ ジャイアント馬場の元で育った男にとっては、とてつもなく大きな意味のある一戦です。大仁田コールに後押しされて、今、椅子を片手にリングイン。セコンドには渕正信、パンディータ、ケンドー・カシンの姿、背中に「渕」の文字が書かれた揃いのジャンパーを着ています！ さあ、猪木の入場を待ちます！
鶴見青果市場に鳴り響くこのテーマ曲、イノキボンバイエ！ 喜寿を迎えた闘魂が生まれ故郷、鶴見に帰ってきた！ 人々に託される運命を背負った男が、真っ白い闘魂ガウンに身を包んで今、花道に姿を見せました。首には深紅のマフラーだ！ 皺が刻まれた猪木の表情は、命のやりとりをしてきた男の顔であります！ ゆっくりとした歩みで戦場へと歩を進める、その表情には鬼の殺気が戻ってきました。かつて「リングで死ねれば本望だ」と語っていた猪木、覚悟を決めて電流爆破のリングに足を踏み入れます！ そうだ、猪木もかつては“邪道”と呼ばれた男でありました！ セコンドには長州力、藤波辰爾、前田日明、藤原喜明！ 新日本プロレスのジャージに身を包み、近衛兵のように猪木を取り囲んでおります。さあ、リング下でガウンを脱ぎ去った猪木！ 黒のショートタイツとリングシューズ姿、“あの頃の猪木”となって電流爆破のリングに足を踏み入れました！
久々に聞く猪木コールの大合唱！ 有刺鉄線が張り巡らされたリング、さらにはリング下には釘板が敷き詰められているデスマッチ、時間無制限1本勝負！ すさまじい猪木コールと大仁田コールが交錯しております！ さあ、立錐の余地もない超満員の鶴見青果市場、リングサイドにはタッキーの姿！ 20年前、猪木とリングで闘った男は少年時代、大仁田の試合を見るためにFMWの会場に足繁く通っていたと言われております。数奇な運命に引き寄せられて、今宵は立会人として、この一戦を見届けます！
さあ、今、妄想のゴングが打ち鳴らされました！ そして同時に電流のスイッチが入れられました！ この試合はレフェリーなし、どちらかが倒れるまでの完全決着ルールとなっております。リング上、猪木と大仁田が対角線！ どちらの毒が毒を制するのか！？
うわっと、猪木が浴びせ蹴り！ かわした！ かわした！ 大仁田がかわした！ 猪木の奇襲攻撃は読まれていたか？ 大仁田が猪木を担ぎ上げて、ボディスラム！ 猪木悶絶！ マットに打ち付けられた！ 齢70を超えた男にとっては殺人技であります！ 早くもマットに這いつくばる！ そして、大仁田が顔面にパンチを振り下ろす！
歯を食いしばって耐える猪木、久々に背中で味わった衝撃に表情が歪みます。ここで場内は悲痛な猪木コールの大合唱だ！ 今度は大仁田がリング中央で、猪木の髪を掴んで持ち上げる！ パイルドライバーか？ おっと、しかし、猪木こらえる！ 猪木こらえる！ 腰を落とす、なんと、リバースで切り返したーッ！ あのカール・ゴッチとの一戦を思い出します！
さあ、猪木チャンス到来だ！ アリキック！ アリキック！ 猪木が寝たままの状態で大仁田の足を狙う！ ヒザに爆弾を抱えた大仁田、これは苦しい！ 猪木、さきほどの痛みが一瞬で消え去ったようだ。これが今、力を注いでいるプラズマパワーなのか！？ そして立ち上がった背後からスリーパー・ホールドだ！ 大仁田、目がうつろになってきた！ かつて天龍源一郎を絞め落とした魔性のスリーパー！ 細くなった腕が大仁田の頸動脈に深く食い込んでいる！ さあ、大仁田がなんとか体を動かそうとしている！ あ、あ、あ、危ない！ そのままもつれて有刺鉄線に向かっていく！ 危なーいッ！
ボンッ
うわっ！ 凄い音！ 耳をつんざくような爆音！ ゴホッ、すさまじい衝撃が伝わりました！ ゲホッゲホッ…失礼。やはり、電流爆破の闘い方は大仁田が熟知しているか！？ リング上が白い煙に包まれました！ 煙の中から、あっ、大仁田は大の字！ そして猪木も舌を出してうずくまっている！ 猪木、まるで「ACACIA」で演じた大魔神ように、灰を被って髪が白くなっております！ ダブルノックダウンであります！
おっと、ここで誰かリングに入って来たぞ！ 海賊だ！ 海賊だ！ 海賊男だーッ！
アイスホッケーマスクを被った謎の海賊男がやってきた！ これはいったいどういうことでありましょうか！？ 猪木に対して脳天唐竹割り！ さらには、大仁田をつかまえてヤシの実割り一撃！ 今、手錠を持ち出して大仁田の手にかけました！ そして控室へ連れ戻そうとしております！ ちょっとこれは…状況が理解できません！ 場内は騒然としております！
た、た、たいへんな事態となりましたーーーー！！！
果たしてこの男は、大仁田とは敵なのか？ 味方なのか？ 大仁田もちょっと状況が飲み込めていないようだ…身の丈2メートル以上はあろうかという、かなりの大男であります！ 謎の海賊男が大仁田を連れ去ろうとしている！ 今、猪木もゆっくりと起き上がった！ 呆気にとられております！ そして今、立会人のタッキーがゴングを要請しますが、正式な裁定はまだこちらには入ってきておりません！
「これはまずいですよ！」
一瞬、私の耳に今は亡き、山本小鉄さんの声が聞こえたような気がしました。試合終了のゴングが乱打されておりますが、これは納得がいかない！ 延長コールが巻き起こっております！
おぉ、前田がパンディータにハイキック！ リング上では両陣営のセコンドで入り乱れております！ スマホ片手に入ってきたのは長州！「これがお前のやり方か？」とツイートするのか？ そして藤波がマイクを持って「我々は殺し合いをしているんじゃない」と叫んでおりますが、観客にとっては焼け石に水！ 怒号が飛んでおります！
「猪木君は納得できないでしょうが、恐らくノーコンテストでしょうな」
今度は、今は亡き、桜井康雄さんの声が聞こえた気がします。裁定はいったいどうやら…ノーコンテスト＝無効試合のようであります！ まったく収拾が付かない、鶴見青果市場！ かつて大阪城ホールでプロレス実況に幕引きをした古舘伊知郎の心境が、今になって、手に取るように理解できます！ どうかこれは夢のままであってもらいたい！ うーん、残念ながら放送時間が残りわずかとなりました。それではこのへんで混乱の横浜鶴見青果市場特設リングからお別れします。ごきげんようさようなら！
ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ
in横浜鶴見青果市場特設会場
アントニオ猪木 [ ノーコンテスト ] 大仁田厚
※海賊男らの乱入により
この試合、なんと音声化に成功！ 下記よりぜひお聴きください。
真夜中のハーリー＆レイス（ラジオ日本）
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