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異端を走り続けた映画人 キム・ギドク監督とは

2020年末、韓国映画界の鬼才キム・ギドクが亡くなった。『悪い男』(2001年)、『サマリア』(2004年)、『うつせみ』(2004年)など、世界的に高く評価された映画を数多く手掛けた監督だが、行き過ぎた演出の強要など、映画製作の過程でさまざまな問題も引き起こし、晩年はその輝きとは裏腹のような境遇にあったという。
彼の起こした問題は決して看過できることではないが、一方で亡くなった今だからこそ映画人としての功績にも目を向ける必要があるのではないだろうか。
キム・ギドクとはいかなる人物であったか。
どんな映画を作って何を世に問うてきたのか。
TV Bros.などでキム監督を取材した映画ライター・地畑寧子氏が、彼の足跡とともに、手掛けた映画とその情熱を今一度振り返る。

文/地畑寧子(映画ライター)

地畑寧子(ちばた・やすこ)●東京都出身。ライター。TV Bros.、劇場用パンフレット、「パーフェクト・タイムービー・ガイド」「韓国ドラマで学ぶ韓国の歴史」「中国時代劇で学ぶ中国の歴史」「韓国テレビドラマコレクション」などに寄稿。


地元韓国では、冷ややかな受け止めも

キム・ギドク監督は、2020年12月、ラトビアで新型コロナウイルスに感染し、亡くなった。まだ59歳だった。この訃報に驚き、なぜラトビアで? と思ったが、#metoo運動の広がりで過去の現場での所業の告発が続き、『人間の時間』(2018年)を最後に韓国では作品を撮れない状態になり、ラトビアという異郷を新天地にしていたためだという。地元韓国では、惜しい才能を亡くしたという声もあるものの、その死を冷ややかに受け止めている向きのほうが強いようだ。映画祭ではファンと気さくに語らい、取材時には常に温厚、懇切丁寧だったことを思い出すとなんとも解せない、やるせない思いになるが、事実は事実として受け止め、温度差として理解したいと感じている。

とはいえ、長編23作品を遺したキム・ギドク監督が、韓国映画界を代表する監督だったことは事実であり、特に欧州での評価は高く、『サマリア』(2004年)でベルリン映画祭銀熊賞、『うつせみ』(2004年)でヴェネチア映画祭銀獅子賞、『嘆きのピエタ』(2012年)では同映画祭の金獅子賞を受賞している。韓国では政策で国家の資産として芸術にも多大な予算が組まれており、その一つの組織であるKOFIC(韓国映画振興委員会)の代表も、監督の名前だけで他国に配給権が売れる映画監督の一人としてキム監督を上げていた。日本でも長編4作目の『魚と寝る女』(2000年)や7作目の『悪い男』(2001年)で火がつき、過去作の特集上映も組まれた。そして『春夏秋冬そして春』(2003年)に至っては、日本はもとよりニューヨークでもアートハウスの枠を超えた入りを記録し、鬼才キム・ギドクの名前が広がった。特に、光と闇の映像美と主演を務めた演技派のチョ・ジェヒョンの寡黙な演技が堪能できる『悪い男』と、水墨画のような圧倒的な自然美を背景に僧侶の人生を四季にわたって描いた『春夏秋冬そして春』は、キム監督の天性の画才が顕著なので、改めて見てほしい作品だ。


独学で映画を学んだ異端の存在

周知の通り、学歴社会である韓国では映画界も同様で、映画監督も有名大学の出身者が大半。さらに国家の支援で映画監督を育てる韓国映画アカデミー(『パラサイト 半地下の家族』ポン・ジュノ監督などが出身者)も備えているが、キム監督の歩みはこの時流とは相反するものだった。

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