見出し画像

『ノマドランド』『騙し絵の牙』映画星取り【2021年3月号映画コラム②】

今回は、来るアカデミー賞で特に注目の作品と、TV Bros.が身につまされたという作品。騙しているわけではないのですが、TV Bros.は“休刊”ではなくて、“不定期刊”ですからね。一応。
(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)

<今回の評者>

渡辺麻紀(映画ライター)
わたなべ・まき●大分県出身。映画ライター。雑誌やWEB、アプリ等でインタビューやレビューを掲載。押井守監督による『誰も語らなかったジブリを語ろう』『シネマの神は細部に宿る』『人生のツボ』等のインタビュー&執筆を担当した。
近況:やっとスマートフォンにしたのですが、用途は以前のガラケーとほぼ変わりがなく、まったく使いこなせてないです。ふう。
折田千鶴子(映画ライター)
おりた・ちづこ●栃木県生まれ。映画ライター、映画評論家。「TV Bros.」のほか、雑誌、ウェブ、映画パンフレットなどで映画レビュー、インタビュー記事、コラムを執筆。TV Bros.とは全くテイストの違う女性誌LEEのWeb版で「折田千鶴子のカルチャーナビ・アネックス」(https://lee.hpplus.jp/feature/193)を不定期連載中。
近況:小顔美人なのに、お腹丸々な姫ネコちゃんの体重管理に苦戦。オスネコ君は食べても太らないのに。
森直人(映画ライター)
もり・なおと●和歌山県生まれ。映画ライター、映画評論家。各種雑誌などで映画コラム、インタビュー記事を執筆。YouTubeチャンネルで配信中の、映画ファンと映画製作者による、映画ファンと映画製作者のための映画トーク番組『活弁シネマ倶楽部』ではMCを担当。
近況:『騙し絵の牙』の劇場パンフレットで吉田大八監督論とインタビュー、フィルモグラフィを担当しております。

『ノマドランド』

ノマドランド:メイン

監督・脚本/クロエ・ジャオ 原作/ジェシカ・ブルーダー 出演/フランシス・マクドーマンド デヴィッド・ストラザーン リンダ・メイほか
(2020年/アメリカ/108分)

●リーマンショックによる企業倒産の影響で米ネバダ州の住み慣れた家を失った60代の女性ファーンは、キャンピングカーでの車上生活を始める。“現代のノマド(遊牧民)”として季節労働の現場を渡り歩く日々を送る中で、現場で出会うノマドたちとの交流を通して、彼女は誇りをもって自由に生きる旅を続ける。第77回ベネチア国際映画祭金獅子賞受賞作。

3/26(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.
配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン

渡辺麻紀
オスカー本命は事実です。
オスカー大本命と言われる本作。アジア系の、しかも女性監督で、主人公も自由に生きたい女性。ポリコレ的にもOKな上に、映画のクオリティも高い。今年の賞レースに参加した作品の多くがポリコレ&コロナ状況のおかげ的な部分があるのだが、本作はそれがなくてもちゃんと闘えるということだ。よかったのは、社会からはみ出した生き方を選ぶヒロインを優しく肯定的に描いているところ。彼女が自然や大地と“会話”するシーンが抒情的で美しい。
★★★★☆

折田千鶴子
希望の終活ロードムービー
こんな生き方をする高齢者の多さに驚くし、“先生はホームレス?”という子供の問いは痛いが、社会からこぼれ落ちた元教師の、意を決した“ノマド=遊牧民”という生き方に、ある種の憧れを禁じ得ない。孤独や様々な危険とは常に隣り合わせだが、社会システムから外に出た真の自由、自然に抱かれるような生涯の閉じ方、その静かな諦念に魅せられる。アメリカのお仕事拝見映画としても興味津々。本物のノマドを本人役で起用した演出も、浮かず、物語の邪魔もせず、見事。F・マクドーマンドの佇まいが素っ晴らしい!
★★★★★

森直人
賞レースのガチガチの本命
今の時代のシンボルになり得る究極の優等生。2008年のリーマンショックに端を発する「新しい貧困」の極めて米国的な様相。F・マクドーマンド演じる主人公は、原作のルポ書籍をもとに創造した映画オリジナルの人物だが、『スリー・ビルボード』とワンセットになるような、フィクションならではの凝縮度を高めた生々しさを見せつける。中国系の新鋭クロエ・ジャオ監督は前作『ザ・ライダー』を延長させる形で西部劇とドキュメンタルな要素を混ぜ込み、グローバリズムの位相を見つめる。中産階級から荒野に放り出されたシニア白人の旅は、『怒りの葡萄』(スタインベック)と『森の生活』(ソロー)が奇妙にミックスされた自己責任のサバイバルだ。
★★★★☆

『騙し絵の牙』

新メインA(この写真からご使用ください)

監督/吉田大八 原作/塩田武士 脚本/楠野一郎 吉田大八 出演/大泉洋 松岡茉優 宮沢氷魚  池田エライザ 斎藤工 中村倫也 佐野史郎 リリー・フランキー 塚本晋也 國村隼 木村佳乃 小林聡美 佐藤浩市ほか
(2020年/アメリカ/100分)

●出版不況の中、大手出版社「薫風社」では創業一族の社長の急逝で次期社長の座をめぐって争いが起こる。さらに専務の方針で売れない雑誌は次々と廃刊の憂き目に。カルチャー誌「トリニティ」も窮地に立たされるが、変わり者の編集長・速水は新人編集者・高野とともに、生き残りをかけた奇策を講じていく。

3/26(金)全国公開
©2021「騙し絵の牙」製作委員会
配給/松竹

渡辺麻紀
原作ファンは騙される?
書籍や雑誌に携わって生きる者にとっては他人事じゃないテーマではある。カルチャー誌を再生するために編集者が知恵を絞り、情熱をもって形にしようとするところまでは熱いし興味深く観た。が、それ以降はリアリティが薄れ気味。主人公の大泉洋もどんどんはっきりしないキャラクターになってしまい、映画自体も弱くなっていった。未読の原作を調べてみたら大きく違うのでびっくり。主人公の設定も違う。なんでここまで変えたんだろう。
★★半☆☆

折田千鶴子
出版社内・生き残りゲーム
大泉洋を当て書きした原作を、当人で映画化という役者冥利に尽きる話だが、脚本の段階でそうなったのか、印象としては松岡茉優・主演作。という軽い驚きはありつつ、出版社内の文芸誌vs雑誌、それぞれの立場や矜持や状況、廃刊の危機をどう乗り越えるかなど、いくつもの山をサスペンスフル、且つテンポよく展開させていく。隅々までオールスターを配した、それぞれの味も生かされ見応えあり。業種に別なくどんな仕事も厳しい状況の今、知恵を使って“騙し”手を打つ彼らの姿は、我々に勇気をくれると同時に何とも痛快!
★★★★☆

森直人
新しい世界での文化生存論
原作を大きく改変した(ほぼオリジナル!)吉田大八監督の合法闘争的なパンク精神に、まずリスペクトを。大泉洋(『ニッポン無責任時代』などの植木等を連想する)演じるトリックスター的な主人公を軸に、出版社の企業内パワーゲームを娯楽的に扱っているように見せて、もっと大きな世界構造を描いている。例えば小さな町の本屋さんのご主人役を、インディペンデント映画界の雄である監督・塚本晋也が演じていることで、劇構造全体が映画界へのアナロジーとも読める。グローバリズムとローカリズム。大きな組織も小さな個人も「それぞれの闘い方」があるということ。奇しくも『ノマドランド』と同じくAmazonについての言及があるのが興味深い。
★★★★☆

ここから先は

0字
「TV Bros. note版」は、月額500円で最新のコンテンツ読み放題。さらに2020年5月以降の過去記事もアーカイブ配信中(※一部記事はアーカイブされない可能性があります)。独自の視点でとらえる特集はもちろん、本誌でおなじみの豪華連載陣のコラムに、テレビ・ラジオ・映画・音楽・アニメ・コミック・書籍……有名無名にかかわらず、数あるカルチャーを勝手な切り口でご紹介!

TV Bros.note版

¥500 / 月 初月無料

新規登録で初月無料!(キャリア決済を除く)】 テレビ雑誌「TV Bros.」の豪華連載陣によるコラムや様々な特集、テレビ、音楽、映画のレビ…

TV Bros.note版では毎月40以上のコラム、レビューを更新中!入会初月は無料です。(※キャリア決済は除く)