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クラフトワーク、ディーヴォ、YMOから考える”文化”としての音楽

STAY HOMEによって、図らずも十代の頃に聴いていた音楽と久々に向き合い、その音楽と成り立ちに改めて刺激を受けました。その中から、今の筆者に欠かせない3曲を紹介しつつ、音楽の“文化”について考えてみたいと思います。

文/布施雄一郎

ふせ・ゆういちろう●音楽テクニカルライター。テレビブロスではサカナクション特集などで執筆を担当。https://twitter.com/MRYF1968

音楽に関連する取材を書いてきた筆者も、ご多分に漏れず、コロナ禍の影響でパッタリと仕事がなくなってしまいました。そんな状況で何をしていたかというと、「いずれ暇になったらやるし」と長年に渡って放置し続けてきた、大量のCDや音楽データ、資料本の整理でした。

ひたすら資料を整理する日々。しかしながら、手にとったCDは聴きたくなり、「このMP3は何だっけ?」と再生しまくり、1970年代の音楽誌のページをめくって、一向に整理は進まない日々。ただそのうち、面白いことに気づきました。かつての関心事は「この先に何が起きるのか?」「どんな新しいものが生まれてくるのか?」と未来に向かっていたのが、「これはなぜ起きたのだろう?」「これはどのようにして生まれたのだろう?」と、物事の興味が過去へと向かい始めたのです。

ちょっとカッコいい言い方をすれば、「歴史を学んで未来を考える」とでも言いましょうか。いや、カッコつけ過ぎました。

とは言え、コロナで世界がどうなっていくのか、不確かな未来を推測するには、100年前のスペイン風邪パンデミックから教訓が学べるように、未来の音楽を語るには、自分が10代の頃に刺激を受けた音楽を改めて掘り返すことが重要なのではないかと、そんな気がしてきたのです。

そのタイミングで飛び込んできた訃報。エレクトロ・ロック/ポップスのパイオニアであり、現代にいたる音楽のひとつの大きな源流を生み出したクラフトワークの創設者、フローリアン・シュナイダー氏死去のニュース。これにより、その想いはより強まっていきました。

クラフトワーク/ The Robots

クラフトワークは、1970年、工業先進国であった当時の西ドイツで、ラルフ・ヒュッターとフローリアン・シュナイダーにより“マルチメディア・プロジェクト”として活動をスタートさせます。彼らは、日本でいうところの音楽大学でクラシック音楽を学んでいましたが、同時に、工学や建築にも長けており、科学と芸術のコンビネーションを目指していたのです。そこで目をつけたのが、60年代後半に誕生した先進的な電子楽器、シンセサイザー。

しかも当時のドイツは、第二次世界大戦後にイギリスとアメリカ音楽が流入し、自国文化に大きな断絶があったのです。そこで自国の音楽を生み出そうとシンセサイザーやコンピューターを駆使した結果、マシンによる機械的なリズム、シンセサイザーによるループするフレーズ、横一列に並びコンピューターを操作するというライブ・パフォーマンス(サカナクションのラップトップ・スタイルでの演奏は、もちろんクラフトワークへのオマージュ)であり、まさに現代の世界中のポピュラー音楽に継承され、発展し続ける“文化”となりました。

そのクラフトワーク初のヒット作『アウトバーン』を完成させた同時期、アメリカの工業都市オハイオ州アクロンからディーヴォが登場します。

ディーヴォ/ [I Can't Get No] Satisfaction

ディーヴォのキー・パーソン、マーク・マザーズボウが美大生の頃に体験したのが、ベトナム戦争に対する反戦運動の激化、そして学生運動の完全鎮圧化。その後、アメリカで急速に広がっていった商業ロックや人々のお気楽主義、そしてそれまでの文化の喪失。そこに強烈な違和感を持ち、その状況を「退化論(De-Evolution)」という最大級の皮肉とユーモアをもって、音楽やパフォーマンスによって体現し、当たり前と思っている習慣を破壊することで唯一無二の存在となりました。

この2バンドを取り上げたのなら、もうひとつ、絶対に語らなくてはいけないバンドがあります。1978年に登場した日本発のテクノポップ・バンド、YMOです。

YMO/ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー

細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一という、突出した音楽的センスと演奏力、そしてユーモアを持ち合わせた3人によって結成されたバンドであり、今となっては、「天才3人が好きな音楽を自由に追求していったバンド」と思われるかもしれません。しかし実際は、バンドの構想を練り上げた細野が、メンバーの選定に数年の時間をかけ、バンドのコンセプトとグローバルでの活動という基軸を緻密に考え抜いて結成し、そして実現したバンドなのです。

しかもYMOは、音楽のみならず、ファッションやアート、文学、メディアとさまざまなカルチャーを巻き込んで“YMO現象”を巻き起こしました。そのため、単に演奏スタイルや音楽的な要素を真似ただけではYMOフォロワーとは成りえず、よくも悪くも、孤高の存在となってしまったのです(結果、YMOの“散開”によって、日本を席巻していたテクノポップ・ブームも急速にしぼんでいきました)。

そのYMOの作品で注目したいのが、「ライディーン」や「テクノポリス」というヒット曲が収録されたセカンド・アルバムのタイトル曲でもある「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」です。

数年前、ピコ太郎「PPAP」のマッシュアップ動画がSNSでバズったので、そこで知ったという人もいるかもしれません。この曲は、1980年代のイギリス・ニュー・ウェイヴ感あふれるポップさを隠れ蓑としながら、毒々しさのあるサウンドに、当時の東京の病んだ空気感を閉じ込めています。

そしてエンディングで聴こえるトランシーバーのような声や咳の音は、当時、世界がその危険に直面していた核戦争によって迎えた地球最後の日の放送をイメージして入れたものだといわれています。そう思って聴くと、確かに「これが最後の放送です」といっているように聴こえます。そして、その不気味さは、現在のコロナ危機ともどこか重なって聴こえるのは気のせいでしょうか。

なお、「ソリッド・ステイト」とは、アナログ時代の真空管回路に対して、トランジスタなどICパーツを用いた電子回路のことを表す用語。今の時代だとピンとこないでしょうが、この作品がリリースされた1979年は、家電製品から物事の思考まで、あらゆるものがアナログからデジタルへと変わっていきました。そうした時代の荒波をサヴァイヴする人、という意味であり、今でいうなら、まさに「コロナ・サヴァイヴァー」「リモート・サヴァイヴァー」といったところかもしれません。

まあ、これは半分冗談だとしても、1980年代にキラキラとした輝きをもって鳴り響いていた音楽にも、ちゃんとYMOはその時代を切り取っており、だからこそ、40年経った今でも色あせることなく、YMOは文化に成りえたのです。

つまり、クラフトワークもディーヴォも、そしてYMOも、単に音楽だけを作っていたのではなく、新しい文化を生み出すための活動でもあったのです。

コロナ禍によって、(音楽に限らず)文化・芸術を軽視する日本という国の姿勢があまりに露骨に浮き彫りとなってしまいました。これは仕方ないことなのか、そうでないのか。少なくとも音楽に関わる人間として、今の時代をサヴァイヴしていくために、文化とは何かを考え直し、改めて音楽の歴史に学ぼうと思う、今日この頃です。

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