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ブロマンスとしての『梨泰院クラス』を読み解く

新型コロナの自粛期間にNetflixを通じて韓国ドラマを見る人が増え、日本に第三次韓流ドラマブームが来ているといわれている。その中心となったのは『愛の不時着』と『梨泰院クラス』だろう。今回はあまり語られてこなかった『梨泰院クラス』のブロマンス(男性同士の親密で精神的な結びつきや繋がりを表す)としての面白さという視点からのコラムをお送りします。

文/西森路代

にしもり・みちよ●ライター。朝日新聞「テレビのおとも」、ハフポスト「フィクションは語りかける」、CREA WEB「あの頃、君をおっかけた」連載中。ほかにユリイカ、マイナビニュース、GALAC、リアルサウンド、現代ビジネス、朝日新聞&M、CINRAなどで執筆。

日本でも大ヒットし、いまやテレビや雑誌でも大特集されている『梨泰院クラス』(イテウォンクラス)。この作品は、韓国の中でも今一番ホットな街、梨泰院の空気感が映像に醸し出されていたり、そこで働いたり遊んだりしている若者たちや、世界各国から集まった様々な人々の生き生きした姿もドラマの中に描かれ、話題となっている。

また、普段韓流ドラマに馴染みがない世代や、それほどドラマを観ない男性がハマったという話や、日本のドラマ『半沢直樹』を思い出したという声をよく聞く。もっとも、復讐と成り上がりの物語は、韓国でもヒットの定番で、これまでにも数多く作られてきたが、そんなオーソドックスな韓流ドラマの要素に、ファッショナブルで自由奔放なチョ・イソや、真面目でどこか開放的でないけれど、芯の強いオ・スアという二人の現代的な女性キャラクターの要素なども加えられ、いろんな面を持っていると感じさせる作品であった。

なによりも筆者が終盤、夢中になったのは、主人公のパク・セロイと大手飲食店グループ長家の創業者・チャン会長の、単に復讐だけで繋がっているのではないと思わせる、濃密な関係性の部分だった。

セロイとチャン会長の関係は、セロイの高校時代に始まる。チャン会長の長男で、御曹司のチャン・グンウォンがある同級生をいじめていたのを見たセロイはグンウォンを殴り高校を中退。それだけではなく、父がグンウォンの起こした交通事故の被害者となり、また加害者であるグンウォンが身代わりの犯人を立てようとしていたことからセロイは暴行事件を起こし、少年院に入ることに。

このときからセロイは、グンウォンとチャン会長への復讐を誓い、生きていくのだった。

セロイは仲間を見つけ、梨泰院に居酒屋「タンバム」を開店。徐々にチャン会長に迫るまでが描かれるのだが、10話を過ぎたあたりから、ぐっとセロイと会長の関係性が濃くなっていくのを感じた。

セロイは、復讐を誓いながらも、チャン会長の手腕は認めており、敵にとって不足はないからこそ執着し続けてこれたのである。また、チャン会長も、そんなセロイのことをやはり認めていて、だからこそ、執拗に「土下座」をしてもらうことに賭けてもいる。

その2人の間には、最初にトラブルを起こした会長の息子であり、セロイにとっては同級生であるグンウォンもいるのだが、ある意味、グンウォンは蚊帳の外という感じもあり、これとは反対に、会長とセロイの間には、親と子以上の濃密なものが確かに存在しているように思える。だからこそ、グンウォンが2人の関係性に嫉妬しているような描写もある。

(ここからネタバレ含みます)


セロイとチャン会長の、深い繋がりのある感情がわかるのが、チャン会長が病気になったときのこと。事実を伝えられたセロイと、憎んでいるからという理由からではあるが、会長に「生きて自分の宿敵であり続けてほしい」ということを望んでいるセロイの気持ちに気づいた会長のなんとも言えない表情が忘れられない。2人の間には、多くの言葉がなくても通じ合ってしまうものがあったし、そのことをパク・ソジュンとユ・ジェミョンが演技で強く感じさせてくれる。

また、チャン会長は、病気が見つかってからは、セロイに対してフェアであろうとしていた。だから、汚い手を使ってセロイを貶めようとすることはなかったし、たとえセロイに誤解されていたとしても、自分がフェアであることをあえて言おうとしない。そこが余計にぐっとくる。

やがて、会長が求めていた「土下座」をセロイがするときがくる。そのときの会長はどんな気持ちなのか、またセロイが逆転し会長を追い込んだときに見えたものはどんな景色なんだろうと考えるが、なんとも言えない寂しい気持ちがあったのではないかとも思える。そんな風に考えると、このドラマが、単に「復讐」の物語ではない、男同士の強い「情」と、「継承」の物語に見えるのだった。

もちろん、これは終盤のセロイと会長の部分のみに強く心を打たれた私が、その部分だけを抽出して書いた感想であり、実際には、セロイは自分の恋愛感情に向き合い、そのことで成長する場面も描かれてはいる。
しかし、この作品が2時間の映画であれば、セロイと会長のノワールであり、ブロマンス作品にもなりえたのではないかと思えるのだ。あまり、こうした視点で語られた文章を見なかっただけに、あえてこの視点からの感想も記しておきたかった。

個人的に、悪役や脇役に注目してみることの多い自分にとっては、チャン会長役のユ・ジェミョンにもっていかれた。今年9月に日本で公開予定の映画『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』にも出演しているとのことで、こちらも注目したい。


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