【1月号 天久聖一 連載】ガリガリ君当たり棒偽造事件をノベライズする『ノベライズジャパン』
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ガリガリ君当たり棒偽造事件をノベライズする
外は雪が降っている。窓ガラスに、結露が滴になって垂れている。
『バイキング』司会の坂上忍の声が、政府のコロナ対策を批判している。
いま、目の前のコタツの上には、ガリガリ君の当たり棒が並んでいる。
すべて私が偽造したものだ。
これから、この当たり棒を1本ずつ別の封筒に入れ、赤城乳業に送る。
当たり棒は期間限定の超レアなポケモンカードに交換され、送り返されるだろう。
ネットオークションに出せば、一枚数万はくだらないはずだ。
計画がうまくいけば、私はまとまった金を手に入れることができる。
これが犯罪に類することだとは分かっている。
ガリガリ君は子どもの頃大好きだったアイスで、だから偽の当たり棒づくりには精魂を込めた。
パソコンの画像編集ソフトで当たり棒を忠実に再現し、それをレーザーカッター機に読み込み、ハズレ棒に印字した。
レーザーで焼いた文字は本物に比べるとクッキリと出てしまうため、表面を摩滅し、文字の焦げ目も適度に削った。
ただそれでは棒全体がきれいになってしまうので、二日間水に浸し天日干しした。
仕上がりには満足している。我ながら本物と見分けがつかない。
三年前、東京の仕事を辞め、東北にある妻の実家に移った。
義父の紹介で地元の建築会社に事務として入ったが、その会社が潰れてしまった。
以来部屋に籠もり、ネット転売で稼いだいくばくかの金を家計に入れている。
妻の両親は自分たちの紹介した会社が潰れたことに責任を感じているのか、私に対しては何も言わない。
どころか、ネットで小遣いを稼ぐ私に「さすが東京の人は違うね」と、遠慮がちなお世辞を口にするくらいだ。
勤めに出ている妻とは朝夕に挨拶を交わす程度、中学生の娘とはこの数カ月会話はない。
優遇された居候生活は満更でもないが、生きている実感はない。
偽の当たり棒が入った封筒の束を抱えて、私は裏口から家を出た。
30メートルほど先の角を曲がったところに、雪を高く被った郵便ポストがあった。
投入口の厚みに合わせて、三回に分けて封筒を入れた。底でガサリと音がした。
ポストに向かって、私は手を合わせた。
どうか、どうか───気付かれませんように。
一週間後、私は逮捕された。
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