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「きっと、進み続けていきましょうね」という約束――『Dr.STONE』連載完結記念レビュー【戸田真琴 2022年3月号連載】『肯定のフィロソフィー』
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「きっと、進み続けていきましょうね」という約束――『Dr.STONE』連載完結記念レビュー【戸田真琴 2022年3月号連載】『肯定のフィロソフィー』

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『Dr.STONE』のないジャンプを読み終えた。サビのない歌みたいだ。5年にわたる連載をあの密度で駆け抜けた両先生にはもうこれからしばらく、自分を労ってしこたま休んで欲しい。しかし一読者としては、もう『Dr.STONE』の最新話が読めないのが如何せん寂しすぎる。おかしいことに、周りに『Dr.STONE』を読んでいる友達はほとんどおらず、リアルタイムでこの悲しみをなかなか共有するに至らない。話す相手もいないのでTV Bros. WEB読者のみなさんに話そうと思う。この漫画が始まりからおわりまで真に新しく正しく丁寧で優しく志高い完璧な少年漫画であったこと、もっと世界中に祝福されて然るべきことだ。『Dr.STONE』がドラマだったら最高視聴率30%は叩き出しているべきだし、YouTube生配信なら1億円スパチャが集まらないといけない。当然コミックスは10億部売れるべきだし、全世界の子供たちの必修科目にして欲しい。これは革命だったのだ。最大限の敬意を込めて愛を語ろうと思う。

 物語のあらすじはこうである。ある日、全世界に謎の光線がふりそそぎ、すべての人類が石になってしまった。それから3700年が過ぎ、文明も滅びきってリセットされた地球上で、主人公である石神千空がひとり目覚める。身体を覆っていた石が頭頂部から割れ、光線を浴びる直前のあの頃のままの姿で、改めて世界に対峙することになるのだ。千空は化学ギークの高校生で、知的好奇心と向上心に満ち溢れ、冷静で達観した性質もある優れた知性をもつ少年だった。ひとり長い時間をかけて仮説と検証をくりかえし、人類の石化を解く「復活液」を作ることからはじまり、人々を徐々に復活させながら化学知識で文明をクラフトしていく。魔力や特殊能力は出てこない、化学を駆使したクラフトアドベンチャーが幕を開けた。原作は『アイシールド21』『トリリオンゲーム』の稲垣理一郎先生、作画は劇画調の超美麗作画でありながら週刊2作品同時連載もこなすBoichi先生という神×神のタッグ。作品はアニメ化や企業コラボなどさまざまなアプローチから人気を博し、海外人気も根強い。一度聞いたら忘れられない設定に、少年誌の枠を越えそうなレベルの美麗で色気のある作画が化学反応し、異常なまでのクオリティで物語を紡ぎ続けていた。私はもともと理系科目がてんで出来ず、理系にすすむ人たちに憧れがあったため、「化学で世界を救う」という設定を聞いてすぐにコミックスを読み始め、物語中盤からはずっとリアルタイムで追っていた。

 この世には素晴らしい漫画が山ほどあり、私はその中でもひときわ少年漫画というジャンルが好きである。これからの未来をつくっていく子供たちの感性に無限の影響を与えることができる非常に重要なジャンルであると同時に、自分自身の個人的な体験としても、自我の形成されるかされないかのあわいに居る段階で、かなりの離郷を受けているからである。小学生の頃一番よく読み込んでいた漫画の主人公が毎朝ゴミ拾いをしていたから私はゴミ拾いをしながら学校に行く子供になったので、もしも『Dr.STONE』がその頃連載していたら、私は化学をもっと本気で学んだかもしれない。それほどまでにこの作品で描かれる「化学」は魅力的に映る。物語は「文明がすべて滅びたあと」の世界から始まるにもかかわらず、千空の知識を中心として序盤時点でかなりのスピードで歩みをすすめる。「ラーメン」「水車」「金の槍」などの原始的な発明から、「電球」「電波」「通信機器」などの、自然界にあるものを変換して暮らしを便利にするものたちの発明、そして「風邪薬」などの、人が負った病気や元来背負わされたリスクを軽減するものまでつくりだし、人々を驚かせていく。序盤の白眉となるのは、「メガネ」をクラフトしたシーンだ。千空はおとずれた村の中で、いつもスイカの皮に小さな穴をあけたものをかぶっている少女に出会う。彼女はその皮を外すとなにも見えなくなり目をしょぼしょぼに細めなければいけなくなってしまうため、いつもスイカの皮をかぶらなければならなかった。その原因を察した千空は、ガラスからメガネレンズをつくって渡す。視力が弱く、そのこと自体にも気づかずにいた少女が、化学の進歩によって、はじめて鮮明なひまわり畑を目にして涙を流す。そこには科学が進歩していくことの根源的な喜びと価値がシンプルに詰まっていた。初めて眼鏡をかける場所をわざわざひまわり畑にする千空の粋さと、見開きの美しい作画も含め、幸福な眩さに満ちたワンシーンとなっていた。

 気球をクラフトして空を飛び、初めて世界の様相を俯瞰で把握し地図をつくっていく喜びも、鏡やカメラをつくって初めて自分を客観視していく驚きも、エンジンをクラフトして車をつくり、これまで困難だった道のりを、年配の人々ものせて駆け抜けられるようになった喜びも毎話スピーディーに、しかし至極丁寧に描かれていく。化学によって進歩することは、視点を増やし世界の捉え方をより豊かにしていくこととして、まっすぐに描かれていく。
 少年漫画における物語の盛り上がりの部分というのは、痛みの伴うシーンが多かった。主人公や仲間の心身に傷がつき、そこから反撃なり再生なり正義をつらぬくために戦いが始まる。いわば、だれかの心身ダメージにより、ゲージがマイナスになった状態からの反発を盛り上がりのシーンに設定していることが多い。とくに現在大ヒットを飛ばしている少年漫画の傾向はよりリアリティのある苦痛、ファンタジーのレベルを出る厳しい苦しみを描くものが多く、それが共感され広がっていくのも理解している。しかし、『Dr.STONE』は正真正銘ゼロからプラス1、プラス2……と一段ずつステップを上がっていく物語だ。人々が、弱さや卑怯さによって不用意に傷つけられ、そこから再生する様を描くのではなく、ただ進歩していく物語。そのためなのか、大前提として登場人物ひとりひとりの志が高い。心根の腐っている人間がほぼ出てこない、皆の目に知性と好奇心が宿っている。あまりにみんながきれいなせいで、おのずと読者の共感をもとめる描写が少なくなるが、それは裏返すと「世界がよりよく進歩していくためには、個人が尊重されて志を高く持てる精神状態にあること」が前提として重要なのだということがわかる。
 
『Dr.STONE』が化学によって世界が一から進歩していく様を描くことを通して読者に示すのは、ごくプリミティヴな“よりよい生き方”へのシンプルなアドバイスにも聞こえる。科学は魔法ではなく、たくさんの人のアイデアと検証の繰り返しの結果であり、今失敗しても一歩一歩楔を打ち続ければゆっくりでも着実に進んでいくことができること。化学は限られた人間が使う超能力ではなく、聖人君子でも犯罪者でも誰であっても実行することが可能で、主体によって結果が変わることはない、誰もが再現可能なフォーミュラであること。物語で描かれる戦い――VS武力やVS支配の戦いは、「より進歩を望んだ」者たちの手によって決着がついたこと。そして、物語終盤では主人公サイドよりも進んだ化学によって兵器がつくられ、それらと対峙することになるが、それは物語のキーである石化装置(人体を一度石化することによって身体を修復し、使い方によっては死をも乗り越えさせる)の使用と革新的なアイデアによって勝利したこと。これは物語全体の中でも異質な解決策で、化学を支配欲とともに悪しきものとしての業を携えながら扱うものに対しては、大抵の場合待ち受けるのは多くの犠牲・死である。これは漫画なので、不老不死の装置によって皆が生きながらえたけれど、逆にいうとそれは、死を超える装置がなければ、兵器による侵略は抵抗が不可能だということになる。それほどまでに不条理なことなのだ。『Dr.STONE』世界の優しく進歩的な設定は、現実世界が現在もぶつかっている大きな壁が、人類の退化を促すあまりに野蛮で幼稚なことだという絶望さえも浮き彫りにする。そして、物語のラスボスに当たる相手と対峙するクライマックスでは、この物語全体をつらぬくテーマを改めて垣間見る、すばらしい“戦い”が行われる。少年漫画としての盛り上がりや、引き伸ばしが可能な方法を取らずに、作者はこの方式を選んだのか、と思うだけで、新鮮で懐かしい感動が押し寄せる。

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