見出し画像

次代の中心となるべき存在が胎動する瞬間まで拾い上げる、『伝統芸能の革命児たち』に記録された革命の「動き」

画像1
九龍ジョー『伝統芸能の革命児たち』(文藝春秋)

感性が若いうちに伝統芸能に触れた著者は
回顧趣味にならず、保守的な美学にすがらない


書評:サンキュータツオ

 たとえば私たちが戦国時代を扱ったドラマを観るとき「今回の大河の信長は、キレるイケメンというよりは、かなり人間的な苦悩を持った人物として描いているな」とか、あるいは「家康と信長の関係って、敵対しているというより兄弟みたいだな」とか、これまで観てきたもののイメージがどれだけ変化したという差分を味わうはずだ。ドラマでなくとも、たとえばオムライスを食べ歩くにしても「この店は卵に一工夫してあるな」「ケチャップが自家製かも」と、やはりその違いを楽しむ。こういった作業を、伝統芸能を見守り続けている人たちもしている。「あの名店が新しいメニューを出したらしい」といえば、好む好まざるにかかわらず食べに行く人がいるように、長い間あるジャンルを観察し続けることで「新しい動き」に敏感になる。九龍ジョーさんは伝統芸能の世界をこのように定点観測しながら、時代を象徴する存在や、時代を駆け抜けるスターを発見する、非常に稀有な存在だ。だからこそぜひ追いかけてほしい。前提となる知識も文脈も、まずはこの一冊あれば大丈夫だ。

 どうしてもこの世界は「どれだけの量を見聞きし、なにを知っているか」というマッチョ主義が観客にはびこり、その先に「昔は良かった、いまの若手も悪くないけどもう少し」みたいな目線になりがちだ。しかし、40代の九龍さんは若い頃から歌舞伎、能、狂言、落語、講談、浪曲、新派にストリップにまで手を伸ばし定点観測を続け、それでいて回顧趣味にはならない。感性が若いうちにこうした芸能に触れた著者は決して保守的な美学にすがらない。スタートが読者のみなさんとおなじように「いろいろなエンタメがある時代」に育っているというのもあるかもしれない。テレビもいい、本もいい、お笑いも演劇も楽しい、それと同時に歌舞伎や能や落語も観る。

 現在まで残っていて、上演されている伝統芸能が<歴史の時代区分を超えるということは、社会構造や生活様式などの変化に対応し、その波を乗り越えてきたということ>(はじめに)だといい、伝統芸能という四文字のなかにすでに「革命」(=イノベーション)という要素が決定づけられていると喝破する。そして目を凝らすとその「革命」ないし「革命児」の動きが捉えられるという。この本がまさにそうした「動き」を切り取った。だからこの本は間口が広い。どのジャンルに詳しくなくても、歴史的な意味や、そのなかでだれがどういう試みをし、なにが特筆すべきだったのかがわかる。現在を語ることは、同時に歴史を語ることであることを著者はだれよりも知っているのだ。現在を知ることは現場に行かないとわからない。だから常にナマモノに目を光らせている。

 最初のページを開けばいきなり「ワンピース歌舞伎」の話だ。歌舞伎通でも評価が分かれるであろうこの話題を、読者は実際にその場に居合わせたかのように追体験し、不安に思い、最終的に明るい未来に想いを馳せる。

 演芸ならば一之輔や神田伯山はいうに及ばず、吉笑、鯉八、昇々、太福(浪曲)といった、さらに次代の中心となるべき存在が胎動する瞬間まで拾い上げる。つまり、鮮度がとても良い。

 以前、九龍さんとお話した際に「古典とはZIPファイルだ」と言っていたのを記憶している。成立したその時代の背景も含めて作品というファイルにしてZIP形式で圧縮しているというのだ。これでは解凍ソフトがないとわからないものもある。必ずしもすべての芸能がガチガチの「古典」というわけではないが、しっかり解凍してくれる見巧者がいれば、ひとりで味わうより芸の味は格別だ。

 観客も文化、そう思わせてくれる筆力と観察眼に感服した。


サンキュータツオ ● 1976年生まれ、東京都出身。漫才コンビ「米粒写経」として活動。学者芸人として、一橋大学や成城大学、早稲田大学での非常勤講師のほか、『広辞苑』第七版ではサブカルチャー分野の執筆を担当。専門は日本語学文体論。渋谷ユーロスペースにて毎月開催の “初心者でも安心して楽しめる”落語会「渋谷らくご」のキュレーターを務める。著書『ヘンな論文』『もっとヘンな論文』『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』(いずれも角川文庫)、『これやこの』(KADOKAWA)。TBSラジオ『東京ポッド許可局』にレギュラー出演中。


【書籍情報】
九龍ジョー(著)
『伝統芸能の革命児たち』
文藝春秋
1,500円+税

画像1

十三代目市川團十郎白猿襲名を控える市川海老蔵、講談界に旋風を巻き起こした神田伯山(元松之丞)に象徴されるように、いま熱い盛り上がりを見せる伝統芸能の世界。その最前線を見続けてきた九龍ジョーが、歌舞伎・文楽・能・狂言・落語・講談・浪曲・新派・ストリップと、各分野ごとの注目すべきスターたちを紹介する評論集。

ここから先は

0字
「TV Bros. note版」は、月額500円で最新のコンテンツ読み放題。さらに2020年5月以降の過去記事もアーカイブ配信中(※一部記事はアーカイブされない可能性があります)。独自の視点でとらえる特集はもちろん、本誌でおなじみの豪華連載陣のコラムに、テレビ・ラジオ・映画・音楽・アニメ・コミック・書籍……有名無名にかかわらず、数あるカルチャーを勝手な切り口でご紹介!

TV Bros.note版

¥500 / 月 初月無料

新規登録で初月無料!(キャリア決済を除く)】 テレビ雑誌「TV Bros.」の豪華連載陣によるコラムや様々な特集、テレビ、音楽、映画のレビ…

TV Bros.note版では毎月40以上のコラム、レビューを更新中!入会初月は無料です。(※キャリア決済は除く)