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ビル・ゲイツが教えてくれる気候変動版「ファクトフルネス」(植田かもめ)

植田かもめの「いま世界にいる本たち」第35回
"How to Avoid a Climate Disaster: The Solutions We Have and the Breakthroughs We Need"(気候危機を回避する方法:解決策と必要なブレイクスルー)
by Bill Gates(ビル・ゲイツ)2021年2月発売

本書"How to Avoid a Climate Disaster"は、地球温暖化の影響を考えるための入門書として最適の一冊だ。

ビル・ゲイツが、地球温暖化がそもそもなぜ問題であるか、悪影響を抑えるために何をすべきかを平易に説く。豊富なデータを使った「ファクトベース」の解説は、ゲイツの友人であり本書でも名前を出している故ハンス・ロスリング『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』の気候変動版ケーススタディとも言える。データを列挙するだけでなく「そのデータにどのような意味があるのか」を伝えようとしているからだ。

「平均気温が上がる」だけで起こるこれだけの変化

たとえば「何もしなければあと数十年で平均気温が1.5度〜3度上昇する」と聞いたとき、この「1.5度」をどう評価すればよいのだろうか。

ゲイツは、気候変動においては「少しの差が多くの違いを生む」(a little is a lot)と語る。地球が前回の氷河期だったとき、平均気温は現在よりも6度低いだけだった。恐竜がいた時代の平均気温は現在より4度高く、北極圏にワニが生息していた。

産業革命の頃から現在までの約150年で、平均気温が少なくとも1度は上昇している。この先、平均気温が1.5度上昇するか2度上昇するかは小さな違いに聞こえるかもしれないが、この0.5度の違いで、干ばつや洪水などの被害が発生するリスクは倍になるとゲイツは語る。

510億トンをゼロにできるか

そして、気候変動を抑えるには、CO2を中心とした温室効果ガスの排出量削減が必要だ。では、どの程度の削減が必要なのだろう。本書は、現在地と目指すべきゴールを設定する。

世界全体の温室効果ガス排出量は、現在のところ年間およそ510億トン。そして目標は、2050年にこれを実質ゼロにして「カーボンニュートラル」を実現することだ。日本を含む多くの国が表明している目標でもある。

なぜ「ゼロ」を目指す必要があるのだろう。たとえ温室効果ガスの排出量を50%削減できたとしても、気温上昇のペースを遅らせるだけで、止めることはできないからだ。

では、この目標はどれだけ困難な目標だろうか。実は、たとえガソリン車をすべて電気自動車に変えて、発電の電源構成をすべて再生可能エネルギーに変えても、この目標を達成できない。石油や石炭を中心とした化石燃料は、我々の生活のあまりにも多くの分野で使われているからだ。1ガロンの石油は、同じ量のソフトドリンクよりも安い。コンクリートも、石油を使って作られる。ゲイツは、CO2排出量の問題が自動車と発電だけで語られることに対して「ではセメントはどうするのか?」(What's your plan for cement?)と警鐘を鳴らす。そして、510億トンの排出量の内訳を次の5つの活動に分類して表現する。

・モノを作る(セメント、鉄鋼、プラスチック)31%
・電源を得る(電気)27%
・モノを育てる(農場、動物)19%
・移動をする(飛行機、トラック、貨物船)16%
・冷暖房を保つ(冷房、暖房、冷蔵)7%

もし本当に510億トンをゼロにするならば、これら全ての活動を化石燃料に依存しない新しいものに置き換えなければならない。だからゲイツは、気候変動に対する解決策や新しい技術を考えるときには「510億トンのうちの何パーセントを削減しようとしているのか」に注意すべきだと説く。彼が出資するファンドであるブレイクスルーエナジーは、最低でも5億トン(全体の約1%)の温室効果ガス削減効果が見込まれる技術にだけ投資をするという。

目先のCO2削減量にこだわり過ぎてはいけない理由

さて、言うまでもなく2050年は遠い未来だ。そこに至るまで、たとえば10年後の2030年までに、できるだけ排出量の削減を目指すべきと考えるのが普通かもしれない。しかし、ゲイツは本書で「2030年までに温室効果ガスの排出量をできるだけ削減する」という目標の立て方には注意が必要だと語る。

なぜか。逆説的であるが、間違ったやり方で2030年までに温室効果ガスの削減を目指してしまうと、「2050年にゼロにする」という目標の達成がむしろ遠ざかってしまう可能性があるからだ。

ゲイツは次のような例を出す。もしも「2030年までの削減」が目標であるならば、石炭火力発電所を天然ガスの火力発電所に変えることは、CO2を一定量削減できるため、評価されるべきだ。けれども、現在から2030年までに新設される天然ガス火力発電所は、建設費用を回収するために2050年以降も稼働し続ける可能性が高い。目標が「2050年にゼロにする」であるならば、石炭を天然ガスに切り替えるために、多くの時間とお金を使うべきではない。

この視点に立つならば、ある国が直近の数年でどの程度CO2の排出量を削減したかを単純に評価しても意味が無い、とゲイツは語る。それよりも、将来の技術革新に向けてどの程度投資を行っているか、2050年に向けてどのような構想を立てているかを評価すべきだ。「2050年にゼロにする」という目標は、今やっている取り組みを直線的に継続しても達成できず、非連続的な技術革新が無いかぎり達成できないからだ。

これは、気候変動の問題以外にも応用できる、とても重要な考え方ではないだろうか。つまり、長期的な高くて遠いゴールを達成するためには、短期的な評価がむしろジャマになる場合があるのだ。たとえば空を飛ぶことがゴールならば飛行機を作ればよいが、月に行きたいのならば飛行機ではなくロケットを作らなければならない。飛行機を作るために投資した時間とお金は、どんなに評価されても無駄になってしまうのだ。

ビル・ゲイツ著"How to Avoid a Climate Disaster"は2021年2月に発売された一冊。人類にとって月に行くよりもおそらく難しい「温室効果ガス排出量ゼロ」をどう実現するかを考えるための本である。

執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。ツイッターはこちら

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