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烏の巣

黒の国には二人の糸が結ばれている。裏社会の当主、呪いをかけられた少年。当主、ピーターは最強になるためにある秘宝を探していた。そこへ病弱な少し年上の少年アタが現れ二人の運命はとても絡み合っていく。ある日彼らがそれに気づいた時、吉とでるか、凶とでるか。誰もわからない。二人の生い立ち。過去。昔からの言い伝え。我々はついに時代に終止符をうち新たな人物を向かい入れる。
もし、あなたの周りの人とあなたがずっと前から繋がっていたら。もし弱く若い存在が我々の想像をこえたら。現代社会でも若者が台頭し、声をあげている。外見や生い立ちをこえ二人の少年が出会う時。それはまさしく世界が変わる時だ。烏の羽を背に、闇の帝王ピーター・サロンが空を優雅に飛ぶだろう。

「『黒の国には大きなカラスが住んでいる。』
 誰もが聞いたことのある逸話ではないだろうか。」
講義室に胡散臭い老人の声が響き渡る。大半の生徒は夢の国に行っているが老人は気づいていないらしく、
「その正体をしっておるものは?」と質問を飛ばす。当然返事はない。
「諸君ら、全く学びがなっていない。いいかよく聞け、忘れるでないぞ。その正体は、、!」大半の生徒がこの、老人とは思えぬ声量に夢の世界を強制的に脱出した。
「ピーター・サロン!!」
全ての生徒の目が見開かれた。そう。知らぬ人はいない。黒の国を代々牛耳る裏の組織『ピーター・サロン一族』と聞けば100人中100人が知っていると頷くだろう。
「どうしてそう言えるのでしょうか!」
久々の生徒からの質問に老人が満足そうに頷く。
「ピーター・サロン一族は生まれながらにして大きなコウモリのそれに似た翼を持っておる。しかし裏の組織。いにしえのものはそんな一族のことなど知らず大きなカラスだと思ったんじゃよ。」
「現代のピーター・サロンというと‥。」
「うむ、第38代ピーター・サロンが有名じゃな。普段はユニコーンなどと言って表舞台に出るめずらしい当主じゃ。」
「なぜめずらしいのでしょうか?」
生徒は疑問を投げかける。
「言ったとおりあの者ら一族は裏の人間じゃ。分家はともかく本家のしかも当主が表舞台に顔を出すのはここ100年で報告されておるのは奴だけじゃ。」「はあ。」
その声に突然老人が騒ぎ出す。
「これは歴史的に見ても稀で奴らからしてみても稀じゃ。今に見ておれ。そのうち分家は筆頭のサヤカを本家は奴を立てて一族内で争うぞ!!そしたら世紀の魔法戦争じゃ!!!」
目をかっと見開き老人はありったけのエネルギーと声で叫んだ。

「申し訳ございません。」
謝罪がなされているのは一面大理石の高級な部屋。天井はドーム型になっており、窓は高いところに1箇所。
「わかったのならもういい。下がれ。」
リンとした少年の声がこだまする。声からして年齢は15・16あたりだろうか。一方謝罪していたものは少年より少し大人びた19歳の少女。分家筆頭のサヤカ、まさにそれである。そんな者が謝罪をする相手は、、?そう、当主だ。ツンとした鼻。くっきり二重の目。最近切ったと思われる銀髪は濡れている。長いまつ毛がゆっくりと動きサヤカを見据えた。バスローブ姿でじっと見つめるこの少年こそ第38代ピーター・サロンである。
「せっかくの風呂上がりのアイスが台無しだった。」
彼女の背中を見据えながらピーターはぼやいた。
「分家の動向を今しばらく探れ。」
影から男が出てくると無言でおじきをし下がっていった。
「ふん。あいつの方が使えるぞ、サヤカ。」

 ぎゅっと握った拳が震えている。あの小僧はいささか分家を舐めていらっしゃる。
「今は猫の皮をかぶって、力を貯めるときぞ。」
「はっ。」
その会話を影から男が聞いていた。
 「もう、反抗か。今謝罪したばっかだったというのに。」
そう言いながらもピーターはどこか楽しそうだ。裏庭に行くと丁度ピンクのバラが見頃だった。ピーターはありったけのバラを集めると花だけ切り落とし茎だけ花瓶にさした。どこかでみたこの光景は幼い頃ピーターの母が映画の影響でよくやっていた行為だった。落ちた花は母は風呂のバスタブの中に溜めていたがピーターの場合は実験用に使う。この少年の趣味は毒薬作りである。幼い頃からの夢は毒薬の本を出版することであった。薔薇の花を引きちぎると色々な薬品を垂らしていき、火にかける。ここまでの行為はもちろん独学で習得した。発火する花を見ても何も思わないし感じない。本人にとって当たり前の行動であるからだ。青く透明に光る月光が少年の顔を照らす。そしてふと顔を上げると思い出したように眠りについた。少年はこの光の中で眠るのが好きであった。だから邪魔が入るのを物凄くきらう。
「失礼いたします。」    
「失礼いたしました。」扉は静かにしまった。静かに腹を上下させてはいるが少年の腹の中では人が1人死んでいた。

翌朝
 「言ったはずだ!もうこんな不様な思いはしないと!!」
珍しく館に主人の荒がった声が響いた。
「そもそも、分家の奴らに私が情けをかける理由などない!」
「そうおっしゃいますな。先代もやっていらっしゃった事です!」
「ケントにはわかるまい!この屈辱がな!!!」
「ええ、わかりませぬ!」
「このっっ!」
なぜ揉めているかと言うと、、、。

1時間前・手紙が届いたところまでさかのぼります。

『ピーター様におかれましては分家のメアル一家での嫡男ご誕生パーティーに出席していただきたく存じます。日時は今日10:10分。』
「なんだそれは。もうとっくに過ぎた時間帯のパーティーだな。」
空気一瞬で凍るような氷点下ー0度のお言葉。
(分家のパーティーに遅れられましたね、なんて口が裂けても言えない‥!)みんなそう感じたであろう。
「とんだ無礼だな。なああ!!」
「はいっ!!」
(ほら怒った!こんな手紙を出すのはサヤカ様たちに違いない。お家平和を壊しやがって!!許さぬ!)みんなそう思った。
「分家に遊ばれたぞ!この本家が、ピーター・サロンが!許すか皆者?」
「滅相もございません!潰しましょう!!」
そうだな潰そう、さっき謝罪させたのにな。チャンスをやったのに。私に仏の顔は3つもない!
「ケント!!」

タイムスリップ終了・ 
「父上の背中に、顔に、泥を塗るおつもりかっ!?」
「うっ。」
言葉に詰まる。そう、裏の組織の党首といえど中身はまだあどけなさ残る少年に変わりないのだ。
「お分かりになりましたら、学校へお行きください。」
「…。」
カバンに必要なものを入れて弁当を持って少年は家を出た。元々この少年は学校には通っていない。しかし、1ヶ月に1回通わなければならない。両親のささやかな願いであった。
 「ユニコーンくん。」
「はい。」
朝礼が行われている教室はいつも通り。バルコニーからの景色も低学年の連中も。この少年はユニコーンという名前で学校に登録している。まあ、正体はバレバレだが‥。理科の時間になった。フラスコをよくふりシャーレに中のものを出すと燃焼させる。もちろん、蒸発皿に移し替えて‥。
「ボム!!」
「何をしているんだ。シャーレごと火にかけるなど!このシャーレは特注品で誤った操作をすると‥.!!」
「カサ、カサ。」「パリ、パリ。」吐き気が出るような音が響く。
「総員退避!!」
「グチャ。」
みんなが外でしかめっ面で揉み合っている。
「誰よあんなことしたの!?」
「ニャ〜オ?」
「え、」
総員3秒動きが止まった。ただ1人中に残っていたピーターはシャーレの中を見た。すると卵が構成されており中にはオレンジの猫が入っていた。
「早く出せよチビ。」
猫が抗議している。
「うん。」
そう言って猫を持ち上げるとすぐに近くにあったハムスター用のケージに入れた。
「はあ!?出せって言ったんだよ!チビ〜!」猫がぎゃおぎゃお言っているが知らんぷり。
「先生、早退します。」そういうとピーターは教室をさっていった。
 ピーターは猫の正体を知っていた。幼い頃読んだ生態科学の雑誌に書いたあったものを覚えていたのだ。でも今のピーターには雑誌に取り上げられていた猫はどうだっていい。ピーターの足は青の国の北側に位置するブルーアイランドに向いていた。(模擬戦でもするか。)ピーターは急足でブルースクールの校門をでた。
 「ブルーアイランドを知らないもののために紹介してやろう。」先ほどの老人が少ない原稿の上に乗っかると話し始めた。筆者に絶対退かないという目を向けて。
「ブルーアイランドはもともと良い子の集うテーマパークだったんじゃ。それが今や頭でっかちな軍人の集う軍事施設になっておる。まったくもって遺憾である。私のブルーシアターランド来園回数3000回の偉業ならずじまいだったからじゃ。ま、それはさておき軍事施設になった今、華風グループの兵器が入れ替わり立ち替わりで毎日のように搬入されておるわ。ケっ。気に食わん。まあそこにはエース集いの隊が4隊あってピーターは一部隊のリーダーなんじゃ。」
 ピーターはブルーアイランドの門の前でIDカードを見せると中に入った。その前に上官のいる一○塔に敬礼。その後航空機に乗り込むとコックピットの窓を閉めた。
恐ろしいまでに決まっている彼のルーティーンだ。そして練習空域に侵入する。
「こちら、管制塔。ユニコーン機、聞こえますか。」
「こちら、ユニコーン。聞こえる。」 
「練習空域Aでの模擬戦を許可します。ご武運を。」
「了解。」
「ピューん」「ズババババ」「ヴァーン」「バーン!!」
重火器の火薬臭い匂いと爆発音で練習空域Aは魅了された。
「こちら、ユニコーン。任務完了。所要時間は。」
「こちら管制塔。1分です。お疲れ様でした。」
相手機10で1分か。彼はどこか不満げな顔で練習空域Aを後にした。
 ピータは水が嫌いだった。羽が濡れてしまうと重くて飛べないし、なにせ自分には似合わないと思っているからだ。しかし、今青の国は土砂降りだ。沸々とにえる憎悪がメラメラと燃え上がる炎に変わった。なんと言っても雨は汚い。空からゴミを含んだシャワーがふっているだけだ。ふと立ち止まると靴が何かに当たった。ぬいぐるみだ。兵隊の格好をしたクマの。後ろに縫ってある文字は、、『ATA』?
「すいません!ありがとうございます。」気の良さそうな青年がこちらに走ってきた。
「君の?」
「はい!」
そう答えると青年はクマのぬいぐるみをピーターから受け取った。その時、手が触れた。ピーターは感じてしまった。(この子、、。)
「どうかなさいましたか?」
不思議そうにこちらを見つめ返してくる青年は元気な10代そのものだった。
「いいえ。大切になさってください。」
「はい。ありがとうございました。」そうして二人は別れた。

 「お帰りなさいませ。」
「うん。」
返事だけするとピーターは自室にこもっていった。手の感覚を確かめる。あの青年のように自分は近いうちに‥。そんな考えがふと、頭をよぎる。だがそれでもいい気がしていた。それが決められたゴールならと。机に向かいパソコンを立ち上げる。裏データを見るためのアプリを起動させる。
ブーン。パソコンから振動音が響く。でもすぐに裏のデータベースを見ることなくパソコンを閉じた。
ベットに倒れ込んだ少年は天井を仰ぐ。少年にとって珍しい動作だ。この頃何か焦りが生じていることに怒りを覚えていた。なにか成長しないといけない。なにか大胆に‥。そう考えるピーターの背中からは血が流れ落ちていた。少年特有の病気だ。少年の背中にはピーター・サロン家特有の羽が生えている。その羽は体内に留めることが可能だが背中が出血していた。つまり羽を体内に留めておくことができず羽が体外に出ようとしているということだ。普通の分家の者は出血した時点で羽は皮膚を突き破り体外に出ることになる。それをピーターはもうかれこれ13日も体内に留めている。体内の臓器も圧迫されておかしくない状況だ。
 「このことは誰にも言わないようにしないと。」
そういうとピーターは血を落とすべく風呂場に行こうと立ち上がった。

 青の国の街中。先程ピーターにぬいぐるみを拾ってもらった青年が歩いていた。
「綺麗な人だったなあ。男の人ぽかったけど、いくつくらいなんだろう?」
そう言うと青年は、嬉しそうにクマのぬいぐるみを抱きしめた。そして青年が向かった先は『青の国国立病院』
「おかえり〜。雨、濡れなかった?」
「はい。大丈夫でしたよ。」
明るく返すと青年は病棟に向かった。そう、青年は患者だ。それも極めて重い病気を患っている。
病室に戻るとすぐに主治医がやってきた。
「外出を許可した覚えはないけど。」
「看護師長の方に許可してもらいましたよ♬」
「なるほどね。その顔で、ってわけ。」
「武器は思う存分使わないと。でも僕より顔がきれいな人に今日、会いましたよ。」
「そう。良かったわね。安静に。」
そういうと主治医は病室から出ていった。あの人、なんか苦しそうな顔をしていたな。大丈夫だといいけど。そんなことを考えながら青年は眠りについた。

ピーターが風呂場から出てきた頃にはもう日は暮れ、夕食を作っている匂いがしていた。
「長かったですな。のぼせますぞ。」
ケンはそう言うとせっせと夕食の準備を手伝いだした。
自室に戻るとまたベッドに倒れ込む。今日は激痛だ。苦痛に顔を歪ませる彼の顔は妖美ささえ感じられる。
「ピータ−!早く降りてらっしゃい!」
母の声がする。でもピーターは行かなかった。いや、行けなかったのだ。

2時間と42分後
大きな講堂は何千何万という無数の影で埋め尽くされている。
「どうなの!大丈夫なのでしょうね?」
講堂のど真ん中から母親の悲鳴にも近い声が聞こえる。
「これは面白いことになりましたな〜。奥様。」
白髪のおばあさんが、にやっはっはという気味の悪い笑い声をたてながら答えた。
「何をのんきに!あなたしかいないのよ!!」
「そうおっしゃいましてもな。面白いのじゃ!」
そう言うとおばあさんはピーターに触れた。彼の背中は今や血だらけ。背中の皮膚はこれでもかと薄くなり、羽が丸見えだ。
「こりゃ、出すしかござらぬというわけでもないですぞ。」
「本当ですか!」
講堂にざわめきが広がる。皆、助かるのかと首をかしげた。
「よっしゃ!解体じゃ。」
おばあさんは恐ろしい顔でそう言ってのけるとさっさと柄の長い刃物をもってきてピーターの背中に当てた。母親は失神寸前。父親さえも手のハンカチがグショグショになるほど泣きわめいている。
「我が息子を助けないと容赦しないぞ〜!う〜!!。」
スッとおばあさんが刃物を動かすと皮膚が弾けた。羽が溢れ出す、はずだった。なんと羽はできた隙間に小さく入り込み跡形もなく消えてしまった。
「何だ!何が起きたのだ!」
分家の者が騒ぎ始める。
「にゃっはっは!やはりな。終いじゃ!」
皆呆然としている。ピーターはすやすや寝息をたてていた。

「説明しなさい!!どういうことなの!!!」 
「まあ、そんな焦らず。助かったのじゃからお礼ぐらい言って欲しいものじゃな〜。」
先ほどの白髪のおばあさんが不満そうに頬を膨らませた。
「こやつが羽を伸ばす時ではなかった、ただそれだけのことじゃろうに、、。」 
「だからそれを説明しなさい!」  
「奥様、まだ合戦のときではないということ。平和の印という輩もおるが、ピーターはまだあなた様の可愛いただの息子であるということでございます。」  
「あらそ、そういうこと。はあ。うん。わかったわ。ご苦労。」
母親は安堵の息を漏らし、父親はさっきの泣きっ面はどこへやら息子の寝顔を微笑ましく見ていた。

ピーターが目を覚ますとそこは講堂の棺の上だった。分家の皆はとっくにこの場をあとにしており今は彼一人だけが取り残された状態だ。まるで儀式終わりの時のようだとピーターは思った。幼い頃から毎年数回儀式をやってきたがピーターが当主となってからは取り行っていない。久しぶりの感覚だ。ゆっくりと起き上がると彼は左右を見渡した。真っ白な大理石の世界が広がっている。
「分家の動向は?」
思い出したように大理石の柱の影に語りかけると男が出てきた。
「特に問題はありません。」 
「そうか。引き続き探れ。」
「はっ。」
男はまた消えていった。(あの青年は今自分と同じように苦しんでいるのだろうか。)ふと、そんなことを思った。

『青の国国立病院』に入院中の青年は突然の発作におそわれていた。
「大丈夫だよー。すぐに良くなるからねー。」
看護師が定期的に呼びかけを行う。(ハアッ ハアッ ハアッ)荒々しい息が病室に響き渡る。
「先生!」
応援の医師も主治医に助けを求め始めた。
「うるさい。戦力になれないなら邪魔されたくないから出てって。」
主治医、中田美奈が静かにそう告げた。それからすぐに青年の呼吸は安定し始め、30分後には穏やかな寝息をたてていた。
「日に日に状態が悪くなっています。このままいくと危ない状態です。」
その日のうちにカンファレンスで青年のことが話し合われた。
「しかし、打開策が見出せない以上、これ以上のアプローチは逆効果になってしまう。」 
「その通りです。そろそろ患者さんに本当の病名を伝えるべきなんじゃないんですか。」
「でも、それは余りにも酷では?」  
「いや、時間がない。いうべきだ。」
病院長のその一言で方針は決定した。

「おはよう、アタ君。今日は中田先生の都合が合わず、こちらの大学の先生から中田先生に代わって大切な大切な話があるの。真剣に聞いてね。」
看護師からの念押しがいつもとはちがう雰囲気をまとっていることでアタはある程度察しがついた。
「それで、大学の先生が僕に何のようですか?」 
「アタ君。始めまして。僕は‥」
「藤森先生、でしょ。」
「そう、その通り。よくわかったね。」 
「名札に書いてありますよ。先生、単刀直入にお願いします。焦らされるのは得意じゃないんです。」 
「ああ、えっと、そうだな。わかったよ。単刀直入にいうね、アタ君。君の患っている病気は〝呪い〟だ。」 

「そうですか。それで?」
「驚かないんだね。強い子だ、君は。そんな君にこんなことを言うのも何だが・・・君は呪われている。この〝呪い〟は君自身にかけられ、それも強い力のある人物によって施された。心当たりがなくても〝呪い〟は発生するんだよ。数千年に一度ごく稀にあることなんだ。それが今世紀には君だったというだけで。もちろん一人だけに発生するということではない。ただ君は紛れもなくそのうちの一人だと言うことだ。」 
「話はわかりました。僕は死にますか?」 
「いや、死なない。今のところは、だが。君が苦しみから解放されるためには何をすればいいのか私たちは日々研究しているが残念ながらまだその方法がわかっていない。しかし余命宣告のような状態だというわけでもない。まだ君には時間が用意されている。これだけは確かだ。」 
「まるで僕が管理されているような言い方ですね。いや、僕はあなた方の研究対象ということでしょうか。ならばすでにこの病院にきてからずっと管理されていたとういうことですか?」
「うっ。いやー、鋭いね。その通りだ。しかし私たちは決して君をモルモットだとは思っていないし管理しているつもりもない。それだけはわかってくれ。君の〝呪い〟を解きたい一心なんだ。」 
「わかりました。実はこの話はもう、中田先生から聞いていました。〝呪い〟のことも丁寧に説明してくださいましたよ。先生。僕があなた方のモルモットになるかは僕が決めることです。僕にも譲れないことがあるんです。弱虫のアタ君にもね。」 
「そんなふうに自分のことを決めつけちゃいけないよ。君は十分強いじゃないか。今日はこれで失礼するね。それじゃ、また。」 ここまでを一気にまくしたてて藤森は去っていった。
「所詮は大学の教授先生か。」
青年は少しガッカリした。  

またピーターには日常らしきものが戻ってきた。月に一度の学校に行き、気分によって早退したり、はたまた早退しなかったり、ブルーアイランドで軍事演習を行なったりしている日々だ。そんな時ふと彼の長いまつげに羽が落ちてきた。上を見上げると、分家筆頭サヤカが空を舞いながらこちらに降下してくるところだった。
「ピータ様、おはようございます。いいお天気ですね〜。」
恐ろしさが漂う可愛らしい笑みを浮かべてサヤカはピーターに語りかけ・・てしまった。
「話しかけることを許した覚えはない。口を慎め。」
冷ややかに年下に注意されたサヤカは面白くない。煽り立てた。
「そうおっしゃらず。先代の頃はもっと本家と分家の間も親しく、先代はいろんな者と親しく会話を楽しまれていらっしゃいましたよ。見習ってみるのも良いのでは?」
「くどい。」
この一言でピーターはサヤカを一蹴するとスタスタと歩き始めた。しかし、彼女は懲りない。ぐるぐる頭上を旋回し始めた。
「お供致しまする。」 
「要らぬわ。」
ピーターの透明な白い目がキツくサヤカを睨んだ。その鋭さに彼女は一瞬怯むと、スタッと後ろに降り立ち、音もなく反対方向に消えて行った。(目障りな奴だ。めんどくさい。)

ピーターは今、学校ではなく、とある機関に向かっている。名前は『教育人材育成省』。主に学校の管理および歴史的財産の保護を業務の目的とし、ピーターの通う学校もその監察保護課に置かれている。エントランスをぬけてフロントに行くと係員に尋ねるより先に大きな声がふってきた。
「ま〜た、あんたかい!!!目当てのものはないって何回言ったらわかるんだろうね〜?」
「そうおっしゃらず、嘘はダメですよ。その美しいお顔にシワを刻むことになります。」
「うっ。イケメンにすんなことを言われても、なっ何にもないんだからっ!!!」
動揺が丸見えのこの40代くらい(?)の女性は【強力よろず屋直輸入商品監察課】の課長、レミさんだ。(本名不明)
ほとんどの人がよくこの公的機関で働けているなと思うほどの変人で、業務と関わりなのい研究に没頭している。そんな彼女の研究題材の代物をピーターは求めてきたのだ。
「引き渡してください。即座に応じてくださればそれ相応のお礼はします。」
「ふん!そんなことに応じてたまるか!!あんたはもう分かっているんだ。あの力を。え?そうだろう!」 
「あるんですね。ここに。」
「え?あっ!も〜〜〜〜〜っ!しまった・・・。」
「ほら、嘘じゃないですか。シワ、増えますよ♡」
「余計なお世話よ、まったく。あんたが愛嬌を使ってくる時点で一筋縄ではいかないことくらい察しがついてましたっ!こっちへいらっしゃい。ここでは話せないのよ。」
最後だけ小声で言って彼女は手招きをすると背を向けた。

しかし、招かれたのは同じ階にあるカフェだった。
「僕はすぐにこの話を終わらせたいんだ。早く引き渡してください。」
「そんなこと言わずに、ね?何飲む?」もうすでにレミはカフェのメニュー表を凝視している。
「早く!ほら座って。」
メニューから顔を上げずに言うレミの姿をみてピーターは彼女がまともに話をする気などさらさらないことに気づいた。どうせエントランスで話を切ったのは、カフェで何かを胃に流し込みたかったからだろう。
「もうそろそろ用もあるのでここで失礼します。」 
「あら、そう?」 
この人にその気がないなら自分でとりにいく。

「おはようございます。アタ君、今日は調子よさそうだから、中田先生にお願いして外出してみましょうか。」
「はい。ご配慮ありがとうございます。いい天気ですしね。」ここでトドメのウインク。
看護師は顔を赤くして足早に去っていった。そしてしばらくすると主治医が入ってきた。
「あんまりうちの看護師、誘惑しないでもらえる?使い物にならなくなるじゃないの。」
「すみません。先生もウインクいりますか?」お茶目に、でも少し大人っぽく問いかける。
が、「いらないわ。外出許可だけど、ここに書いてあることをしっかり守っていってらっしゃい。」
スルー。
アタは不満気に口を尖らせると紙に目を走らせた。時間、行動範囲共に問題なし。行きたいところは行けそうだ。
「ありがとうございます。」

[アタ]
病院を出ると足早に向かったのは、『教育人材育成省』。エントランスにつくと、
「あっ。」
「ん?」
「あっ、あの、こんにちは。覚えておいででしょうか。」
うわ〜。また綺麗な人に会えた!素敵だな〜。
「どうも。覚えてますよ。クマのぬいぐるみのかたですよね。」
「はい。その節はどうもありがとうございました。こうしてまた一緒に外出できるのはあなたのおかげです。」
「そんな、大袈裟ですよ。」
「いえいえ、僕もここに今日用があるんですよ。奇遇ですね。」
「そうですね。」
なんだかすごく前よりも大人びて見えるな。この前は一瞬だったからな。ちゃんと見ておかないと!
「あの、なんか僕の顔に気になるところでも?」
しまった、見すぎてしまった。でも、〝僕〟ってことは男の人か。いや、綺麗すぎでしょ!
「あ。すみません。そういうことではなくて。お綺麗だな って。」
「ああ。ありがとうございます。」
「すみません!」
「お気になさらず。嬉しいことですから。」
そういって少し、はにかんでみせたその人の顔はとても美しかった。
「それじゃあ、僕はこれで。また会いましょう。」
その人はハルカゼのように、綺麗な曲線をえがいて悠々と去っていった。
「ありがとうございました。」
そういって頭を下げた僕はまだまだ未熟者なんだろうな。

[ピーター]
ひとまずエントランスを出て座れるところを探そう。そこで情報を整理する必要があるな。そう思って、出入り口の方へ足を向けると、
「あっ。」
「ん?」 なんだろう。僕の方を向いて驚いてる。あの青年、見覚えがあるな。
「あっ、あの、こんにちは。覚えておいででしょうか。」
あ〜。思い出した。
「どうも。覚えてますよ。クマのぬいぐるみのかたですよね。」
「はい。その節はどうもありがとうございました。こうしてまた一緒に外出できるのはあなたのおかげです。」
「そんな、大袈裟ですよ。」
「いえいえ、僕もここに今日用があるんですよ。奇遇ですね。」
「そうですね。」
多分、僕の用事は君のように平和なものではないと思うけど。
それにしてもどこか儚気な雰囲気をもつ青年だな。ずっと僕の顔を見ているけど。
「あの、なんか僕の顔に気になるところでも?」
「あ。すみません。そういうことではなくて。お綺麗だな って。」
「ああ。ありがとうございます。」
「すみません!」
「お気になさらず。嬉しいことですから。」
なんか街にいる人と久しぶりに話してるからしんどいな。でも笑えたってことは、ひょっとして少し嬉しいのか?
まあ、それもそれでいいことか。
「それじゃあ、僕はこれで。また会いましょう。」
用事があったんだった。早く片付けれるといいけど。
「ありがとうございました。」
頭、下げられちゃったな。もう年下がいる年なんだったか。周りが年上ばっかだから気づかなかった。

さて、どうしたものか。ベンチに腰を下ろすとポケットから薄い書類の束を取り出した。古代の文字で書かれていた本から目当てのページを探し出し、その複製本のページを丁寧に切り取ってきたものだ。
彼が探しているもの、それは大きなルビーがはめこまれた金のチェーンのネックレスだ。それがなければピーターの目的は達成されない。
(この資料によれば、間違いなく我が家に伝承されているはずだ。
今は『教育人材育成省』だけどな。何者かが邪魔をしたとしか思えない。)
ここにある経緯はその者から買い取ったか、奪い取ったというところだろうと結論をつけると、また元いた施設に足を向けた。

エントランスをスルーして直接ラボに向かう。
(あの女にわざわざ聞くまでもなかったな。)
エレベータに乗ると職員しか知り得ない方法を
駆使してラボにたどり着いた。
(ちょっとボタンをいじっただけだ。問題にはならない。)

「こるるら!!!ばもん、こるるら〜!!」
怪しげな声が聞こえるということはここが
【強力よろず屋直輸入商品監察課】
である証拠だ。
ズカズカ。誰に何の断りも入れることなくラボに堂々と侵入。
すると奇声を発していた男に気づかれた。

「何をされているんでしょうか。ここに用なんでしょうか。」
多少(ものすごく)言葉がなまっている。
聞き取れているのが奇跡なくらいだ。
「ああ、見つかってしまいましたね。」
「どういう意味でしょうか!まさかアポも許可も取らずに入られたのでは
ありませんよね?」
「そうですよ。」
「げっ!」そういうと男はラボを行ったり来たりし始めた。
(こいつ、おかしいのか。僕だったら、すぐに警報を鳴らすけどな。
ぶつぶつ言ってこちらに注意がむかないうちにさっさと奥に入るか。)

「どうするべきでしょうか?課長に報告するべきでしょうか。
しかし、今課長はカフェでランチタイムです。邪魔したらどうなることか。
一旦待っていただきましょうか。
あの、すみません。うちの課長は・・・。っていない!!!!!」

認証システムなんて昨日の時点でもうピーターの部下たちが
ゴミクズ同然にまで弱らせておいてある。
(何事も先を読まないと。)
認証システムをぬけた先は両側にガラス張りのケースが並び
中には没収してきたものや怪しい非売品などなどが収められている。
それらを無視して分厚い木の扉に辿り着くとその扉を押し開けた。
(厳密にいうと中の鍵を壊した。)
埃を被った黒の本棚に無数の破れかけ壊れかけの本が並んでいる。
その中から一際気を感じる本を慎重に取り出すと
本の表紙に幼稚園児が描いたかのような大きな赤いルビーのイラストが
描かれていた。お目当ての本だ。
その本を片手に迷いなく本が置いてあった本棚を蹴り飛ばすと微かに、だが
待っていた音が聞こえた。
「カチッ」
すると本棚から半径2m分の床が半円状に下に沈み始めた。
その間にほとんど薄れて読めなくなっている本の文字を浮かび上がらせ
記憶していく。
「ガッタン」
一番下まで到達するとさっき記憶した方法を用いる。
「我、空から降ってきた。」
薄暗い廊下に彼の透き通った声がこだまする。
「汝の反省をしめせ。」返答だ。
今度はガラガラした暗く重い声がこだまする。
(良い感じだ。)
「嘘だけが果実。」
ピーターが返答する。
そして声がかえってきた。

「汝を受け入れよう。」

「ゴゴゴゴゴー」
また立っていた床が沈み出した。
(下には下があるのか。)
「ガッタン」
床の動きが止まると目の前に金色の美しい扉が姿を現した。
その光は目を覆いたくなるほど眩しく、そしてどこか
危険な色を醸し出していた。
ドアノブに手をかける。
「ふう。」一息つくと勢いよく扉を開けた。

「あの、すみません。」
アタはエントランスで交渉に挑もうとしていた。
「はい。いかがなさいましたか?」
(よし、僕ならいける。さっきの人みたいに堂々としていれば
きっといける。)
「僕はアタ、と申す者です!」
「はあ。」エントランスの女性が首を傾げる。
(いける、いけるぞ。)
「ここに僕が生まれた時に記憶された、両親などが書いてある資料が
保管されているはずなんですけど、見せてもらえませんか!」
ここまでを一気にまくし立てるとそろりそろりと
エントランスの女性を上目遣いでみた。仕上げに唇を少し噛む。
案の定女性は、
「まあ。そういうことなら早くおっしゃってください。アタ様でしたね。
もちろんです。お任せください。」と頬をピンク色に染めていそいそと
準備し始めた。
(ふうー。このテクニックは少し罪だな。)
若干苦笑気味でアタはそう思った。
「お待たせいたしました。アタ様の書類です。見方はお分かりになりますか?」
「はい。大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」
ここで満面の笑み。
「いえいえ、滅相もございません!」
エントランスの女性はあたふたしている。
(可愛らしい反応だな。)女性の心理を遊びまくってきたこの青年にとってこのくらい朝飯前の落とし方だ。

(えっと、これは僕の生まれた時間でこれが・・・。両親だ。)
エントランスの前のフカフカのソファーに座ると書類を広げる。

「そうだよな〜。こんなんじゃ、な。そうだよな。」
青年の本音がいつの間にか表に出ていた。
「うぐっ。ハアッ、ハアッ。」
書類を握りしめる手が震え始めた。
涙が青年の頬を流れ落ちる。美しい透き通った涙だった。

「これ、ありがとうございました。」
アタは先ほどのエントランスで書類を返すと足早にその場を後にした。
「どうしたのかしらね。さっきはあんなに明るくて可愛らしかったのに。」
女性がそうもらすと同僚の女性はそれを聞いて
「あのぐらいの年齢でその書類を求めてきたってことは色々かかえているんでしょ。」
と答えた。

(こんなことだろうとは思ったけど、流石に現実で突きつけられたら酷だな。)
帰り道、アタはまた雨の中を傘もささずに一人で歩いていた。
黄色いポンチョは着ているが凍えるほどの寒さだ。
(クマさんは置いてきて良かったな。投げちゃうとこだった。)
アタが持っているクマは看護師によればアタが生まれた時からあるものらしい。気づいたらアタが握っていたんだそうだ。
(あれにも何の意味もなかったりして。)
青年の心の声に呼応するようにどんよりとした空が重たく青の国にのしかかっていた。

扉を開けるとそこにはいくつものの銀色の箱が置かれていた。
(無数にある。これでは埒が開かない。)
本の中の内容をもう一度思い出す。何かヒントがあるはずだ。
目を瞑り集中する。高速で記憶が回り出す。
(ピン)
きた。ピーターは目をかっと見開くと頭に銃口を向けるかのように手を向けた。
そしてゆっくりと手を頭から離す。
すると指先にさっきの本のインクが集まり出した。彼の頭にある記憶の中の本のインクだ。そのインクが、まだ形になっていない飴のように粘り気がつき鞭のような固まりができた。しかしその塊は鞭ではなく蛇のようになったかと思うとやがて姿を現した。
無数の烏だ。
烏たちがピーターを取り囲み何やらカーカー声で言い始めた。
「覚悟はー!」「勇気はー!」「知性はー!」「血筋はー!」「気合いはどうだー!」
最後の1羽だけ他の烏に睨まれていたが会議は終わった。
「お前が欲しいのはこれだろうー!」
そうして烏たちはピーターをゆっくりと誘導し始めた。
その先には一つの銀色の箱が静かに眠っている。
宝箱に手をかけると烏が嘴で手を突いてきた。
「いたっ。」
「何しているー!覚悟決めんかいー!」
「もう決めているよ。」
「いいや、行くぞっ!ていう根性が足りないー!」
「根性?」
「ほら、行くぞって思ってみろー!」
「分かったよ。」
目をつぶり感覚に頼る。
手の感覚、耳の感覚。そして・・・
「カチャ」
蓋は空いた。

(僕はどこにいるのだろう。遠くに飛ばされたみたいに風の音が早い。
体が重い。耳鳴りがする。)
「はっ。」
目を開けると目の前には黄金に輝くチェーンに大きな大ぶりのルビーが
はめ込まれたネックレスが浮いていた。
これが探していたものだ。
「ドラゴンの血」
そう呼ばれ代々ピーター・サロン一族に伝わってきた幻の秘宝。
これを持つものは圧倒的な力を持ったと言われる初代ピーター・サロンの
別名「ドラゴン」を名乗ることを許され、かつての主を映すだろうと言われている。
つまり、言葉通り最恐が手に入るというわけだ。
(僕にはどうしてもこれが必要だったんだ。)
遠のいていく意識の中でもピーターは満足だった。

少し昔の話。
幼いピーターはよく近所の子どもたちにいじめられていた。
悪魔の子と言われ集団で暴力をしてくる子どもたちに
全く歯がたたなかった。
家に帰っても普通の子どもたちよりも弱々しいピーターは
一族の恥と言われ彼の体が傷だらけになっても
助けてくれる人は現れなかった。
いつの間にかピーターは家にも帰れなくなっていった。
そんなある日、彼の両親が死んだ。
分家のクーデターにあって家もろとも破壊されてしまった。
ピーターは家にいなかったため無事だったが、あんなに強くドラゴンの再来と言われていた父と「奥様」と恐れられていた母がなくなったのが信じられなかった。
ピーターは一人になった。
分家は血眼になって一人息子を探している。
彼は最強だった両親を蘇らせることにした。
二人がもし生き返って僕をまた温かい目で見てくれる日が来たら、ピーターが蘇らせてくれたと知ったら振り向いてくれてやっと抱きしめてもらえるかもしれない。そんな淡い期待だった。
彼は執事として仕えていたケントをまず最初に蘇らせると次に両親を蘇らせた。彼がテクノロジーが大好きだったことが功を奏した。
しかし、彼は両親とケントの性格を変えた。
能力はそのままにし、温厚で優しい性格を注入すると
理想の温かい家庭になるようにプログラミングをした。
彼は目覚めた両親やケントをみて嬉しそうに笑った。

ピーターはそのまま父のあとを継いだ。
だが、うまくはいかなかった。
「あいつは”ドラゴン”にはなれない。」
皆にそう、後ろ指をさされた。
「ドラゴン」の異名がなければ従えられない。
なければ悪魔の子という呼び名で人生が終わってしまう。
1番上に立ったというのに。
「ドラゴン」の異名がなければただの凡人。
そう、気づいた瞬間だった。

「速報です。黒の国上空で発達した雲が発生しています。竜巻が発生している地域もあるということで、注意が必要です。」
病室のテレビでは青の国のニュース番組「アイドルニュース」が放送されていた。
画面の中は風が吹き荒れ、雲が今にも落ちてきそうなほど膨らんでいる。
「突然の気象変化に黒の国政府は緊急会合を開き対応を協議しているということです。」
アタはそんなテレビをみて憂鬱な気分だった。
「アタくん、どうしたのかしら。」
看護師がぼやくと
「帰ってきてからずっとあんな感じなのよ。疲れたのかしらね。」
また他の看護師が心配そうにアタを見つめてぼやいた。
「ちょっと、アタくんは私の担当なんだからね。ちょっかいださないでよ。」
「何よ。アタくんはみんなのアイドルなの!!」

「はっ!」
雲の真ん中でピーターは風にのまれていた。
やっと、最恐になれる。
開いた目が赤く光り始めていた。
体は熱く、全身が痛い。服はいつの間にかボロボロになっていた。
「僕はこの世のすべて。」
その一言で雲が爆発し少年が姿を現した。

「あそこ!あそこにあの人がいるんだ!」
突然叫び始めたアタに看護師はうろたえながらも精神錯乱と思い、なだめていた。
「アタくん、久しぶりに外に出たから疲れたんでしょ?ほら、落ち着いて。大丈夫だからね。」
「違う、本当にあの人が雲の真ん中に!見て!!!!」
でも看護師には見えない。
「いないよ、アタくん。いい加減にしなさい!他の患者さんにも迷惑でしょ!アタくんならそんなことくらい分かっているでしょ?私も怒りたくないの。お願い、落ち着いて?」
「貴方は何を言っているんだ。僕を見てきてくれたんじゃなかったのか?
僕は嘘つきに見えてたの?いつもふざげて苦しがっているように見えてたの?面白がって精神が安定しないようにしてると思ってたの?僕の言っていることは嘘なんかじゃない!事実だ!!雲の中に僕の宝物を拾ってくれた人がいる。苦しんでいる気がするんだ。そこをどいて!貴方に分かってもらえなくても僕は行くよ?」
最後のほうは急に不安になったのか彼の口調は弱々しいものになっていた。
女性だろうと一人の大人に言い返したのだ。
しかし、彼女は
「アタくん!!中田先生を呼びますよ!!!!いい加減にしなさい!」
そう言ってアタの右頬を平手打ちした。
アタは呆然とした。がすぐに看護師を見据えると笑顔を浮かべて言った。
「そこをどいて。」

「そこをどけ!!」
そう言い放つピーターの目の前には金色のネックレスが浮いている。
黒の国国民や街にいた人々が恐ろしげに上空の彼を見つめている。
「ピーター!!やめなさい!!!!それは恐ろしい武器なのよ!?」
彼の母親が叫んで飛び立とうとするが父親がそれを止めた。
「あの子にもう、私達の声は聞こえない。鍵に頼むしかないんだ。」
「鍵って?どこにあるのよ!!早くしないとあの子はどうなると思ってるの!!!!!」
そのまま彼女は泣き崩れた。
「もう、最悪。ピーターは私の息子なのよ…?」
そんな彼女の肩に優しく手を回すと父親は空にいる息子を見上げた。
(戻ってこい、ピーター。)

「さあ、出発だ。」
彼はネックレスを手で優しく覆うと一気に下へ落とした。
バーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ピーターの足元で花火が咲いた。
真っ赤な大きな花火だ。
「キャー!!」
「逃げよう、危険だ!」
「逃げろー!!!!」
街では大パニックが起こり人の波が国境付近へ向かって起きていた。
「ピーター・サロンだ!!」
「悪夢は本当だったのよ!!!!」
人々は口々に叫ぶと走っていく。
「ああああああああああっ!ぐわああああああああああああああ!!!!」
ピーターも叫び自分の思いの渦に身をまかせていく。
「さようなら、悪魔の子。さようなら!」
彼の暗黙の世界が瞬く間に黒の国を覆った。

「職員、全員担当の患者さんのそばにつきなさい!外で何か起こっている。まだ黒の国だけど範囲の拡大が考えられるため場合によってはシェルターへの避難も検討しています。落ち着いて患者さんに寄り添いなさい!!」
放送が入り、アタの主治医中田美奈の声が響いた。
みんなが放送を聞くため天井を見た瞬間、アタは自分についていた器具を全部手でもぎ取り、駆け出した。
看護師が気づいて手を伸ばすもするりとかわされる。
「待ちなさい!アタくん、外は危険なのよ!?」
「中田先生に電話!!」
「25号室のアタくんが脱走しました!」
「探して!!」
パニックが起こる気配が忍び寄っていた。

「はあ、はあ、くっ。どうしよう?どこにいるの?」
黒の国まで行くのは現実的ではない。
「そうだ!」
何かを思いつくとブルーアイランドの方角へ駆け出す。
(あそこには飛行機があるはず。それに乗れれば…!)
しかし、その必要はなかった。
青の国では航空祭が行われており、航空機が展示されていたのだ。
そして、その広場は目の前。
「あった。」
航空機のなかから、見たことがあるものを選ぶ。
「これなら、いけるかも。やるしかないんだから!!」
そう言って中に入り、コックピットを閉める。
案の定鍵はささっていた。
「無用心な人たちだな。中田先生に聞いた通りじゃないか。」
ブオーン!!
「何?何の音なの!?」
通行人がびっくりしてこちらを向く。
警備員が慌てて隊員とかけよるも、航空機は浮上した。
「こら、やめなさい!!!」
バリバリバリ、ビューン。

「よし!雲はもうこんなに青の国に近づいてる。これなら早く会えるかもしれない。」

「もう、こんなに近くに来ています!早急に対応を検討するべきです!!」
青の国、宮殿。
国王のリトが側近をあつめて対策を話し合っていたが一向に話がまとまらなかった。
「対応って、ピーター・サロンだという噂も流れている。彼も馬鹿じゃない。青の国まで被害がでれば戦争に繋がることくらい分かっているはずです。そんな焦る必要は現時点ではない!!」
「そんなこと言ってたら、被害が拡大します!国王、検討を!!!」
「でもね〜。不確定要素が多くね?まずは情報を集めようよ〜?」
こういったのは国王リト、(2歳)である。
「その通り!!」
「でも!検討もしよう。被害は抑えないと僕の人気もなくなっちゃう。国民を救った天使も悪くない。」
ウンウンというように首を縦にふると指示を飛ばした。
「君は情報!ピーターなんちゃらが本当にやってるなら、僕の出番だ〜!そして、君は対策!命一番でやってくれ。よろしく頼むぞ〜!」
満足したのかシャドーボクシングをやり始め、
「右、左、シュシュッ。これなら、ピーターなんちゃらもへっちゃら〜。」
みんな、(おいおい、大丈夫かこのガキ。)と思った。

「あっ、いた!!」
目の前には膨れに膨れあがった入道雲がありどんどんこちらに近づいてくる。
「きれいな人ー!!聞こえますかー!!??」
「僕は貴方にぬいぐるみを拾ってもらった、アタと言いまーす!!落ち着いてくださーいっ!!」
コックピットを開け呼びかけるも強い風の音で雲の中心までは届かない。
すると、雷が突然雲の中心めがけておちてきた。
黒の国政府が操る雷だ。
政府は武力行使を決定したのだ。
「やめてーっ!!まだ、話せていないんだ!」
アタの声は下にいる人々にも届かない。
「突っ切るしかない!」
そう言うとアタは雲のど真ん中に突っ込んでいった。

「青の国機が一機、雲に突っ込んでいきます!」
「こまったな〜。これでは黒の国も雷砲を打ちづらくなる。」
青の国、宮殿ではリトが次々とあがってくる報告に真剣な顔で対応していた。
「その機体とは無線は繋がらないの〜?」
「やってみます!」

[…こちら青の国、こちら青の国。パイロット聞こえるか?]
[……はいっ!あっ、危ない〜っ!]
「繋がった!繋がりました、国王!」
[勝手に乗っていったことは誤ります。でもいまはそんな時間はありません。どうにかして雲の中心に行きたいんですっ!]
「どうします、国王?」
ソロリソロリというふうに管制官がリトを見上げる。
「かわれ。」
「はっ。」
[オッホン。こちらリトである。頭が高〜い!]
[そんな、見えてないでしょ!そんな事してらんないんです!]
[中心に行きたいんなら、そのデカブツから出ろっ!!]
[はあ〜っ!?ホントに言ってるんですか!?]
リトの周りにいる閣僚も首を傾げ、
「今なんと?」
と衝撃のあまり聞き返すものもいた。
[だ〜か〜らっ!出ろ!!]
[…..。わかりました。出ます!!」
「マジで…?」
みんなが2人の正気を疑っているなかアタはコックピットから飛び出した。
「ああ〜っ。行っちゃったよ、アイツ。」
「本当に大丈夫なんでしょうね?国王。」
側近が口々に言ってくる中、リトは自信満々に
「ウン、多分!」
といった。
(マジで言ってる?)皆が目を覆った。

ビューン、ゴオーゴオー。
とてつもない風の渦がアタをすぐに包み込んだ。
だが、意外にもリトの言う通り中心に近づいていっていた。
(どうしてだろう?まあ、それよりもあの人はどこに?)
目を凝らして雲の中を見ていると、見つけた。
「きれいな人ー!」
一瞬、ピーターの赤く成り果てた目がアタを捉える。
しかしアタが彼に向かって手を伸ばした瞬間、雲の塊がアタにのしかかってきた。
重くて息ができない。
「やめて…。」
アタの声がピーターに聞こえるわけもなくどんどん上に雲がのしかかる。
ピーターの目は黒の国の街に向いている。

「もう待てないもん!出動!!」
青の国上空は今や異常気象の巣となり空からふる自然の光なんか届くわけ無いだろうというように凄まじく曇っている。
そんな様子を見かねてついに国王リトは出動命令を出した。
(正確に言えば腹がたち、命令した。)
青の国から軍機が飛び立った。
攻撃だ。

ピーターに向かって閃光が発射される。
とんでもない威力のものが絶え間なく彼を狙う。
しかし、最恐のドラゴンを前にそれらは全く刃が立たなかった。
それどころか次々に彼の手にかかっていく。
手で払うように軍機が落ちていく。
街に雨のように軍機が降っていく。
軍機の雨は甚大な被害を及ぼし、街を焼いた。
粉々になる日常。
そんな街を壊すのに夢中で、ピーターが雲にかけている力は以前よりは少なくなっていった。
しかし、そう簡単に雲をどかせるほど甘くない。
するとピーターを狙って発射された閃光が雲をかすり、その衝撃でアタの上の重りが外れた。

「ふぁっつー!!!」
アタの肋骨は重みで何本か折れたためか呼吸が難しく、その他の骨にも衝撃のあとが刻まれていた。
立っていることもあと数分後にはできなくなるだろう。
ピーターは彼が脱出したことに気づいたが興味がないのか、目は街に釘付けだ。
そして彼は、痛みに顔を歪ませながら立っているアタの目の前で、
ありったけの声で叫んだ。
それと同時にピーターの背中から大きな黒い翼が生え、彼を覆う。
そして羽は光り輝き赤く染まった。
「これが僕だ。お前なんかとは格が違うんだよ。」
そう言ってまたアタを見つめるピーターの目は真っ赤に染まり、光を放っていた。
「あの人じゃない。彼は別人だ。」
アタはそう思いながらもピーターに近づく。
足を引きずりながらもまっすぐに彼を見つめ続けている。
「戻ってください!貴方じゃない!!ピーターって言うんですよね?でも貴方はピーターじゃない!!」
アタの気持ちにもピーターは
「なんでピーターという名前を知っている?でもその通り、僕はピーターじゃないよ、少年。僕はドラゴンっていうんだ。よろしくね。」
と軽く返した。
「そんなことを言っているんじゃない!貴方はドラゴンの前に、ピーターでもないんだ!」
「何を言っている?ごめんね。君にはかまってあげられないんだ。」
そう言うとピーターはまた手を広げ発狂し雲はそれに呼応するように広がっていった。
街には火の粉が落ち人々が軽い火傷を負いながら懸命に走っている。
アタも吹き飛ばされてしまったが声はさっきよりも響いていた。
「ピーターではない!お前は今も昔もピーターじゃないんだ!!」
「うるさい。」
もう取り合うきはピーターにはないのだろう。攻撃を続けている。
いつの間にか黒の国の雷砲も青の国の攻撃も大規模なものになっていた。
ピカッ、ゴロゴロゴロ。
ピカッ、ゴロゴロゴロ。
ピーターの体を貫こうと容赦なくふってくる光の矢だ。
ピーターはそんな雷をものともせず雷は雲だけに衝突している。
「さようなら、さようなら、さようなら、さようなら。」
彼の目は、羽は狂気に取り憑かれたかのように真っ赤になっていく。

その時、
アタの身体を雷が貫いた。

今や彼の身体の真ん中にはぽっかり穴が空いてしまっている。
痛みは、ない。
呪いに苦しんでいる時間はあんなに痛くて辛かったのに今はただただ真っ白な雲と真っ黒な雲の間に漂っているだけだ。
多分、これが自分の人生のピリオドを打つはずなのに。

アタにはもう意識はない。
ただ、たった一言。
その呼吸が途切れる前に呟いた言葉は何よりもピーターの耳に鮮明に響いた。

「お前は僕なんだ。」

ピタッと攻撃が止んだ。

ピーターは震えていた。
目はもとの薄紫色になり黒くなった羽、一つ一つまでもが震えていた。
何かが彼の中で動いていた。
ガクガクと足は震え、プルプルと唇は震え、ガチガチと歯は震えていた。
目は一方向のみを凝視している。
「僕が、…君?」

「答えて。」

はっとして、ピーターがさっきまでアタが立っていた方向をみるとそこには何もなかった。
雲が浮かんでいた。
ただ、雲が浮かんでいるだけだった。
しかし、下を見るとうっすら、一人の人がこちらに手を降っている。
アタだ。
彼が言っている。
「思い出して。君は誰かの人格を変えたことがあるだろう?」
「僕の両親とケンの。変えた。」
「その時、君はその後どうしたの?」
ピーターは必死にアタを見つめた。
「僕は‥どうしたっけ?あれ、どうしたっけ…。わからない。わからないよ?」
「分かっているよ。見て、僕を。」
そしてアタは消えた。


「どうして、僕はピーター。ねえ、どうしてなの?」
今やピーターは子供のように震え、涙を流し、自分の手を強く握りしめている。
「あの時、僕は分家の奴らに襲われるのが怖くなって逃げたんだ。君を僕にして。勝てる気がしなかったし、もう懲り懲りだったんだよ、あの頃の暮らしが。君をみつけて呪いがあって可愛そうだと思った。だから入れ替えて長生きしてもらおうと思ったんだ。僕は死にたかったからね。呪いを僕に入れ替えるのは少し苦労したけど。君はアタくんだ。彼そのものだ。」
どこからか声が聞こえる。
「君も僕さえも気づかなかった。君がドラゴンになるまでは。」
「どうしよう。僕はこれから…。何をやっていたのか分からなくなっている。君の名前を傷つけたことだけが分かることなんだ。」
ピーター、いや、アタは今や放心状態だ。
「頼りないな。でも心配しないで。君がやったことはちゃんと処理されている。もう君は許された。」
「どういうこと?」
「君はピーター・サロンとしてやったんだ。だから僕が死んだことでピーター・サロンは死んだ。彼はもう死んだんだ。それで十分だ。」
「君は何もしていないのに、どうして!?」
「僕たちが住んでいる世界は残酷だ。他の誰かが住んでいる世界もまたそうだ。君に呪いがかかっていたように、僕に居場所がなかったように。それでも今日まで生きたんだ。やっとこの世界が名残惜しく思えたよ。君は?」

こうしてピーター・サロンは死んだ。
そしてアタがピーター・サロンになった。
このことは2人だけ、いや
貴方とあの2人のユニコーンだけの秘密である。

その後の世界の様子は、また今度。

#創作大賞2024
続編:外伝 Paradies :楽園・Renn weg:逃げろ
(予定している作品のみでありこれから増える可能性があります。)












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