見出し画像

「寝言」。

一昨日の夜、オレは寝言を言ったらしい。
「らしい」というのは、
寝言は無意識に言うものであり、オレは現認できていないからだ。
妻が確認した。
妻が言うには、
突然
「人間五十年~」と謡い始めたという。
妻は
「なに? 信長になったの?」と訊いたらしい。
オレは「いや、敦盛」と何故かタイトルを答えたらしい。
この時点で妻は爆笑していたが、
更に
「なんで敦盛を謡ってんの?」と訊いたらしい。
オレは問いに対して、
「勢いつけて今やっとけって言われたから」
と返事したらしい。
更に妻は爆笑したという。
誰にそんなこと言われたのだろう。

その話を起きてから事の次第を聞き、
あまりのくだらなさに自分でも大笑いした。

いや『敦盛』はゴキゲンな時、
たまに変な節をつけて謡ったりするのだ。
ちょっとした舞をつけて。
茶の間で。
盛り上げたい時には扇がないので扇子をぐるんぐるんさせたりする。
したがって、寝言で『敦盛』を謡い出すことは、
オレの日常(正気な時)には存在する。
要するに『敦盛』が好きなのである。

ただ、寝ながら謡ったのはさすがに初めてかもしれない。

このように寝言というものは、
自分では全くコントロールできず、
思いもよらないことを言い出す、
または謡い出すものであるなあ、とシミジミとした。

そういえば、キース・リチャーズが、
夢の中で『サティスファクション』のリフを思いつき、
ガバっと起きてテープレコーダーに録音して、
また寝た。
翌朝、テープを聴いてみたら、
確かにリフが入っていたのだという。
そうして、世界中の誰もが知っている
『サティスファクション』が出来上がった。
有名な話だ。
夢や寝言には、得体の知れないなにかが宿っているのかもしれない。
ただし、『敦盛』を謡っているうちは、世界的なヒットは生れないということも、オレが凡人たる由縁かもしれぬと思うと、とても悲しい。

ところで
今から20数年前、
ゴンチチのチチ松村さんの『旅ゆけ茶人』という本の企画で、
チチさんと中島らもさんと上海取材に行ったことがある。

↓『旅ゆけ茶人』チチ松村著(廣済堂出版)

旅ゆけ茶人

何故、上海まで行ったかと言うと、
チチさんの前作『それゆけ茶人』の中で、
らもさんとの対談企画があり、
らもさんが
「チチさんは田ウナギに似ている」と言い出したので、
では、田ウナギに本当に似ているかどうか、
上海まで行って確かめようではないか、となったのである。
とてもバカバカしいが、
そんなことで海外に出かけられるようないい時代だった。
どんな取材旅行だったかは、
機会があれば本で確認していただきたい。

上海のホテルではチチさんとらもさんが相部屋だった。
らもさんは、出発前からものすごい躁状態が発現していて、
全く寝ていないということだった。
ちなみにオレも躁状態で、
とてもやっかいな取材チームだったのだ。

上海に着いても、らもさんは元気炸裂で、
全然寝ようとしない。
一方、チチさんは早寝早起きの方である。
夜遅くまで対談するだけでもチチさんには苦痛だったと思う。
それに加えて、
寝ないらもさんと同室。
チチさんにすれば、たまったものではない。

2日目だったかに、
深夜3時くらいに対談が終了して、
寝ようということになった。
チチさんはものすごく眠かったようで、
すぐにベッドに入った。
しばらくすると、
横で寝ていたらもさんが、
突然、大声で、
「その橋渡らせんぞ!」と叫んだ。
チチさんはびっくりして、
飛び起きた。
らもさんは寝ていなかったのだ。
チチさんをびっくりさせようと、
寝言らしきものを叫んだのだのだということだった。

皆、あまり寝ないまま翌朝、
朝食の卓を囲んだ。
チチさんが席につくなり、
らもさんに
「昨夜、寝ようと思ったら、らもさん『その橋渡らせんぞ! って叫んだでしょ。
あれ、なに? 寝言?」と訊いた。
らもさんはフフフと笑いながら、
「寝言ってシュールなほうが、本当っぽいでしょ?」と言った。
チチさんは、
「なら、らもさん寝ていなかったの?」
「そうや。チチさんを脅かそうと思って寝言を叫んだんだよ」
チチさんはあきれて、
「勘弁してえや、らもさん」と言った。
そして、それが上海取材のクライマックスになった。

オレは別室だったので、
その被害にはあっていなかったのだが、
らもさんの「寝言はシュール」という金言にいたく感心した。

確かに寝言はシュールなほうがいいだろう。
巷間、連れ合い以外の名前を呼んだりして、
翌朝、阿鼻叫喚の地獄絵図になるという話はよく聞く。

ならば、
寝言は「わけわからないことを言う」ほうが、
人生は穏やかなのであろう。
それに、寝言を言っていれば、
少なくとも「生存」はしているわけで、
寝たまま死んじゃったみたいな悲劇は起こらないような気がする。

オレなんかも、
寝たら朝死んでいるかもしれないという恐怖に毎夜苛まれているので、
これからもどんどん寝言を言っていこうと思う。
ただし、起きているときに
「シュールなこと」を言うと、
「寝言は寝てから言え」と怒られたりするので、
十分に気をつけて生きていきたい。


この記事が参加している募集

スキしてみて

よろしければチャリンとしていただけたら、この上ない喜びです。何卒、何卒!