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2年間通い続けた豚丼屋さん

あなたには、「学生の味といえばコレ!」というものがあるだろうか?

昔に比べて、なんとなく、知らない人との距離がとおくなっている、と感じられる今日に、ぼくは一人の豚丼屋の店主さんと仲良くなることができた。

ぼくが今住んでるところに引っ越してきたのは、ちょうど2年前の夏。
これから話す豚丼屋がOPENしたのも、ちょうどそのとき。
最初、ぼくはブタドンという、あまりなじみのない食べ物に、興味がわくことがなかった。
友達が家に遊びにきたとき、「ここ入ろうぜ。」の一言で初めて自動ドアのボタンを押した。

店長は40歳くらいのおっちゃん。

おすすめ!って書いてある味の、ブタドンを食べた。
店長が「学生さん?卵サービスしますよ!」と明るく声をかけてくれた。
確かに、そのブタドンは美味しかった、でも他の味だったらもっと好きかもしれない。
最初の感想は、これから2年通うことになるとは、想像もつかないものだった。

それからなんとなく、一人で行って別の味も食べてみた。
ぼくが一番好きな味は、店長が推してるものではなく、さっぱり系の味付け。
それに気づいてから、ぼくがその店のファンになるのに、そう時間はかからなかった。

ある日、食べるものに迷っていると、店長から声がかかった。
「いつも来てくれてるよね、これオススメだよ。」
それは、ブタドンとは違って、「甘辛肉豆腐」と書いてあった。(サムネイルの画像)
甘辛のスープに、肉と豆腐が乗っており、ご飯と食べる料理。
800円。
オススメされて、他のものを食べれるほど、ぼくは肝がすわっていない。
「じゃあそれお願いします...」

できあがったものを見てみると、思ったより美味しそうだった。

(パク)

「...ウンンンンンマすぎる!!!!!!!」

心の中で本気でさけんだ。
「心が叫びたがってるんだ」の域を超えている、心はもう叫んでいた。
「ウマすぎる」んじゃない。
「ウンンンンンマすぎ」た。
食べる。食べ続ける。箸が止まらない。完食までウサインボルト。
革命だった。

そこからぼくは、1週間に2回くらい、そのお店に、通うようになった。
店長は、毎回卵をくれる。優しい人。
「甘辛豚豆腐」以外にも、オムライスが絶品だってことに気づく。
なんでOPENしたての頃から来なかったんだ、と後悔。
しかも家からすぐ近く、通うしかない。

でも、一つ心配していることがあった。

ぼくが行くのは、いつも夜だったけど、人があんまり入ってない。

そのおかげで、店長と話す機会が多く、仲良くなれた。
名前も知ってもらえたし、自分の大学から出身地まで、いろんなプロフィールをあかした。
そうやって仲良くなれたら、店長からも色々話してくれることが増えた。

やっぱり、夜の開店時間は、あんまり人が入っていなかったらしい。

これは、ぼくの目にも明らかだった。
ここの料理はめちゃくちゃうまい、それはもう間違いない。
でも、立地がかなり悪い。
店長はちょっとだけそれについて悩んでいたっぽい。
「昼は会社員が来てくれるんだけど、夜がねえ...」

かと言って、学生のぼくにできることは特になかった。
だからこそ、あえて、「夜の時間」に行った。
その頃には、店長から名前も知られていたので、店に入った瞬間から
「お!〇〇くん、こんばんは〜!」
と声をかけてくれるようにもなり、
「今日はほんと〇〇くん来てくれなかったら、暇だったよ〜」
と、ぼくが喜んでいいのか、絶妙にわからないことを言うこともあった。
ちなみにぼくは、店長のことを「リーサン」と呼ぶようになっていた。
リーサンは韓国の方だったのか、と名前を聞いたときに初めて知った。

お客さんに入って欲しいという気持ちはもちろんある。
でも、夜のお客さんが増えると、ぼくがリーサンと話す時間がなくなるかもしれない。
実際、ぼくが入ってお店に人がいなかった時は、話放題パックがついてきた。
一人暮らしのぼくは、それをよく頼んでいた。

そうして1年が経つ頃、店のお客さんもかなり増えてきた。
依然として、夜の客数は少なかったが、それでも前に比べてマシになった。

「もともと、ここは居酒屋さんだったんだよ。」

なんの話だ?と思ったが、リーサンは続けた。

「ここら辺の地元の人が、最初はもとあった居酒屋みたいな店を求めてたんだろうな。だから、最初は豚丼屋なんてすぐ潰れるよ、ってわざわざ言いに来たお客さんもいたんだよ。」

ぼくと同じ世界の人とは、思えないくらいの、ひどい言葉に、本気で驚いた。

「でも、大学生のお客さんとかも増えてきてくれてね、最近はちょこちょこ固定のお客さんも増えてきて、ありがたいよ。」

もちろん、それは僕に対する感謝の気持ちも、含んでいたと思う。
でも僕は

「よかったですね〜!」

と言った。

そして順調に1年半が経つ頃、コロナウイルスが話題になり始める。
このお店大丈夫なのかな?と少し不安だった。

でも、まさかこの時期に売り上げが伸びるなんて、店長も想像してなかったんじゃなかろうか?
「Uber Eats」をもともと店に導入していたので、自粛がすすんで、店の美味しさに気づく人が増えたんだと思う。
僕がご飯を食べている時も、Uberの通知が鳴り止んでいなかった。

僕はここ最近、昼に店にいくようになっていた。
昼営業は2時半までやっている。
2時に行く。
「お、ヨッシー!ヨッシーみたいな常連さんが来てくれると、ホッとするね。最近はありがたいことに注文が多くてさ。」

リーサンは、昼の部がおわったら毎回お店で、遅めのひるごはんを食べる。ぼくは、それにお供していた。
店を閉めた後なら、他のお客さんが来ることはないので、リーサンとの会話を楽しむことができる。
そこで、いろんな話をした。

「ヨッシー(ぼくはそう呼ばれるようになっていた)は、他の東大生のお客さんに比べて、話しやすいね。俺と同じレベルだな。ガッハッハ。」
「リーサン、同じにしないでください。」
「ヨッシーって俺の弟子でしょ?」
「料理のですか?」
「いや、人生の。」
「違いますね。」
「ヨッシーさ、おれのこと絶対ちょっとナメてるよね。」
「まじで料理の腕は、一品級だと思ってます。」
「やっぱりナメてるな。」

ぼくが、彼女と別れた時の話をした時も、いつも通りふざけながら、案外しっかりとしたアドバイスをくれた。

「ヨッシーが責任を持って、向こうに連絡をしないようにしないと。向こうは、今必死に忘れようとしてるかもしれないからね。それがヨッシーができる最大限のことじゃないか?」
「リーサン、確かにそうですね。間違いないです。」
「ヨッシー、タラシだからな。」
「それは間違いです。」

アホ話をたくさんした。

ぼくが何故か鹿を彼女にしている設定になってたし、ぼくだけ毎回料理を頼んだ時、前金を求められるし、もはや水は自分で出していた。
そんなリーサンのもとに、ぼくは通い続けた。
ほとんど甘辛肉豆腐、たまにオムライスと豚丼を食べ続けた。
ぼくの体の2割は豚だ、人間であり続けたぼくの体は、豚になった。

8月のある日、リーサンはこう言った。
「ヨッシー、9月の中旬に、この豚丼屋を閉めることになりました。」

「(え...?)」

「おれが前からやりたかった、調味料屋さんを開くことにした。この店の、販売形態をかえる、といった方が正しいのかな。」

確かにリーサンは調味料の話をよくしていた。
それをするに至ったということは、リーサンにとって前向きなことなはずだった。

「そーなんですね、おめでとうございます!!」
と、ぼくは、言った。

閉まるのは1ヶ月後だ、食べにこれる回数もかなり限られているな、、と思いながら、甘辛肉豆腐を食べていた。

「でもな、店を閉めるに当たってヨッシーはご飯をどうすればいいんだって、考えた。だから、後でLINE教えてくれ。そしたらご飯持ってきてくれたらチャーハンとか作ってあげる。」

おれってどんだけご飯ここに頼ってるんだ、そして、リーサンとの関係がなくなるわけではない、と知る。。

つい先日、店の最終日にぼくは行った。
この日に間に合うように、帰省の日程も考えた。
最後のメニューは、豚丼だ。

「ヨッシー、前金ね。」
「最後の最後もこれやるんすか(笑)」

リーサンは何も言わず、ぼくをみて笑うだけだった。

そして、いつもの豚丼が運ばれてくる。
うん、いつも通りうまい。
いつものトッピングもして、いつも通り、水を自分で出した。
ちなみに水は冷蔵庫の中にあるので、お客さんであるぼくが取っていいのか、最後までちょっと遠慮気味だった。

最後の一口を食べ終わり、すぐには席を立たず、ちょっとだけその場にいた。
値段は800円。
財布にちょうど800円があったが、ぼくはあえてリーサンに1000円札をわたす。
リーサンからしっかり、200円を、受け取った。

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ぼくは、毎回、「ごちそうさまでした、美味しかったです、また来ます。」の3言は欠かさないようにしていた。
でも今回は、「ごちそうさまでした。」の後に、
「めちゃくちゃお世話になりました。ありがとうございました。」
と、初めてリーサンに、頭を下げた。

「ホントウにありがとう。これからもヨロシクね、またね!」

店を出てから、いっぱいになったお腹をさすりながら、家に帰る。
幾度となくやった、恒例の行為だ。
これが最後になるとは、実感がわかない。

明日から何を食べようか。
そういえば、ぼくがノーベル賞を取ったら、「リーサンのおかげです。」って、言わなきゃいけない約束があった。
いつか恩返しできるように、ぼくもビックな人にならないと。
とりあえず、毎回サービスしてくれた卵代くらいは返さないと。

ぼくにとって学生の味と言えば、必ず「リーサンの料理」になる。

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