第878回 考古学によるグランドヒストリー

1、読書記録134

本日ご紹介するのは

森先一貴 近江俊秀 2019 『境界の日本史』朝日選書

文化庁埋蔵文化財部門の調査官として全国の遺跡を見てきたお二方の共著です。

2、旧石器時代から受け継がれてきたもの

考古学が専門のお二人が「はじめに」の冒頭で語る

進歩史観…社会・経済が過去から現在に向けてより良い方向に変化しているという見方のこと

中心史観…社会の中に地位の高低が生じ、中央が地方へ支配を進めていく過程を重視する歴史観

からの脱却のために引用されているのは、なんと中世史学の網野善彦氏の著作。

考古学の成果から「越え難き境界」を見出す本書も

地域を隔てる境界が形成され、多様な意味を帯びていく過程に着目することを通じて

日本列島がなぜ豊かな多様性を維持してきたかを探る試み

と意気込んでいます。

まずは「日本文化」の成り立ちをめぐる研究史を読み解いていますが、

大きな画期として取り上げているのは1988年に行われた国立民族学博物館が中心となって進められた特別研究「日本民族文化の源流の比較研究」シンポジウム。

この頃には民族学研究を考古資料と関連づけることの難しさが明らかになっており、その原因の一旦は全国で進められる大規模開発に伴う発掘調査で資料の蓄積が急速に進んだことが挙げられているのは興味深いものでした。

一方で考古学の持つ総合科学の側面にも触れられているので、

個人的には発掘調査による資料増加スピードがピークを過ぎた現在においては

じっくり腰を据えて関連諸学との連携を模索していく好機なのではないかと読んでいて感じました。

第一部は旧石器が専門の森先氏により、

後期旧石器時代前期、同じく後期、そして縄文時代に時期を超えて認められる

地域間の境界について明らかにされ、

我々が暮らす地域の範囲、生活文化の境界と多様性は旧石器時代にまで遡る要素を多分に含んでいることが示されました。

第二部では古代を専門とする近江氏により、

弥生土器(遠賀川式土器)の広がり、古墳の分布、古代は『和名類聚抄』から抽出された諸国の事細かなデータなどから見出される境界が

現代の我々が暮らす社会にも受け継がれているというデータを積み上げられます。

このように通史的にみると、大きく受け継がれていく「境界」もあり得たのだと実感させられます。

そのような事例が挙げられる合間に見えてくる相反性も気になります。

わかりやすい例を抽出すると、

マレビト信仰という形でよそ者を神聖視することもあれば、

疫病等の災厄をもたらすケガレとして扱われることもあります。

地域が持つ主体性が許容され、自立性が高まることと

豊かさを求めて広域で活発な交流が図られることが共存することもあり

むしろ他者を意識することで地域の自覚を促し、多様性が維持されるという傾向もあるという解釈は腑に落ちるものでした。

ただ、予察的な部分で中世以降の「境界」を見通した際に、

関東の武士団が一族の総領を中心とした縦社会で、

西日本では小さなイエが横つながりを結ぶムラ的な社会であった

と整理されている部分については、もう少し検証が必要ではないかと感じました。

いずれにしても現段階での網野史学に対する考古学サイドからの返答となる著作であることは明らかです。

3、もう少し新しい時代にも踏み込んで

いかがだったでしょうか。

旧石器時代から古代、中世まで見通す、というのはなかなかスケールの大きな話で、

考古学からは類例の少ない「グランドヒストリー」というカテゴリに含まれる論考でしょう。

だからこそ、もう一方中近世がご専門の方が執筆陣に入っていると、なおよかったのではないかと思わずにはいられません。

中世では広域で流通する国産のカメやすり鉢などの出土分布を見れば

太平洋側は渥美・常滑、日本海沿岸は越前や珠洲、瀬戸内科は備前とまさに境界が生まれていますし、

滑石製鍋や京都系土師器など他にも一定の分布域を持つ資料が数多くありますので

本書のレベルまで考察を深めた成果をみたい思いです。

ここまでいくと私自身の研究テーマにも直結してきますので、大いに刺激を受けた一冊でした。


本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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