第694回 逸話に溢れる偉人と作品で語る職人
1、日本刀レビュー39
今回は週刊『日本刀』39号をご紹介します。
ちなみに前回はこちら。
2、物量作戦
巻頭の【日本刀ファイル】は津田遠江長光。
長光は備前長船派の隆興期の名工達の中でも一つ頭抜けた存在。
大工房の棟梁ゆえ、その名が冠された作品でも工房に属する一門が代作したものも少なからずあったと考えられていますが、
確実に本人の作であるとされているものだけでも現在多くの作例が見られます。
国宝が6振り、重要文化財28振り、重要美術品が40振りという数の多さ。
その中でも最高傑作の一つとされるのが掲載作です。
来歴が明らかになるのは織田信長が天下の名刀を集めたリストの中に現れてから。
本能寺の変後、安土城の留守を守っていた蒲生賢秀が天下の名宝を失うのを惜しんで
そのまま明智方に明け渡したとされています。
その中に含まれていたのが「津田遠江長光」。
その号の由来は明智光秀が家臣の津田重久に下賜したことから。
津田重久は光秀敗走後は高野山に逃れるも、武勇を買われて
豊臣秀次の家臣として召し抱えられています。
秀次の自刃後に再び浪人になりますが、
加賀前田家に採用。
前田利長に献上されて前田家に伝来したものの
五代藩主吉徳が徳川綱吉に献上。
六代将軍徳川家宣が尾張藩主の徳川吉通へと下賜すると
その後は代々受け継がれ、現在まで徳川博物館で所蔵されることになります。
こうしてみると天下の名刀であり、錚々たる来歴を持っていますが
持ち主にはあまり幸福をもたらしていないような気が。
徳川吉通は一説によると次の将軍へと期待されていたとも言われますが
25歳の若さで亡くなってしまいますし。
続く【刀剣人物伝】は勝海舟。
言わずとしれた明治維新の立役者ですね。
あまりイメージ有りませんが、父の小吉が刀剣売買の副業をしていたことから
幼少期から刀に触れる機会も多かったとされていますし、
幕末第一とも言われる直心影流の剣客、男谷精一郎とその弟子、島田虎之助の門下で剣術を学び、免許皆伝を授かるくらいには腕も立つ侍でした。
彼が愛刀としたのは、本連載でも何度か登場している水心子正秀の刀。
しかし本人はのちに回顧録で生涯一度も刀を抜くことがなかったと述懐しています。
いかに剣術が巧みでも限りがあり、もっと重要なのは心、つまり禅で培った胆力だ、というのです。
もともと勝を暗殺しようとやってきて逆に心酔して弟子になってしまった坂本龍馬のエピソードや
西郷隆盛との江戸城無血開城の談判などは
その言葉を裏付けている感はありますね。
他にも長曽根虎徹や肥前国忠吉の刀を有していたとされますが、現在は行方不明になっており、
唯一徳川慶喜から長年の働きを賞して授かったとされる弘次の刀は
勝自ら鞘にその旨が記されているようです(本誌に写真掲載)。
【日本刀匠伝】は助広。
戦乱の時代が終わった復興期の大坂で刀鍛冶を始めた初代助広、
2代助広は大坂城代青山宗俊に見出されてお抱えの刀工に。
その作風は独創的で、打ち寄せる波を思わせる濤乱刃が目をひきます。
日本刀といって一般にイメージされる波波の姿を確立したのはこの2代目助広ということになりますね。
銘に刻まれる文字も「角津田」「丸津田」と呼ばれる特徴的なもので
近衛信尹が創始した「近衛流」の字体に学んだものではないかとも言われているそう。
同じく「大坂新刀の三傑」と並び称された井上真改との合作も残されており、
個人的な逸話がほとんど残されていないながらも
残された作品からよい作品を追求していく職人気質を読み解くことができるのも
刀剣の良さだと思いますね。
最後に【日本刀ストーリー】として取り上げられているのは
徳川将軍家の刀剣目録。
佐野美術館に所蔵されている『御腰物元帳』は明治二年の写しであることが記され、この元帳自体が贈答用として製作されたこと、国宝や美術品として指定されたことが追記されていたりと付加情報が盛り沢山です。
もともと徳川家康の遺産として1000振を超える刀剣があり、
尾張家に400振、紀州家に400振、水戸に265振、将軍家には100振ほどが受け継がれたとされています。
数だけみると一番少ない宗家ですが、評価が高い名刀を選抜して残したことがこの元帳からわかります。
3、歴史に名を残すとは
いかがだったでしょうか。
個人的に勝海舟の人柄には憧れており、
免許皆伝の腕を持ちながらあえてそれを用いず、
胆力で危機を乗り切ろうとする姿勢は好感が持てます。
また助広のように象徴的な逸話がなくとも、遺された作品をみることで
職人としての姿勢を偲ぶことができる、というのは
クリエイターとしては望むべき姿でありましょう。
全く正反対な形での後世への影響ですが、かくありたいと思いますね。
本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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