第825回 時代の変化に適応した後半生を送れるか

1、日本刀レビュー56

今回は週刊『日本刀』56号をご紹介します。

ちなみに前回はこちら。

2、天下一の刀匠と、金作りの刀剣

巻頭の【日本刀ファイル】は左行秀。

初めて明治時代の作刀が登場しました。

伝承によると正宗十哲の一人である左文字の系譜を引いていると言われ

左文字39代と銘が刻まれた作例もあるといいます。

農具鍛冶の家に満足できず、筑前から江戸に出て、清水久義門下で修行し、名声を得ると土佐藩のお抱え刀匠だった関田勝広に見込まれて土佐へ。

その後山内容堂に従って再び江戸に出るも、岡田の死去に伴って後継者として土佐に戻っています。

「土佐正宗」「今様正宗」ともてはやされましたが、新たな時代になって藩の援助はなくなり、刀の注文は減る一方でした。

そんな中で鍛えられたのがこの掲載作。

わざわざ「五十八歳造之」と刻むあたり、今後の人生に期するものがあったのかもしれませんね。

さて、次の『刀剣人物伝』は大石内蔵助。

江戸時代屈指のキラーコンテンツ、忠臣蔵の主役です。

赤穂藩の筆頭家老の家柄に生まれますが、「昼行灯」と陰口を叩かれるほど

一見ぱっとしない人柄でしたが、

京都の儒学者、伊藤仁斎は自分の講義中に居眠りをしていた内蔵助を

凡人にあらず、必ず大事をなすだろう

と評したとか。

ちょっと出来過ぎな感じのエピソードですよね。

刀に関するものとしては、討ち入り後に身元を預かった熊本藩士の記録によると

萬山不重君恩重 一髪不軽我命軽

という忠義の句が刻まれていた、というところでしょうか。

こちらは現存していませんが、

別に内蔵助の差料だったと伝わる備前長船清光の刀と同じく長船康光の脇差が赤穂大石神社に奉納されていたということです。

【日本刀匠伝】は則房。

備前で長船派と競い合って発展した一文字派の分派である、

片山一文字派の始祖とされる刀匠です。

一文字派は銘に「一」しか刻まれていないことも多く、

作者が見極められないものが多いようですが、

徳川家に伝来した太刀と刀は国宝に指定されていますし、

津山松平家、小笠原家、岡崎藩主本多家に伝来した太刀もあるようです。

本連載に度々登場する『享保名物帳』には号今荒波が掲載されており、

今川家から井伊家を経て明治天皇に献上され、現在は東京国立博物館に所蔵されている太刀がそれではないかとされています。

薙刀名手としても知られ、

米沢の上杉神社に伝わっている二振りの長巻や

豊臣秀吉から山口修広に下賜され、関ヶ原合戦を経て加賀前田家に伝わったとされる薙刀も則房のものとされています。

福岡一文字派の吉房と並んで、一文字派の双璧、

鎌倉一文字の助真を加えて、一文字派三大名工

吉房と御番鍛冶の一人である信房とで「三房」

など一文字派の中での評価は常に高かったようです。

【日本刀ストーリー】は黄金文化と拵と題して

大阪歴史博物館学芸員の内藤直子氏が寄稿しています。

珍しい記名記事。

金作(こがねづくり)という呼称は藤原師通の日記(寛治2年1088)にすでに登場していますが、

春日大社の国宝・金地螺鈿毛抜形太刀をイメージさせ

貴族文化の中で醸成された荘厳の表れとして、15世期以降の金作とは一線を画すものと著者は捉えているようです。

具体的には看聞日記という後花園天皇の父、伏見宮貞成親王(後崇光院)の日記や島津家重臣、上井覚兼の日記に記述があります。

実例としてはどちらも個人蔵ですが、

細川幽斎・三斎親子の差料であったとされる、金圧出亀甲繋文合口拵

徳川家に代々伝わったと考えられる金刻鞘合口拵が挙げられています。

一方で絵画資料に描かれる戦場の武士達はみな一様に黒っぽい鞘に入った刀を差していることから、

金作の刀剣は特別な儀礼の際に身につけるような高級品だったと推定されています。

3、後半生をどう生きるか

いかがだったでしょうか。

今回気になったのは、後半生の生き方という共通項でした。

大石内蔵助が主君の仇討ちを果たしたのは43歳の頃。

筆頭家老といいつつもまだまだ若い彼は、別の大名家に士官を求める道もあったでしょう。

それでも討ち入りに臨んだのは後半生を平穏に生き延びることよりも大望を果たすことを選んだということなのでしょう。

一方で左行秀は落ちぶれた刀匠の家を一代で復興し、土佐藩のお抱えという安定した地位を一度は得ますが、時代の大勢に飲まれて困窮することになりました。

50歳で昨冬を始めた長曽根虎徹に倣って「東虎」と名乗り、

再起を意気込んで晩年に鍛えた掲載作が高く評価されています。

どんな道を選んだとしても平坦で浮き沈みのない人生を送ることなんでなかなかできません。

その道を極めて名を残した達人達の生き様から学ぶところは非常に多いのではないでしょうか。


本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。



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