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ハードコア×ジョン・ウィック=『Mr.ノーバディ』がマジ最高のスカッとムービーだった。

 結論から言う。おれは今日、最高の映画を観た。映画という娯楽においては「人がたくさん死ぬほどよい」「命が安いほど傑作に近づく」とされているが、その条件を手っ取り早く満たしながら観客の留飲を下げるジャンルとして「ナメてた相手が○○」がある。96時間、ジョン・ウィック、イコライザー……名前を挙げるだけで思わず頬が緩む名作ばかりだが、今回のそれはそうしたマスターピースの隣に並べても遜色ない、ジャンルムービーの新たな傑作と言えるだろう。その映画のタイトルは『Mr.ノーバディ』だ。

 製造工場で会計事務を担当するハッチ・マンセルは、絵に描いたようなダメ親父。毎日職場と自宅を往復するだけの毎日を過ごし、隣人はいい車に乗っているのに自分はバス通勤。毎週火曜のゴミ収集車には間に合わず、家族からも職場の同僚からもやんわりナメられている。そんなある日、ハッチの家に強盗が押し掛けるが、彼は無防備な強盗に攻撃を加えることもできず、息子は殴られる始末。男として、夫として、父として、あらゆる威厳を失ったハッチは、ついに隠していた衝動を解き放つようになる。

 ダメ男がついに覚醒し、自分を見下している相手にしっぺ返しを喰らわせる。もはや1ジャンルとして認知され飽和状態にすら感じられるこの手の作品だが、好事家であれば本作が有象無象に埋没するような作品であるはずがないと、製作陣を見て確信を深めていたに違いない。監督はあの「FPS視点で1本長編映画撮っちゃった」でおなじみ『ハードコア』のイリヤ・ナイシュラー、脚本には『ジョン・ウィック』を手掛け、何かとロシアンマフィアを潰滅させがちな男デレク・コルスタッドという、出会ったら確実にヤバい二人がタッグを組んで生まれたのが本作。これ以上の品質保証は考えられないし、実際に完成した作品はジャンルの王道に忠実でありながら随所に新鮮なアイデアが盛り込まれた、最高にハイな一品に仕上がっている。

 ジャンル映画のアップデートという点で光ったのは、冒頭における主人公がいかにダメ男であるかを示すシークエンス。ハッチの判を押されたように代わり映えのない毎日を同じカットの繰り返しで示すのだが、本作はその繰り返しの速度をかなり早め彼の毎日をループさせて観客に提示し、人物描写を最小限の時間で、しかし過不足なく描いていく。この辺りはジャンルのお約束なので「もうみんなわかるよね??」と言わんばかりに速やかに処理していく手際が鮮やかだ。

 同時に、ハッチの「只者ではない」描写も積み上げていくことで、暴力が解き放たれる瞬間への期待を高めていくことも忘れていない。家族に隠れて連絡を交わす謎の男の存在、地下室、おじいちゃんがクリストファー・ロイド。そして極めつけは、ハッチは先の強盗が素人であることを「見抜いていた」ために、反撃をしなかったのだという。一体この男は何者なのか……。その疑惑が極に達したところで、『ハードコア』でも我々の心を打ち抜いた往年の名曲と共に繰り出されるハードなアクションのつるべ打ち。待ってました!とここだけで拍手したくなってしまう。

 それからというもの、本作の面白さは天井知らずに上昇していく。電車男よろしく公共交通機関でイキってる若者をぶちのめしたハッチだったが、その中の一人がロシアンマフィアの息子だったためさぁ大変。内なる暴力性を開放してグッスリ眠れるようになり、急に「ラザニア作るよ!」と言い出し嫁の評価も回復気味、夜の営み復活までもう一押し……な場面でマフィアが自宅を嗅ぎつけたので、これまたジャンルのお約束その場であるもので大虐殺をこなし、さらには敵を迎え撃つためにジェノサイドDIYや惨殺ホーム・アローンなどなど、『モータル・コンバット』の公開を控えているのにフェイタリティ度高めなブッコロ兵器をウキウキ造り出す始末。このオッサン、ノリノリである。

 本作の面白いポイントは、なにも主人公が自警活動に精を出す義憤系でもなければ、復讐を動機にするなどといった過去の主人公タイプとは、まるで当てはまらない点にある。元FBIで最も恐れられた“会計士”という出自でありながら、ロシアンマフィアと対立し潰滅させる動機は薄く、強いて言えば「家がバレて家族に危険が及ぶかもしれないから」というだけでロシアンマフィアは莫大な基金を失い、安い命を散らす羽目になるのである。そんな薄い目的意識なのに煽りスキルだけは異常に高いので、マフィアのボスであるユリアンはあれよあれよとハッチの誘いに乗り、お手製のジェノサイド工場に入り込んでしまう。

 ここまでで充分お腹いっぱい楽しませてくれる本作だが、さらにもう一押しと言わんばかりに用意されたある要素が、本作をオールタイムベスト級の一作へと昇華させている。それは「必殺技」である。あらゆるところに手りゅう弾や爆薬が仕掛けられたビックリハウスも、意外な助っ人の参戦も、確かに楽しい。が、それだけでは新しさに乏しい。ゆえに、本作はアッと驚くトドメの一発を用意することで、クライマックスバトルの締めくくりに笑いと感動をプラスすることに成功しているのである。それはまるで、「除雪車でいかに人を殺すか」という難題に対し驚愕のウルトラCを提示したあの大傑作『スノー・ロワイヤル』のように

 我慢に我慢を重ねた分、快楽の味は蜜のように甘くなる。殺しと裏社会に否応なく引きずり込まれていく様を描いた『ジョン・ウィック』シリーズとは対照的に、葛藤もなくただ自制して過ごし、抑えられなくなったら襲い来る全てを叩きのめす。ここまで「観客をスカッとさせる」ことに特化した映画を、営業そのものを我慢させられている映画館で観るという体験は、とても痛烈に思えてならない。まだアクション俳優として認知されていない、それどころか元はコメディ畑出身のボブ・オデンカークが主人公を演じているため、暴力を発揮してからのギャップのふり幅も大きくなり、映画はどんどん面白くなってキルカウンターも止まらない。まったくもって不謹慎な趣味だと自覚しているのだが、何かと自粛を求められる今、なおさらこういう映画が必要なのだ。刺激と興奮と笑いに飢えているのなら、今すぐ近くの劇場で席を予約してほしい。損はさせないはずだ。

 あと、本作にはネコチャンが登場するのだが、『ジョン・ウィック』同様に死なないしヒドい目に合ったりもしないので、大丈夫です。


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